Monthly Archives: 1月 2015

日本語はネィティブも間違える珍しい言語かな

 中国人などに日本語に関する質問をされて時々感じるのは、日本語って理屈でなかなか割り切れず教えるのがとっても難しい言語だなという事である。

 彼らに質問される内容は助詞の使い方など日本人でも迷う部分や、間違えるような内容が少なくない。

 ルールの飲み込みに苦しんでいる相手には、日本人でも間違えるからとよく慰めるのだが、これは良く考えてみれば変な話である。

 日本語は日本人つまりネイティブでさえ間違える言語と言う事になる。
 
 これに比べ日本語以外の言語と言うのは、恐らくネイティブの人がそれほど表現を間違える言語は少ないような気がする。

 まあ英語などではスペル(spelling)を間違える可能性はあり、中国語では漢字を間違える可能性はあるが、単語単位ではなく用法そのものの間違えで致命的な意味の違いを生む可能性は日本語に比べ非常に低いという気がするのである。

 英語や中国語ではスペルや漢字を間違えれば別の意味となってしまう可能性はあるが、それは明らかな間違いであり、使い方を迷うという面はほとんど発生しないと思われる。

 まあ英語や中国語を私自身がそんなに深く習得できているわけではないし、それ以外の言語は数言語をほんのわずかかじった程度の経験しかないが、ネィティブが決定的な間違いを起すような言語はなかった認識である。

 もちろん世界は広いので日本語同様にネイティブが間違える様な言語もあるかもしれないが、知る限りにおいては恐らくかなり少数派だという印象である。

 しかも日本語はなかなか理屈では割り切れないにも関わらず、正しい表現とそうでない表現は結構きっちり分かれるし、日本人は経験則的にそれを判別できるのであるから自ら使う分には問題ないのだが、教えるとなるとかなり厄介なのである。

 そんなことを感じながら、いつも複雑な日本語に対する質問に答えている。

地下鉄でこぼれていた豆乳

 今朝地下鉄に乗った際に、車両の真ん中に豆乳らしきものが落とされてこぼれたまま放置されていた。
 嘔吐物ではないようなので、それほどの不潔感は無かったが、やはり汚い状態なのは変わりない。

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 確か上海の地下鉄規則では車内における飲食は禁止が決まったように思うが、朝の通勤時間帯の地下鉄車内では相変わらず、肉まんや豆乳などの飲食が行われている。
 まあ、朝食の時間が十分取れない事情は理解するし、目くじらを立てて怒ることでもないのだが、隣の席でくちゃくちゃ食べている音はやはり不快だし、なにより食べ屑や飲み物などがこぼれるのは、不衛生であり虫や鼠を呼び寄せる元となる。

 さらに、今朝の豆乳ような事故も起きる訳で、落とした際に他人の服を汚したような事象が発生していたかどうかは定かじゃないが、少なくともそこを歩く人の靴底は汚れる訳で、多少なりとも迷惑がかかっている。
 以前にも書いたが、地下鉄での飲食を禁止するなら、車内で告知などをはっきりと明示するべきであり、そうすれば全てのルール違反は無くならないまでも、遠慮をする人は増えてくるのではないかという気がする。
 

中国の家具が重い理由

 先日ある中国人たちの会話の中に混じっていたときに聞いた話である。
 彼らが言うには、上海にあるIKEA(イケア)の家具はあまり良くないという話題になった。

 IKEAとは日本にも進出しているスウェーデン発の家具販売チェーンのことで、上海にも進出しているお店である。

 何故IKEAの家具が良くないかについて、彼らのいうことを100%理解したわけではなかったが、どうやらIKEAの家具は合板を使っているから良くないのだというのだ。
 彼らにとって、良い家具とは切り出しの材木や一枚版を使っているものが良い家具の条件であり、合板などを使っているのは邪道だと言う発想のようなので、故にIKEAの家具は駄目だというのだ。
 どうも合板というのは、彼らにとってはでっち上げの材料であり、本物の材料ではないというような発想らしい。
 ともすると合板は安物の板の組み合わせで、ごまかしで家具を作っているという印象に映るようである。

 今更ながらこの考え方にはちょっと驚いた。

 確かに、切り出しの木材で作った材料というのは高級感があって、価値があるであろうが、切り出しの木材を使えば木工家具などは木の繊維が目いっぱい詰まっているため、重量が非常に重くなるのであり、持ち運びなどには非常に不便なものとなる。
 しかし、恐らく中国人にとっては家具は運び歩くものという発想がないため、重量というものはあまり気にならないようだ。
 むしろ重ければ重いほど高級な価値を持っているという発想がどこかにあるような気がする。

 この点、例えば日本の家具は発想が全く逆で、如何に軽くて丈夫なものを作るかに力点が置かれ家具文化が育まれてきたという気がする。
 日本の箪笥の材料として最も好まれた材料の一つに桐があるが、これば桐が非常に軽くて丈夫で狂いが少ない材料であることが大きな理由としてあり、引っ越しなどが頻繁に行われた江戸時代では、箪笥が軽いことは大事な要素であった。
 ただ桐は高級品であったため、安くても軽くて丈夫なものを作るために後に合板というものも登場したが、これはあくまで軽くて丈夫な材料を安価につくるための技術であり、ごまかしの技術とはちょっと発想が違っていたのである。

 故に冒頭に触れたIKEAの家具についても、恐らく持ち運びの出来る丈夫で軽い家具を嗜好したが故の商品ラインナップやその原材料であり、安物を高級っぽくごまかして売ろうという発想ではないような気がするのである。

 しかし、中国人達の根本にある価値観では、どうもIKEAの軽い家具はハリボテ的で重みが無く、安っぽいものに映ってしまうようである。

 このような発想が中国全体にあるが故だと思うが、中国の家具はどこに行っても基本的に非常に重い。

 中国で時々家具の移動を手伝わされたりする時に、家具を持ち上げた際にその異様な重さに日本人の私は驚かされるのである。

 日本人の私から見れば、もっと軽くて良い家具がどこかにあるだろうにと思うだが、どうやら中国では、家具は重いモノであることが大事な要素であるようなのである。

 なんで中国の家具が重いのか、今回彼らの話を聞いてようやくわかったような気がする。

円安は国際線航空券のサーチャージにも影響、日本発は実は激安?

 ここ1年の急激な円安の影響で、実は航空運賃に加算される燃油サーチャージ(燃油特別付加運賃)にも影響が出ており、発券される場所によってその値段に格差が出ているようだ。

 例えばJALの日本―中国線のサーチャージは現在同社既定のゾーンFの片道5500円に設定されている。
 これを日本欧州以外の国で発券すると、1区間68ドルとされており、今日現在のレート1ドル=118円で換算すると8024円となり、なんとドル建てのサーチャージは日本発券に比べて1区間で2500円以上もの差が出てしまう。

 率にして日本発券より50%ほども高いのである。

 気になって、逆に元々どのレベルのレートでこのドルと円のサーチャージレートが設定してあったのかを計算してみると、なんと1ドル=80.8円という驚異的な数字が出てきた。

どうしてこんな設定となっているのだろう?

 この適用条件表は年度単位で改定されているようであるが、2014年度のものは前年のレートと比べてもかけ離れている。

 一つ推測されるのが、過去数年の平均値で基準を決めているのではないかということ。
2011年4月から2013年3月までのドル円レートの平均値をとるとだいたいそんなような数値となり、どうやらこのあたりの値を使っているようなのである。

 まあ、JALとしては為替リスクをある程度抑えるために社内の基準を決めてこういった算出方法を取っているのだと思うが、その後急激に円安に動いてしまったため、結果として平均値による算出方法が役に立たず、現状はあまりにも実況レートとかけ離れた結果になってしまっているようである。

この結果、サーチャージだけを見た場合は日本と外国を往復する航空券は日本で発券されたものを買ったほうが良い状態となっている。
無論、航空会社とてそのたりの数字は恐らく把握しているだろうであり(把握していなければ間抜けだが)、航空運賃の差のある座席クラスの割り振りなどで調整しているのではないかと思われ、必ずしも日本発が安いとは言い切れない。

 とはいえ、この急激に円安が進んだ状況において、実はサーチャージにも格差が生じていることは十分に頭に入れておいて良い情報だと思われる。

JAPANの語源はニッポン?

 日本の英語名称として定着しているJAPAN(ジャパン)という名称だが、日本(ニホン)という自国語の呼び名に比べ、随分と発音の印象に差があることにかなり以前から気になっていた。
 自国語の発音と全く違うような発音である[ジャパン]が何故日本を意味するようになったのか?結構不思議な謎ではある。

 よく言われるジャパンの語源の一つの説として、かのマルコポーロが日本を「黄金の国ジパング」と呼んだことに由来するというものがある。
 つまり、ジパングが変化してジャパンになったというのである。

 まあこの説には疑いを挟む余地はあまりなく、詳しく調べたわけではないが、東方見聞録がヨーロッパで各国語で翻訳される過程で、ZIPANGが地域によって発音を優先した結果、「JIPANG」などに表記が変化し、最終的に英語圏でJAPANというような表記になったのだというような事は十分に有り得るわけで容易に想像ができるのである。

 しかしである。

 ジパングがジャパンになったことは理解できるとしても、では何故ジパングが「ニホン」を指す言葉であったのかと言う疑問が残る。

 この点について実は中国語を勉強する過程において、そのヒントを見つけることが出来る。

 まず日本という漢字は、中国語のピンイン表記すると[riben]となる。
 このうち[ri]の発音は、日本人はついローマ字読みをして「リー」と発音したくなるが、中国語のテキスト素材を正しく読むと巻舌音で発音するとされており、巻き舌になるのでどちらかと言えば「ジー」という音に聞こえるものとなっている。
 つまり[riben]は「リーベン」ではなく、「ジーベン」が耳に伝わる音に近いのである。
 (巻舌音をカタカナで表記するのには限界があり、日本語で「ジーベン」と読んでしまうとそれはそれで違うのだが)

 よって現代の中国では日本を「ジーベン」と呼ぶわけで、マルコポーロが来た時代にはやや発音がずれてて、例えば今よりも「ジバン」という表記に近い発音で読んでいたというようなことは十分考えられるのである
 そんな時代にやってきたマルコポーロが、日本を指す言葉として「ジバン」を聞き覚え、書き記す最中に発音上のスペルとして最後にGが加わってZIPANG(ジパング)になった可能性は十分に成り立つであろうに思うのである。

或いは日本国と表記した場合には、発音はジーバングオ[ribenguo]になるので、それがジパングと変化した可能性もありうる。

 故にジパングの語源は漢字の「日本」の中国語読みという可能性が高いと推測され、発音の変化の過程を詳しく研究できれば実証できるのではないかという気がする。

 さてさて、もしジパングが中国語の「日本」だとしても、今度は中国語[riben]と日本語の[nippon]の距離が気になることになる。

 これを考える上で、朝鮮語の存在が一つヒントを与えてくれるような気がする。

 ハングルで日本を表記すると[일본]となり、無理矢理カタカナ表記されたものを見ると[イルボン]となるが、実はこの[イル]の部分は巻き舌で発音するのが正式な発音となってる。
(ハングル文字は、口の形と舌の形で表記されているとされ[일]の己の字のような部分は巻き舌を表しているとされる)

 巻き舌で発音ということは、つまり巻舌音ということになり、中国語の[日:ri]と近い発音ということになるのである。
 この2つの発音の共通性から推測すれば、「日本」という漢字の発音が朝鮮に伝わる過程で発音が変化したものと推測出来なくもないのである。

 で、この現在の[일본:イルボン]の発音は、実際に耳にすると[ル]が飛んで[イッボン]と聞こえるような発音であり、発音具合によっては[イッポン]とも聞こえないことも無いわけで、つまり「ニッポン」に近い発音を持っているとも言え、それがニッポンに変化したとも言えなくはないのである。

 ただ問題は[ippon]と[nippon]の差、つまり頭の[n]がどこで付いたのかということになる。
 普通に考えると[i]と[ni]の発音の変化は非常に難しいからである。

 ただこれも実は朝鮮語が問題を解くカギだという気がする。

 ハングルの勉強をしたことのある人なら知っていることだが、ハングルでは文字の並び方によっては実は前の文字と発音が繋がって発音されることがあり、前の文字のパッチムと呼ばれる子音と次の文字の母音が結びついてしまうことがあるのである。
 つまり[일본]の前に[n]の子音(パッチム)を持つ文字が来てしまうと[○×ニルボン]という発音に変化してしまうルールになっており、このルールを適用すれば、イルボンがニッポンへと変わる[n]のピースが埋まるとも考えられるのである。

 まあ、ハングル文字自体が出来たのが15世紀でありこの連音化のルールが正式に決まったのはその頃なのであるが、朝鮮語自体はそれ以前から存在していて固有の発音ルールがあったようなので、この連音化についても同様の法則があったと思われ、一つの説としては成り立つのではないかと言う気がする。

 ただこのほかにも、日本語の古代の漢字の発音である「呉音」という発音にも[にち]という[n]の発音があり、その流れで[ニチホン]の発音が既に成立していた可能性もあるとされる。
 しかしこの「呉音」自体がどこからやってきて成立したものなのかははっきりせず、一説によれば南方系中国の発音だともされているが、何せ録音技術のない古代の話のため、どうやら元は中国の方らしいとぐらいにしか言えないようなのである。

 ただこうやって、壮大な言葉の繋がりを追っていくと、恐らく「ニッポン」と「JAPAN」は同じ漢字の「日本」の発音を語源とするものではないかと言う推測が成り立つことになる。

 まあ[n]の壁の問題を考えると、どうやら伝達の流れは「ニッポン→ジパング」ではなく「ジパング→ニッポン」の流れであるほうが正しいような気がするのだが、いずれにしても一つの発音を起源とした国名が東西に分かれて伝達し、地球をぐるっと回ってきた結果、現代の日本で「JAPAN」と「ニッポン」という同じ国を指す別の言葉ととして存在しているようなのである。

 何千年もの時間をかけて人類の歴史が産んだ「JAPAN」と「ニッポン」という国名、並べてみると何とも不思議な印象である。