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中学の後輩に会った!

 昨日の某県人会で、偶然の再会?があった。

同じ出身中学の1級下の後輩が偶然上海にいたのだ。

 ン十年ぶりの懐かしの再会と行きたいところだが、残念ながら私は彼のことを元々知らなかった。

 実は私の出た母校は当時日本で1,2を争うマンモス校で、同級生だけで700人近くが在籍し、クラスも15クラスもあったので同学年でさえ一度も話をしたことのない奴がゴロゴロいる。

 更に私の下の学年は16クラスあったと記憶している。

 当時は正規の校舎ではスペースが足りず、プレハブの増設校舎で対応していたのが現状で、私も1年生の時はプレハブ校舎で一年を過ごした記憶があり、正規の鉄筋コンクリートの校舎がちょっと羨ましかったものである。

 そんな学校なので、一学年でも違ってしまうとほぼ全く他人と一緒である。
同じ部活や何かの行事で一緒にならなければ、まず顔見知りになることはない。

 ということで、彼の事は全く知らないに等しい人物だったが、上述のようなことを語り合える仲間と知り合えたのはとても嬉しいことである。

 これも上海ならではの人の縁ということになろうか。

いろんな噂を耳にする

毎日外へ出て、お初・旧知問わず色んな人に会っていると、その人数に比例していろんな噂を耳にする。

社会の話、自分の会社の話、同僚の話、友人の話などなど、その内容は非常に幅広い。

まあ噂はあくまでも噂で推量の域を出ない話であるがとにかく色んな情報が入ってくる。

あの会であの人を見かけたとか、あの会社はああだとかこうだとか、たわいも無い話がほとんどだが、たまに聞き捨てなら無い重要な話も紛れ込んでくるので油断がならない。

 ああ、あいつは影であんなことやっていたのかとか、噂を通じて知ることもしばしばである。

 まあ自分に直接関係無い話だけならいいが、影響のありそうな話もたまにあり、追求して裏を取ることをしないまでも、火の無いところには煙は立たずなので、情報に対するアンテナを高くする警戒は十分必要かなと感じるときがある。
上海に来て、色んな人脈や知り合いが出来て、幸いにも私を恨んでいる人の噂はあまり聞かないし、みな親切にしてくれ、色んな情報を持ってきてくれる。その情報で助けられることもたくさんある。

改めて口コミのネットワークは凄いと感じるし、逆になめてはいけないなと感じる今日この頃である。

ビンゴゲームを知らない中国人たち

ここのところ忘年会続きで、体重キープもやや難しくなりつつあるが、最近一つの発見した。

 それはある県人会の忘年会出来事である。

 年末の忘年会ということで、プレゼント交換会なる催しがどの会でも行われるのだが、そのプレゼントの渡し方の代表格といえばゲームで順位を決めて上位の人から選ばせるというやり方であり、さらにそのゲームの代表格といえば今も昔もビンゴゲームである。
 この忘年会でも、例に違わずビンゴゲームで賞品の配布を決めることになっていてビンゴカードが全員に配られた。

 ところが、そのとき隣に座っていた中国人は配られたビンゴカードを見て

「これはなんですか?」(もちろん中国語で!)

と質問してきた。私は驚いて

「ええ、あなたこれ知らないんですか?ゲームで使うんですよ」(もちろん中国語で)

と答えた。すると彼は

「ゲーム?どうやって使うんだ?」(もちろん中国語で)
とさらに質問してきたので、

「それはね、、、、」と中国語で答えようとしたが、流石にちょっと複雑なのでギブアップ(情けない)
そばにいたゲームを理解している中国人に説明のヘルプを頼んだ。

 なんだ、ビンゴゲームをしらない人もいるんだなぁと、彼特有の事情とそのときは思ったが、見渡してみると彼以外の中国人もそのほとんどが、何のカードか分からずビンゴカードを眺めていた。

「ええ?!中国人はビンゴを知らないのかぁ???」

驚いて聞いてみるとみんなやったことがないという。ちょっと驚きである。どうやら中国人の社会の中にビンゴゲームはあまり知れ渡ってないらしい。

さぁ、そんな初ビンゴの中国人たちと一緒にやるビンゴゲームはしっちゃかめっちゃかである。穴のあけ方も知らなければ、当然上がり方もわからないし、リーチも分からない。いちいち傍の日本人がヘルプしてあげて何とかビンゴにこぎ付ける。

私の隣の彼も、上がっていたのに気付かず申請がワンタイミング遅れて順位が下がってしまった。

まあそれでも彼は上機嫌だったが、、、、

 私は面白がってそのときのビンゴカードを持ち帰って会社の中国人の同僚にも見せてみた。やっぱり、何に使うのか全く分からないようだった。

 うーん、普段同じような常識の中で働いているように見える中国人達が、日本人の大人ならかなりの割合で知っていると思われるビンゴゲームを全く知らないというのは生きてきた文化が違うとはいえ、やはりちょっと驚きである。
 まあこれだから外国で暮らすというのは楽しいのだが。

 今後、中国人社会の中に日本人の影響でビンゴゲームが浸透していくのかどうかちょっと見モノではある。

兵庫県人会で井戸知事と握手

兵庫県の井戸知事

兵庫県の井戸知事

昨日、兵庫県人会があり、今回上海を訪問していた知事とお話する機会がありました。
 上海と神戸がフェリーで結ばれているなど、貿易港どうしということもあって、上海と兵庫県の結びつきは古くから強いらしく、かの知事は何度も上海を訪問していただいているとのこと。
 まあ私のような一兵卒が知事様に面会したところで、ビジネスやその他の面で直接の大きい影響があるわけではないが、挨拶させてもらえる環境に自分の身をおけることに、上海におけるビジネス環境の凄さを感じてしまう。
 ここへ身をおけることによって人脈を増やすことができるのが非常に大きい。もちろん人脈というのは一朝一夕に出来上がるものではないが、一歩目の出会いがなければ2歩目もない。何も目先の直接のビジネスでだけではなく、近い未来、何か新しい事業が動くようなときに、力を借りられるかも知れないのが人脈だ。もちろん借りるだけでは駄目で、こちらからもメリットを与えて上げられるよう、自分自身が情報ステーションとなって、お互いの利益になるような関係を築かなければならない。だから日頃からマメな人間関係の構築は欠かせない。
 そういう意味で、人脈作りのきっかけとして今回知事と握手できるような機会を持てたことは非常に意味が大きい。
 東京で、一従業員として働いていた時代には考えられなかったような、上海のビジネス環境を動き回っている自分にいま驚いている。 

とてもアットホームな上海山形県人会

ちょっとブログに書き出すのに時間が経ってしまったが、先週の土曜日に山形県人会に参加してきた。
正直いって山形県に住んだことはないのだが、山形県そのものは大好きな県の一つで、日本にいた時よく旅行に行っていたのでまるっきり縁がないというわけではない。
米坂線の沿線風景が大好きだったり、置賜駅の温泉や板谷峠の温泉に何度も入りに行ったり、またその途中で毎回上杉鷹山の碑へお参りし、その度に例の句を胸に刻んで生きたりしているので、山形は非常に馴染みのある県ではあった。
(あ、大学のとき好きだった女の子も山形県出身だったかも。)
ただ、県人ではないので上海で県人会に参加というのはちょっと敷居が高く、参加できずにいたのだが、昨年の暮れにひょんなことから幹事の前澤さんと知り合い、山形は大好きなんだという話をしたらこの県人会に参加させていただくことになった。

 山形県人会は上海の県人会には珍しく頑張って毎月一回会合を開いている。

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 この山形県人会は正直言って、参加人数は少ないが非常にアットホームでとても居心地が良い。会長の青柳さんや幹事の前澤さんを中心にいつも和やかな会話が弾む。まとめる会長の人柄なのか山形の土地柄なのか分からないが、故郷に帰って友人と話しているような居心地のよさがこの県人会の一番の特徴である。
 また県人でない私を受け入れてくれるような懐の深さもある。前々回の県人会の時には、ちょうどその時に日本から同僚が転勤してきて、私がアテンドしたのだが、既に県人会の予定が先に決まっていて、同僚を一人上海の街に放り出すわけにもいかず困っていたのだが、縁もゆかりもない同僚を県人会の会合に連れて行っても良いかと尋ねたら快く受け入れてくれて非常に感謝した記憶がある。

 今回の会合は先日ブログに書いた「新大谷」さんで開かれたのであるが、県人会のメンバーのほとんどが阪神ファンではないにもかかわらず、店長が阪神ファンであることを知ると、皆ですぐ「六甲おろし」を歌うなどいったノリの良さもある楽しい県人会である。
 今後とも上海にいる限り「山形の友」に会うために継続して参加していきたい会だ。山形県人会バンザイ!
(写真は幹事の前澤さん(左)と会長の青柳さん(右)青柳さんブレちゃってごめんなさい)