Tag Archives: 豊かさ

ワインが豊かさの象徴?

 家でテレビを見ていると、上海や新しい商業モールなどの広報用の明るい未来を表現するPRビデオのような物が時々流れる。
そういった映像で必ずといっていいほど出て来るシーンが、若者たちがパーティのような場所でワイングラスで乾杯をするシーンである。

 まあこれらはイメージ映像なので、これはこれで批判するべきとこも無いのだが、残念ながらいつもワンパターンというか、どの映像も最終的にはワイングラスを傾けられるシーンにいられることが豊かなのだと表現されるところである。

 要するに外国の真似をすることが豊かであると言っているように私には映ってしまう。

 本来ならば、ここは中国で歴史深く独特の文化を築いてきたのだから、もっと中国的な豊かさの将来像のようなものがあって良いという気がするが、残念ながら今のところそういったモノは見た記憶が無い。

 この点、日本ならば欧米的な贅沢さの対極にあるような価値観として、金沢の小京都の風景や和倉温泉の旅館のような「和の贅沢」の価値観があり、そういったイメージ映像も存在するが、残念ながら中国にはそういったモノが見当たらない。

 歴史が4000年だの5000年だの積み重なっているいる国の割には、贅沢や豊かさを示す価値観が育っておらず、結局豊かさをイメージにしようとすると最終的にワインという外国文化のイメージに頼っている結果となっている。

 各時代の王朝が栄光衰退を繰り返した歴史の中で、破壊と構築が繰り返されていたとされてしまったこの大陸の時間の結果、最終的に豊かさの象徴と表示されるイメージが外国から輸入されたワイン文化になってしまっていることはかなり寂しい現実の様な気がする。

原掲載

物を自慢する貧しさ

30年前くらいの日本人は、貧しさから這い上がったばかりなので、あれを買ったこれを買ったなど、物を自慢するような風潮がまだ残っていた気がするが、現在においてはコレクターのレアアイテムならともかく、日常に普通にお金で買えるようなのをいちいちブログに報告するような心の貧しい人はほぼいなくなったように思う。

 まあ高級バックのようにわざと見せびらかすように持つ人もいないとは言えないが少なくと積極的に言葉で自慢するような人は非常に少ないのが日本人の社会文化である。

 ところが中国ではまだお金で買えるものをいちいち自慢するような社会状況が残っている。

 まだ物質の面で豊かになってなかった人が経済成長したおかげでお金を手にした途端にうれしくなって舞い上がっている成金的状況である。

写真はイメージ

写真はイメージ

 これは経済社会の進化過程において経る一段階なのかもしれないが、物を自慢する行為というのは社会的評価を物をモノサシとして得ようとする行為であり、実はそこには経済的尺度はあれど、人間そのものを図るような尺度は存在しない。

 本人が努力して得た結果自体を自慢するならその人を讃えることはできても、単に普通に購入できるものを自慢されても、それを作ったのはメーカーであり、何も努力をせずただ買って身に着けただけの人は、経済的豊かさはPRできてもそれ以外の賞賛をされるわけではない。

 にも拘わらず買ったもの自慢をする人は少なくない。

 物が沢山あることが豊かであるように見えるというのは実はまだ心が貧しい状態の裏返しであり、本当は物質的に豊かではなくても豊かさや幸せが存在するはずなのに、物を尺度とした幸せを得ようとする広告に流された行為によって、本来は物を尺度としない人まで巻き込まれているのが現在の中国の状況のような気がする。

生活防衛のための結婚という選択

 先日ラジオの中で、某結婚紹介会社の行った新成人に対するアンケートで将来世の中が悪くなると考えている人が50%以上もいて、日本の若者が将来に不安を抱いているという結果がでたという話がニュースになっていた。

 まあ現在の経済状況や、今後の人口動態の推測を見ても新成人が将来を不安を抱くのは無理もなく当然のように思える。

 ただ、このアンケートに設問のひとつに結婚についての回答傾向でひとつ気になったものがあった。<結婚への意識は80%が「したい」と回答したものの「経済不安などから結婚を先延ばしにする傾向が強まると思う」とした人が66%に上った。【共同通信】>という内容である。

am500_pe036

 当たり前の回答ようにも聞こえるが、実はこの考え方は日本独特の考え方であるとラジオの出演者がコメントしていた。
 いつの頃からか、「結婚とはお金がかかるもの」であり、お金をたくさん稼いでなければ結婚できないという考え方が蔓延しつつある。

 しかし、実は結婚とは生活防衛手段の一つの選択肢であり、一人で生きていくのは大変だが二人で協力すれば何とかなるというのが、世界的な結婚に対する意識の傾向だという。

 日本は特に男性が生活の全てを支えなければならないという考え方が支配的で、実際の社会構造もそれを前提に出来上がっている。

 しかしながら確かに結婚式を挙げればそれなりの費用を必要とするが、生活に関する限り日常のランニングコストを考えれば一人より二人で生活したほうが生活費は抑えられる。

 にも関わらず、お金を理由に結婚をしないというのは実は本末転倒で、実質上の問題ではないように思える。

 この考え方の裏には結婚=盛大な結婚式のイメージや結婚後の豊かな家庭生活に対する過剰な期待など他人に対する見栄の部分が非常に見え隠れする。

 当然結婚を打算で考えれば、相手によって男も女も結婚後のそろばん勘定が違ってくるのでその点で相手選びに慎重になるということはわからなくないが、タイミングの問題で言えば世の中の経済の回復を待っても、実は一人あたりの生活の苦労は少なくならない

 もちろん一人なら身軽にどんな状況でも耐えられるという考え方もあると思うが、実際上人間一人ではそんなに強くない

昨今自殺者が増えているのは、家族の結び付が生きる延びるという目的で結びついていなかったり、孤独であることからおきている社会現象のようにも思える。
 自尊心や虚栄心ばかりが強すぎて「生きる」という目的に繋がってないのである。

 上海で暮らしていて感じるのは、上海人や中国人の結婚観は、まあ虚栄心も多分にありそうだがその根底には「生きる」貪欲さがあり、日本人の見栄で支えられている結婚観とは根本的に違うような気がする。
 今回の経済危機を機に日本人の結婚に対する意識が今後変わって行く可能性があるのではないかと、ラジオの出演者がコメントしていた。さてさてどうであろうか?