Tag Archives: 年齢

45歳のイチロー選手

 シアトルマリナーズのイチロー選手が昨日引退を表明した。
残念ながら試合の様子は見ていないのだが、夜中にやっていた記者会見の様子はインターネットで見ることが出来た。

 ただ従来から、彼の出ている試合そのものをそんなに見ていたわけではないので、私の中でのイチローは、数々の記録の偉大さなどを含めて、ニュース上で他人が伝えてくれた評価の中での彼の人物像でしかない。

 昨夜の会見の中での受け答えを見ていて、私が感じたのは彼も45歳という歳を迎えた一人の人間だということ。

 つまり彼が、10代の頃から野球一筋の人生を歩み続け、日本球界やMLBで多くの記録を打ち立てて、ようやく野球の現役を離れた昨日現在の彼の45歳という立ち位置は、それほど特別なものではなく、誰と比較しても平等なんじゃないかなと。

 例えば自分自身と比べ(私は彼より少し年上だが)れば、生きてきた空間や中身は全く違うのかもしれないが、45歳という立ち位置に、45年過ごして今の位置に立っているという意味ではそんなに大きな差がないのではないかという気がしたのである。

 そりゃ、彼と実際比べてしまえば、生涯年収やら社会的栄誉やら何やらが全てに絶大な差があるわけだが、世の中誰一人として全く同じ人生を歩んでいる人はいないわけで、そういう意味では違うのは当たり前なのである。

 しかし違った人生を歩んできた時間でも45歳という年齢に到達し節目を迎えたという意味ではそれほど違いもないのかなとも感じるのである。

引退会見を伝えるニュース


 

 ただ、どうも昨日の記者会見の様子を見ていると、質問する記者たちが何とか彼をやたらと神格化し、記事をドラマチックに仕立て上げようとして、記者のイメージの枠に当てはめた答えを求めようとする質問が多く、それが鼻についた。

 それに対して、そういった質問はイチローさん自身が、淡々と跳ね返すように自然体で回答していたのがとても印象的だった。

 ヒーローとか偉大な人とかそういうことでなく、野球一筋に取り組んで来た人間の時間が昨日まで続き、昨日無事に節目を迎えたという意味で彼の存在の価値があるのであり、記録だのなんだのは、単なる一つの肩書でしかないのかなと思う。

 ただ、あのように周りからレジェンドだのなんだの持ち上げられても、ただ一人の45歳のイチローとして自然体で受け答えの出来る彼はそこが凄いなという印象ではある。

 イチローさん、長い間お疲れさまでした。

スーパー銭湯「極楽湯」でのぼせる

 先週のことであるが、あまりにも寒い日が続くので、日系のスーパー銭湯の「極楽湯」さんへ行ってきた。
 実は職場からかの銭湯の最寄り駅までは地下鉄1本で行けるので、個人的には意外と使い勝手の良い位置関係にある。
 で、仕事の時間が終わると同時に職場を出て一目散に向かった。
 手続きを経て入場し、ロッカールームで服を脱ぎ、すぐにお風呂場へと向かった。
 何種類か泉質の浴槽があるのだが、それぞれ5分から10分ほど満遍なく浸かっただろうか?
 気が付くとトータル1時間くらい浴場に滞在しており、これは長くなってしまったなと、風呂からあがり浴衣に着替え、2階にあがった。

 少々身体がだるく、長く湯につかり過ぎたかなと思いつつ、当初の予定通り食事をとるべく、レストランに向かったのだがどうも、調子が悪いような気がしていた。

 入り口でメニューを開いてみたが、やはり食欲が湧いてこない。
 それどころか、少々気持ちが悪い。

 仕方なく、休憩室へ向かおうとした瞬間に頭がクラっと来た。

 卒倒こそしなかったが、あと一歩で気を失ったのでないかと思えるほど眩暈がして、そばにあったベンチに倒れかかるよう横になった。

 どうものぼせてしまったようである。
 一歩間違えれば周囲の人に心配をかけるほど大事になっていただろうに思う。

 幸いというか、その時は大して周りに人がおらず気にかけてくれる人もいなく、私がそのベンチに横になっていたことすら気にされなかったかもしれない。

 そしてそこからはもう、なかなかまともに立ち上がるのが怖くなり、気分が落ち着くまでその場で横になるしかなかった。
 数分ほど経過し、何とか立ち上がることは出来たが、まだ気分が悪いので、横になれる休憩スペースに異動して仰向けになって、安静にすることにした。
 横になっても目がぐるぐる回るというか、気分が悪く落ち着かない。
 まあ、その状態で実際にどの程度命に危険があるのかは分からなかったが、この症状の延長上に命が危険な状態があることを初めて実感したような気がする。
 単に入浴方法の問題なのか、自分の年齢的身体的衰えなのか分からないが、自分という存在は永遠ではないことを改めて実体験した。

 その後30分くらい横になり起き上がる元気はなんとか回復したが、さすがに食欲はわかず食事を摂らず退館することにした。
 冬の冷たい空気に触れたかったのである。
 
 そして表へ出たが、出た瞬間は心地よかったが、やはり冬の寒さは強烈ですぐに肌が冷やされてしまった。
 まあのぼせの恐怖感を感じた直後だったので、さすがにその時は温泉に戻りたいとは思わなかったが、今回は温泉も入り方に気を付けなければ身を亡ぼすことを知った年明けの教訓だった。

2日後の疲労

 今日は朝から、一昨日の疲労に悩まされている。

 実は昨日も、暑い中それなりに動き回ったのだが、一昨日ほどの炎天下ではなかったし、地下鉄・バス共に比較的冷房の利いた空間を移動していたので、そんなに強い疲労感があったわけではない。

 確かに昨日も夜に少々お腹にものを入れた程度で寝てしまい、まあ暑さにばてた面もあったかも知れないが、引きずるような疲労ではないと思っていた。

 ところが今朝起きて髪を切りに行ったところ全身に気分が悪くなるほどの疲労感が残っていた。

 よほど髪を切るのを止めようと思ったが、汗かきの私は涼しい日を狙って汗をかく量をなるべく減らして髪を切りに行きたいので、今日はチャンスと思い出かけたのだ。
 まあもちろん髪を切っている最中は疲労も何も無かったわけだが、終わってそのまま出歩こうとしても体が動かないし気力もわかない状態だった。

 マッサージでも受けようかと思ったが、時間帯も早くそれを待つ気力さえ失せている感じだったので帰宅して自宅で休むことにした。

 よく歳を取ると筋肉痛が翌日ではなく翌々日になるという話を聞き、私も実際そうなっているのだが、どうも体全体の疲労も同じ仕組みであるような気がする。

 要するに体の機能の回復スピードが20代などの若い時に比べ遅くなっているということであり、身体の疲労も筋肉痛同様に2日後になっていると考えるのが妥当のようだ、

 若い時は遊びに行った週末の翌日の月曜日が辛かった覚えがあるが、最近は火曜日が辛くなっているような気がしており、思い起こせば昔の会社の上司も月曜日はきちんと出勤していたが、火曜日に良く休んでいたような気がする。

 当時は、月曜日は週の頭なので休まないのがビジネスマンの基本と言う精神の下で上司は月曜は無理して踏ん張って出勤し、その反動で火曜日に休んでいたと思っていたが、実は疲労そのものが2日後に来ていたので休んでいたのではないか?その時の上司の年齢に近づいてそう思うようになってきた。

 世の中に年齢別曜日別の休暇取得傾向というデータがあるかどうか調べてみたが、どうもそういう物はないようであったが、調べてみると面白い結果が得られるような気がしている。

 2日後の疲労、今日はそれにちょっと苦しんでいる。

自分の死因

 40歳を超えてくると、だんだん体のあちこちが若い時のままというわけにいかなくなってくるのだが、その中で自分自身が今一番気にしているのが腸の衰えである。

 もちろん他の箇所も100%であるということも無いのだが、特に今のところは不調も感じず、不便を感じていないのだが、やはり今一番何となく弱っているかなと感じるのが腸である。

 仕事の時もちょっとストレスがかかったりすると、腸に違和感があり、それが体全体のコンディションに微妙に影響を落としてくることが多くなった。

am900_pl085

 故に、もし将来このまま自分が事故などに遭わず無事に歳を取り、最期を迎える時が来たとき、その死因として一番可能性が高いのは腸に関する病気だという気がしている。

 まあ若い時から、食事に対しては結構無茶食いするほうであったから、腸に負担がかかってきたのは否定できないところで、胃に関してはそれほど不調を感じずとも腸に不調を感じる時は少なくない。

 かつてのテレビドラマ「チャングムの誓い」でも王様は腸が弱く、最期は腸閉塞で亡くなったような流れがあり、あれを見ると自分もそうなる時が来るのかなぁという思いでドラマを見ていた。

 もちろん、こういった腸の弱さを感じ始めたのは最近に始まったことではないので、日頃からヤクルトやヨーグルトを積極的に摂取し、身体を動かそうとしているが、やはり今一番の弱点は腸である気がする。

 まあ今現在は死に怯えるような恐怖を感じている訳ではないが、なるべく死が遠い将来になるよう、今後はもっと腸に気をつけなければならないと思っている今日この頃である。


やっぱり本厄だったような

 実は私は昨年から本厄の年だった。

 厄年というのは一般的には体力的に下り坂の差しかかるところで病気をしやすいので気をつけなさいと言うことになっている。

 そう思って振り返ってみると、春節の発熱から始まり、春の鼻の手術や秋の発熱、目の腫れなど、結構体のあちこちにガタがきているなと思う面は沢山あったので本厄の年そのままだったと言えなくない状況になっている。

 そして明けて先日も発熱。

 ということで言えば、旧暦で言えばまだ厄年は終わっていない。

 実はその後の後日談もあり、金曜の夜の食事後に食べた物を吐いてしまうような事態もあり、実はまだ体調が安定している訳ではない。

 どうも胃が本調子ではない様なのだ。

 咳もまだ止まっていない。

 まあゆるりと静養するのは簡単なのだが、果たしてリハビリ的に復帰のエンジンをふかさずともいいのかなと考えてしまうが、現実そこまで体がついていきそうな感じはしないので休まざるを得ない。

 それに外に出たところで上海の大気の悪さの中では、更に体調を悪化させるのがオチだと考えるとやはり無理は出来ない。
 そんな中、土曜日に野暮用で江蘇省の田舎までちょっと足を延ばしたら、流石に上海よりは空気が綺麗で心地よく、何日か上海の田舎で休養して過ごそうか?そんな気持ちになる環境であった。

 本厄が終わる春節まであと3週間あまり、どうやら焦らずどこかで時を待った方が良さそうな気がしてきている。