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心の問題はやっぱり音楽で回復

 ここ一週間、宴会続きで疲れ気味ということもあってちょっと仕事のテンションが下がっていた。

 しかも睡眠を十分とってもなかなか回復できないでいた。

 体力的にある程度は回復したはずなのに、テンションがあがらない、集中できない、ペースがあがらないのナイナイづくしで、無理をしようとすればするほど空回りで前に進まない状態だった。

 おまけに鼻が詰まりグズグズになり、胸も痛い。

 全く絶望してしまいそうなくらいのテンションの低さだった。

そこで結局ここですがったのはやっぱり音楽だった。

 ここ数日も音楽を聴かなかったわけじゃないが、パソコンのスピーカーを通して聴いていたので、イマイチ頭に響いてこなかったのである。

 そこで改めてヘッドフォンを通して音楽を聴くことにした。

 さてヘッドフォンを、、とその前に綿棒で耳掃除。

 すると出てくる出てくる耳のゴミが、これもテンションを下げていた原因のひとつだったかもしれない。

 さて今日聴きはじめたのは、なんといきなりマーラーの「復活」
1時間半もかかる大曲である。

 壮大で非常に好きな曲なのだが、逆に壮大過ぎて普段の生活の中でちょっとだけ聞くというわけにはいかない曲である。

 私が持っているのは小澤征爾&ボストン響一枚きりなのだが(正確には2枚組だが)、この演奏でこの曲を好きになったわけであり、テンションを取り戻すのは十分である。

 細かい曲目解説はどこか解説資料でも見て頂きたいが、5楽章からフィナーレに向かう荘厳さはすさまじいものがあり、クリスチャンではない私もあの荘厳さの前にはアドレナリンを大量に分泌する。そのテンションといったら申し訳ないが第九の比ではない。

 かつて一回だけ舞台でこの楽章を使ったことがあるが、今になって思うと使いきれていなかったと思う。

 そしてこの曲をたっぷり1時間半聴く。集中力が必要だが気持ちが音楽に乗せられていくので全然苦しくない。そしてフィナーレを迎える。

 聴き終えた後は虚脱感というか、ある意味すっきりした気持ちになる。モヤモヤとした心が洗われたといえば正しいのだろうか。

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 誰でもこの曲で元気が出るとは思わないが、とにかくパワーは凄く鳥肌が立つほど気持ちいいので一度は体験してみてほしい荘厳さである。

 そして私はこの曲のおかげですっかりテンションを取り戻した。

 そうすると鼻のグズグズまでは取れないが、仕事のテンションは随分高まって頭が回るようになった。

 なんと肩こりや指の痛みも随分とれた気がする。

 結局は気持ちの問題だったようである。
 仕事に穴を開けたやつへの恨み辛みがが鬱積していて心が凝り固まってて、そんな気持ちが肩や指先に影響していたようである。

 うーんマーラー様様である。

小澤征爾さんの公演

小澤征爾さんが今年のサイトーキネンオーケストラの公演の指揮を、一部を除いてほとんどキャンセルすることが報道されていた。
 病み上がりのため体力がなく交響曲をフルに振れないからだという。

人間がいずれ老いるのは仕方のない道理とはいえ少し寂しい。

かつて何百回といろんなクラシックのコンサートに通っていた私だが、彼のコンサートは結構鮮明に覚えている。残念ながら彼の手兵ボストンフィルとの競演はライブでは一度も聴くことができてはいないのだが、新日本フィル、サイトウキネンオーケストラ、そしてウィーンフィルの演奏はその音と体が受けた鳥肌が立つような感覚を覚えている。

 ウィーンフィルとの公演はなんとか手に入れた仙台市民会館での公演。旅の詳細は忘れたが夜行バスで仙台へ行き、音響環境的には非常にドライでよくない会場であったにもかかわらず音楽に飲まれ、ドボルザークの新世界の第2楽章で涙をこぼしたのを覚えている。

 そして国内オケの新日との公演(チケットが外来オケに比べやすいのだ!)は、オーチャードホールで、バルトークのオケコンやボレロも非常に印象的だった。

 会場は忘れたが恐らく松戸でベートーベンの7番。
 そして大宮だと思うが英雄交響曲。

 それぞれ同じ曲を直前に別の指揮者で聴いたが音の響きがまるで違った。うまくいえないが音が立体的に立ち上がってくる響き方なのである。
 そしてサイトーキネンオーケストラで元旦を挟んで2度聞いたマーラーの復活。年末に長野で年明け2日に上野で聞いた。アホな自分の行動力にもあきれたがそれだけの価値のある演奏を聞けた。

 彼が元気なうちにもう一度くらい聴きに行きたいなぁと思うが、今は上海にいてチケットを買いに行くのさえ難しいかなと思うと少し寂しい。

そうそう、今日は彼の75歳の誕生日。
誕生日おめでとうございます。いつまで元気でいてください。
そして元気な音楽をまた聞かせてください。

                        上海ワルツ

二度目の依頼の無かった仕事

振り返ってみると、昨年は引き合いがあって今年は音沙汰が無かった仕事がいくつかある。

 先方の都合でその仕事自体がなくなっている場合もあるが、よくよく調べてみると他の業者と取引しているような形跡を見つけてしまったことがある。

 つまり、前回の仕事以降、自分の会社の仕事がお客に満足してもらえず、何らかの形で見限られたような格好になっている。

 まあこういうことが分かると悔しい限りだが、実は見限られた理由に心当たりが無いわけではない。

 一つは締め切り期限などの問題で、ギリギリで押し込んだり、遅れたりした仕事は二度目が回ってきていない。

 もう一つは、客先の要求をこなすのに手間がかかって何度もやり取りしたような仕事も二度目の依頼が回ってきてない。

 どちらも信用や会社としての能力が見限られた形になっており、そういう面では非常に悔しい。

 昔読んだ本で、指揮者の小澤征爾氏が修行時代にあるオーケストラへ客演した際にマネージャーに「一発で成功させろ、二度目の依頼がなかったら失敗だと思え」といわれたらしい、確かにその通りである。

 普通の仕事の場合でも、二回目の依頼がこなかったら仕事は失敗したと考えるのが正しい。その失敗の理由が一時的な仕方ない理由である場合もあるが、ビジネスの上で「今度こそうまくやる」は通じない。

その理由だって回避できる方法はあったはずである。

 一つの失敗は全ての失敗に通じると心得て今後仕事に臨みたい。

原文

小澤征爾だけじゃない、この秋聞ける音楽家たち

来週小澤征爾の公演があるということで、巷でそこそこ話題になっているようだが
昨夜何気なくこちらのチケットサイトを除いてみたら、想像以上に結構色んな著名な音楽家が上海で公演を行なう予定があるということが分かって驚いている。
 6月のロンドン交響楽団が日本のフリーペーパーなどで目立って売りに出ていたので、滅多にないことなので大騒ぎしているのかと思っていたが、意外にそうではないらしい。
さすがに東京には数の上で及ばないが、それでも毎月のように音楽を楽しめる環境は整いつつあるようだ。
 チケットサイトが当然の如く中国語であり、どんなタイプのイベントかぐらいは分かっても、出演するアーティストの名前が、英字ではなく中国語特有の当て字で表記されているので特定のアーティストの名前を読み解くのは非常に難解な作業だ。こちらとて、日本語のカタカナ表記に慣れてしまっているので、名前を英字ではっきり記憶しているわけではなく、英字→カタカナで失われた発音のニュアンスを補いながら結び付けていくと、行ってみたくなるような公演が次々に出てきた。

まず筆頭はミッシャーマイスキーが10月14日に上海SOとドボルザークのコンチェルトを弾く。次の週の21日にギルシャハムがシンガポールSOと共演。
更にその翌週28日にエッシェンバッハがパリ管とともに地元で人気のピアニスト郎朗とベートーベンの4番を演奏。更に11月4日5日ドミトリ・キタエンコ&ベルリン放送響が2回公演を行なう。また国慶節中にイワンフィッシャーとブダペスト祝祭管弦楽団(5日)や地元ヨーヨーマ(4日)に演奏会がある。またウィーン少年合唱団も10月14日にコンサートがある。(どこかの日本語媒体にはウィーン児童合唱団となっていた、児童って、、、知らないということは恐ろしい)あ来週14日にはベルリン交響楽団もきますね
こんな風に目白押しなのに日本語媒体ではどこも取り扱いが大きくない。担当者の興味の差だと思うが、中国の舞台をみるより余程こちらのほうが日本人に売れると思うんですけどね。でも逆に生の音楽に飢えている私にとっては財布泣かせの環境かもしれない。
今回紹介した公演は票務之星さんで取り扱っています。