Monthly Archives: 3月 2010

パビリオン1割は間に合わず

こんなニュースがMSNの産経ニュースに出ていた。

このニュースを見て「やはりか」というか本当に10%で済んでいるのかというのが裏側から実情を伝え聞く私の率直な感想である。
この10%が間に合わないというのは楊雄常務副市長の話だそうであるが、実際には20%くらいは間に合わないであろうと内部の人間が語っているという。

 しかもこの10%というのはあくまでも建設ベースの話で、パビリオンというからには建物を建設して終わりではなく、展示の調整やリハーサルが必要であろうから、建設が終った後、どんなに短くとも1週間くらい色んな調整をしなければオープンになんぞこぎつけられないというのが日本人的感覚だ。

 私が日本時代にやっていた演劇では、かなり簡単なセットであっても舞台上の作りこみやライティングの調整にやはり一日は費やしていた。そのくらい一つの場所をお客に見せられる状態にするには時間がかかるのである。ましてや外国人などの不特定多数のお客がぞろぞろ訪れるであろう場所の準備がそんなに簡単であろうはずがない。

 万が一、そんなに簡単にできる展示があったとしても、それはわざわざ万博という会場を作ってまで見せるほどの価値の無いものだという判断ができると思う。
 わざわざ大金をかけて、市民や外国の人間に協力してもらって作り上げる万博なのだから、そんなに簡単なものであっていいはずが無い。

 故に開幕しても暫くは半分近くのパビリオンは見られないのではないかというのが大方の予想であるし、ギリギリ間に合わせたようなパビリオンは大したものが展示されていないと考えるのが妥当のような気がする
はてはて全部そろうのはいつの事かと考えると気が遠くなるし、見る価値のあるものが展示されるのかと思うと期待値がしぼんでしまう。

 本来、万博レベルの大規模プロジェクトには、お金の力だけでも政治の力だけでもなく、大企業から中小企業までの街全体の総合力が問われるのであるが、少なくともここまで見る限りでは街としての総合力に不足があり、上海にとって万博開催はやはり5年くらい早かった気がするというのが正直な思いである。

皺寄せのドミノ倒し

どんな会社でも事情はそんなに変わらないと思うが、一人の社員が休むとき余程その社員が外部に対して用意周到に手配をしておかないと、結局は社内の誰かが休んだ人間の分だけ仕事を背負い込むことになる。

 もちろん背負わされた人間とて、もともと本人の受け持ちの仕事が有るので、休んだ人の仕事を請け負った分だけ自分の仕事が出来なくなる。あるいは残業費などコストに跳ね返ってくる。

 そして、皺寄せを食った人の仕事が100%進まなかった場合、今度は更にまた別の社員にその皺寄せが行く。このように一人の人間が休むことによって他の社員にドミノ倒しのように仕事の皺寄せの波紋は広がる。しかも元々の担当ではない仕事をカバーすることになると、本来の担当が同じ仕事をするよりさらに余計に時間がかかる。
つまり影響を与える人数が多いほど、そのドミノ倒しの影響は深く大きく拡大することになる。これは企業の規模によらず同じことである。

 このことに気がつかず、休んだ当の本人が、自分の担当の仕事がカバーされたからといって、休んだことが会社に大きな影響を与えなかったと考えるのは大間違いなのである。

 まあ生身の人間であるから、病気その他の理由で止むを得ず休むことは誰にでもあり、それを相互カバーしあうのが会社という組織なのだが、そうは言っても誰でも一方的に皺寄せを食わされるのは勘弁願いたいところであり、他人の業務をフォローしたばかりに自分の仕事の成績に影響が出てしまうのは非常に具合が悪い。

 ならば休んだ人間の仕事を一切引き受けずにその皺寄せを拒否しても良いようなものだが、結局は会社という組織で仕事をする限り、そんなことをしたら対外的な信用問題になってしまうので、信用を失わないためにもそれなりにカバーせざるを得なく、結局はドミノ倒しの影響を受けてしまう。

 こういった休むことの影響の大きさを感じていない社員がもしもいたとき、早く本人に気づかせないと目先の実業務への影響はもちろんのこと、周囲に休み得だと思われたら本人と周囲のスタッフの関係が悪化し職場全体の士気に影響する。

例え休まなくても、自分が従来すべき仕事を他人に頼むことが多いような人は、相手の仕事への影響を把握していない自己中心的な意識の場合が高い。

 会社組織というのは契約という関係で成り立ってはいても、やはり人間が働いている以上、人間同士の相互信頼が大事で、助けてもらったら助け返すことが必要である。必ずしも回数の均衡は必要無いかもしれないが、一方的な負担と相手に感じさせた場合はやはり信頼関係が崩れてしまう。つまり休暇一つとっても、例え契約上認められた休暇であっても、こういった業務配慮や人間関係を無視した自己中心的な休暇取得は非常に危険なのである。

 迂闊な休暇取得をしたばかりに、その仕事の皺寄せがドミノのように巡り巡って本人の肩を叩くことがあるのかも知れないのが会社という組織であり人間の社会であろう。
 こういった社会関係に対するの基本的な認識の足りない大人が、最近増えているような気がする。

 
原文

ようやく落ち着く

先週はかなりばたばたしていて、一日に3箇所も4箇所も移動するハードスケジュールが続いていて、非常に忙しかった。

 昨日の土曜ですら、半分はプライヴェート的な予定も含まれていたとは言え、3箇所も回るスケジュールだった。この間配った名刺の数もかなり多い。
つまりいろんな初めて会う人に対する緊張感も多くあり、疲労度を加算させていた。故にブログの更新など手をつける余裕も無かった。

日曜の今日はそれほど予定が詰まっていなかったのだが、昨日までの忙しさの反動で、疲労蓄積で集中力を欠いた状態になり、パソコンに向かっても一日物事が手につかないような状態になってしまった。

 まあこんなときは音楽を聴いても何をしても駄目で、寝るのが一番なのだが、なかなかそう寝てばかりもいられず、今日一日はなかなか回復しない体力と精神的なパワーに余計にいらいらしてしまった。
 そして、夕方もう一度寝てようやく夜になり気分が落ち着いた。

 気がつけば午前様である。

 まあこんな日もあるさと思うしかないのだが、食事と睡眠とアルコールの量の加減、ここはしっかり気をつけないと、もう若くないのでやばいなぁと感じた今日の日曜日の体調だった。

いろんな噂を耳にする

毎日外へ出て、お初・旧知問わず色んな人に会っていると、その人数に比例していろんな噂を耳にする。

社会の話、自分の会社の話、同僚の話、友人の話などなど、その内容は非常に幅広い。

まあ噂はあくまでも噂で推量の域を出ない話であるがとにかく色んな情報が入ってくる。

あの会であの人を見かけたとか、あの会社はああだとかこうだとか、たわいも無い話がほとんどだが、たまに聞き捨てなら無い重要な話も紛れ込んでくるので油断がならない。

 ああ、あいつは影であんなことやっていたのかとか、噂を通じて知ることもしばしばである。

 まあ自分に直接関係無い話だけならいいが、影響のありそうな話もたまにあり、追求して裏を取ることをしないまでも、火の無いところには煙は立たずなので、情報に対するアンテナを高くする警戒は十分必要かなと感じるときがある。
上海に来て、色んな人脈や知り合いが出来て、幸いにも私を恨んでいる人の噂はあまり聞かないし、みな親切にしてくれ、色んな情報を持ってきてくれる。その情報で助けられることもたくさんある。

改めて口コミのネットワークは凄いと感じるし、逆になめてはいけないなと感じる今日この頃である。

セグウェイに乗る

 先日、某日本語媒体の取材に偶然出くわし、セグウェイに試乗させてもらった。
セグウェイとは自転車と自動車の中間のような存在で、安定度抜群で走る近未来型の乗り物である。
雰囲気的には自走式陸上水上スキーのような格好といったらいいだろうか。

 突然の取材にびっくりしたのだが面白がって試乗してみた。

セグウェイに乗る

セグウェイに乗る

 最初はおっかなビックリで乗ったが、2分も経たずに操縦できるようになり結構面白かった。
 バイクのハンドル同様の形をした操縦桿を前や後ろ左右に倒して進んだりバックしたりする。バランス調整機能が優秀で絶対倒れないらしく、確かに安定感抜群だった。
 私以外にも何人かの人が挑戦していたが、皆すぐの乗りこなしていた。そのくらい簡単にのれる。大きさがちょっと大きいのと重量が重いのが欠点といえば欠点だ。

 これ、日本では道交法上、自動二輪車に分類されてしまうらしくなかなか自由に公道を走ることが容易では無い様なのだが、中国の道交法では果たしてどうなのだろうか?こんなに無秩序な交通事情の国だから、法律がどうのこうのいっても仕方のないところかも知れないがちょっと気になる。

 さてさて乗ってみて面白さを実感した後に恐る恐る値段を聞いてみると6万元(約100万円)との事である。うーん面白いがちょっと高すぎる。

 こんな高いと当然自分では買う気にならないし、物好きな金持ち以外は買わないような気がする
次にこの乗り物になるのはいつのことか、ひょっとすると一生のうち最初で最後のセグウェイかもしれない。
まあ物好きの金持ちが多いのが最近の上海なのでそんな友達ができたらその人に買わせてまた乗ってみよう。