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韓国のエクスキューズ

 最近の韓国の日本時代の慰安婦に関する主張行動は、どうも過去の自国の行動に対するエクスキューズだという気がしている。

 確かに日本統治時代に朝鮮総督府は日本軍のために慰安所を作ったとされ、慰安婦集めが強制的だったとかそうでなかったとか色々諸説があるが、日本の統治時代の資料を見る限りにおいては、朝鮮においてそれほど暴力的な統治を行なってきたようには思えない。

 まあ統治されてきた側からすれば、屈辱的な感覚を受けていた人も大勢いるとはいると思うが、その割には強烈な抵抗運動があったわけではなく、併合時に抵抗した義兵などにしてもせいぜい2万人とされ、国全体の人口規模からすると、国家の併合という大事件の割には抵抗としてしては非常に少ない。

 またその後の3・1運動なども確かに相当規模の大きい独立運動ではあるがその内容は戦闘的運動ではなかったようで、悪政への抵抗と言うよりはあくまで目的は独立であり、日本側の弾圧統治に耐えかねて起こした抵抗のようには見えず、そういった統治状態の中の慰安婦集めに非道な強制があったとはちょっと信じがたいのである。

 では何故、現在の韓国がここまで執拗に日本軍の慰安婦問題を責めるかと言えば、日本統治終了後の「自国による慰安所運営を行なっていた事実」を隠したい、或いは日本の残していった負の遺産だとエクスキューズしたいからだと思われる。

 韓国では日本の統治終了直後から、1950年代、1960年代、1970年代へと長きに渡って国の主導の下で慰安所を設置し、今の大統領の父親の朴正煕の政権の下、強制か非強制か分からないが慰安婦を集め、国の為だといって在韓米軍に対して働かせていたとされる。

 その後1988年のソウルオリンピック前の全斗煥政権時代には国の浄化作戦が実施され韓国人が慰安婦となる時代は終わったが、それと同時にこの国ぐるみの慰安所については、過去の汚点としてその存在があったことを語ることさえ伏せられていくのである。

 その後米軍相手の慰安所の存在については韓国国内で一時社会問題化されたとされるが、対日本へ弱みとなることから、社会での議論が抑制されていくようになったという。

 そして今では国が自分の国民の女性を慰安婦として推奨することなどありえないという論調になっており、外部からの指摘も歪曲だといって否定し、過去を完全になかったことだとするような社会風潮になっている。

 にも関わらず、日本統治時代の慰安所に対しては現在も執拗にその責任を求める形となっている。

 つまり、自国の恥を日本に押し付けて批判を免れんとする形になっており、現大統領の父親が行ってきた政策であるが故に、なおさら親の汚点を認めたくない現大統領が日本への責任を求めるエクスキューズを行なっているように感じてしまう形となっている。

 まあ身内や自国の恥を隠したい気持ちは分からないではないが、事実は事実であるのだから、被害者意識によりかかるのではなく、自国の現実的にやってきたことと向き合う勇気が無い限り、独立国として自信もいつまでも持てないのではないかと他国のことながら心配になる。

 私は嫌韓ではないし、韓国料理は好きでいつまでも美味しく食べたいので、韓国が今のような無意味なエクスキューズをする社会ではなくなり、日本と台湾のような関係を韓国とでも作れる時代が来ることを是非祈りたい。

韓国の嫉妬

 最近日本国内でのヘイトスピーチが社会問題になっている。

 まあ私は上海にいてニュース上でしか情報を拾えず具体的な状況は見ていないが、現場では在日韓国人などに向けての抗議やデモのレベルをはるかに超えてメディアに載せられないような酷い言葉をぶつけていると言われており、人権を無視したような状況が続いていると言われている。

 同じ人間として恥ずかしい限りではあるが、ただ一般的にこうったヘイトスピーカーというのは、発言者側が汚い言葉を発することで自分より下の立場を作り、自分がそれより上であることを誇示しようとする自己肯定行為であると言われており、スピーチ者と対象との関係に実質的意味があるわけではないと言われる。

 つまり対象者がどうであるかと言う事より、発言者側を鬱屈させている何かを取り除かない限り、解決しない問題のようだ。

 ところで、このことは最近の韓国政府の行動にも同様なことが言えるような気がする。

 韓国では以前から従軍慰安婦など歴史問題を盾に日本側の歴史認識がおかしいと主張してきたが、私もこの点まではお互いの国の歴史認識の違いがあるのは致し方ないと理解する面もある。

 しかし、その問題点の主張方法が最近いささか常軌を逸している。

 アメリカに慰安婦問題の広告を出し銅像を建てたり、中国に対してハルビンに伊藤博文を暗殺した安重根の銅像を建てましょうと提案するなど、第三国にどんどん問題を大きくしようとしているのである。

 二国間で解決しない問題を第三国に理解を求めようとする気持ちはわからないでもないが、それにしたってちょっと異常な主張方法だという気がしている。

 こういった韓国の行動を見ていると、実は二国間の歴史問題を解決するのが目的ではなく、単に日本の評判を落とそうとしているネガティブキャンペーンなのではないかと見えてしまうのである。

 テレビドラマなどでは、嫉妬深い女性が昔に別れた彼氏或いは女友達が幸せに暮らしていたり出世したりしている姿を見て面白くないと感じ、悪口を触れ回るような設定が時々あるが、今の韓国の行動はどうもそれに似ている気がする。

 こういった女性は「あの人は今はエリートの顔をしているけど、過去は○×な酷いことをした人なのよ」などと悪い評判を触れまわって一生懸命評判を下げようとするのだが、実は悪口を他人に触れ回るという行動は自分の生活の不満への裏返しから来る妬みであることが多く、相手の足を引っ張って自分と同じ境遇に引き込みたいという欲求に基づく行動である場合が多いような気がする。

 つまり、現在の韓国が要求する「正しい歴史認識」という要求は、実はそこに本質的要求はなく、自分の国は苦しんでいるのに、日本の芝生は青いように見える嫉妬から来る劣等感の心理の下に、日本の良い評判をひっくり返したいという目的があるように見えてしまうのである。

 まあ過去の慰安婦問題などは、私が生まれる前の事であり、手元に資料もない為どちらが正しいとか正しくないとかの判断は今の私にはできないが、原則としてはこれらの戦中問題は1965年の日韓基本条約で解決させたはずであり、賠償金は払ってはいないが韓国の発展のため円借款・ODAなど多額の資金協力を行なっているはずである。

 また慰安婦問題についても、国からの直接の補償ではないが、女性のためのアジア平和国民基金などでそれなりの補償事業が行われ誠意を示してきており、十分とは言えるかどうかは別にして、少なくとも第三国に悪口を触れて回られるほど非礼な対応はしてきていないと思える。

 にも関わらず、相変わらず第三国に対して今の日本の評判を落とさせるような働きかけを行なっているのは、もはや日本に対する何らかの妬みのような感情を抱いているとしか思えないのである。

 金銭的なタカリだという人もいるが、今のレベルはそれを超えているような気がする。

 故に、もし今後例えば今後日本政府が慰安婦問題などに今までの何倍もの十分すぎるくらいの補償を行なって、さらに村山談話など以上にはっきりした謝罪を行なって誠意を示したとしても、彼らの気持ちが満足するような状態になるとは到底思えないのである。

 寧ろそれはそれで日本の対応に対する第三国の評価が高くなるだけで、更なる韓国の嫉妬を買ってしまう、そんな気がする。

 要するに、韓国の主張するこの歴史認識問題は対日本の問題と言うよりは韓国自身のアイデンティティや日本に対するコンプレックスの問題であるような気がしており、そのために歴史問題などを持ちだしてやたら日本に絡んできたり、ウリジナルと呼ばれるほどの「何でもかんでも自国起源説」の主張が行われているように思える。

 故に、今後韓国自身が他国との関係に依存しない自立したアイデンティティを確立しない限り、現時点では日本側が今後どんなに手厚い対応をしようとも、日本への非難姿勢などは解決しないのではという気がしている。

 歴史認識その他の問題から逃げようという事ではないが、相手の主張行動の本質はそこではないような気がするのである。

日本人として当然はいつからか?

 時々聞かれる「日本人として当然」という言葉。

 礼節から始まって、日の丸国歌天皇制との向き合い方の問題まで幅広く言及される「日本人として」という言葉だが、実はその具体的なイメージが作られたのはいつの頃かというのが最近非常に気になった。

 全てにおいて大きな転機になったのは、やはり明治維新以後の明治政府の政策による誘導が大きい。

 江戸幕府によって治世が行われた頃の日本は、現代の尺度から見れば全く問題が無いとは言えないまでも非常に安定したものがあったが、鎖国という特殊状況が故に進歩も遅れ、世界から遅れた状況になっていたのが幕末の状況である。

 それを軍事クーデーター的に天皇を担ぎ上げて政府を作ったのが明治政府で、尊王討幕の言葉の意味合いからすれば武力政権(江戸幕府)を倒し徳の政治(王の政治)へ移行したことになるが、まあ私から見ると実際は逆で、徳で治めていた国を軍事的に倒した軍事政権的色合いが強かったのが明治政府のような気がする。

 その明治政府の下、作り上げられたのが今にも影響を残す「日本とはこうだ」というイメージ像で、国をまとめ上げるために作られたこのイメージは軍隊教育的な匂いが色濃く、それ故に現代までも一部の人間に強く影響を与えているが、実は歴史的時間で言えば明治維新から敗戦までのたった150年ほどの間に作り上げられたものに過ぎない。

写真はイメージ

写真はイメージ

 例えば天皇制は確かに2000年以上ものあいだ続くとされる制度ではあるが、鎌倉以降は武家政治の時代が続いたため、この約700年もの間は現代の象徴天皇制のような位置付けが続いていた。
 それを政治の看板として改めて引きずり出したのが正義の看板が欲しかった明治政府であり、それ以前の江戸時代の庶民にとっては既に世の中で権力を持って偉いと感じていたのはやはり天皇ではなく自分の領地のお殿さまであり、幕府の将軍であると思われる。

 日の丸とて、その存在自体はは平安時代頃からあったようだが、実際に国の標識として使われ始めたのはやはり明治維新前後からであり、国歌も同様で、ましてや国旗に敬礼をしろなどというのは明治政府の軍隊的教育以外の何ものでもない。

 また性的観念なども、今でこそ日本人は慎み深くあるべきだという考えが主流だが、これも明治政府が欧米列強に肩を並べるためにキリスト教的道徳観念を国民に強いた結果であり、それ以前の日本人は長きに渡ってかなり性的に開放的であった事が資料から伝わっており、現代の道徳観念までも否定するつもりはないが、決して「日本人として」伝統的にその考え方があったわけではない。

 さらに明治政府は、廃藩置県により地域にあった自治の体系を壊し中央集権の国家に作り変えてしまったため、日本の自治の土壌を失くし、今に続く官僚政治や、藩ではなく日本という大きな枠のイメージを作り出し、最終的に新たに統治に都合の良い「日本人とは」とか「日本とは」というアイデンティティを生み出すのに成功したのではと思われる。

 どうもこういった点は大きな声では言えないが、現在のどこかの国と似た面がある気がしてならない。

 これらのことを考えると、今の人がよく口にする「日本として」のイメージは、実は明治政府が意図的に作り出したナショナリズム的なイメージであり、日本の歴史の中では必ずしも伝統的に長い間存在していたわけではないことになる。

 明治政府は国の制度の近代化という面である一定の役割を果たした面は確かにあるが、それと同時にそれ以前に長くあった自治的結びつきや日本の文化を多く破壊したという面もあり、欧州列強を意識過ぎたばかりに明治維新以後に出来た日本という枠は決してプラスばかりではなかったという気がする。

 ましてや、日本の敗戦によって民主国家として再出発してから70年近く経つわけで、そろそろ国民や政治家は明治政府の呪縛から解き放たれてもいい頃なのではないかという気がしている。