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SMAPの解散とキムタクのO型気質

 日本の芸能ユニット「SMAP」が年内解散を発表した。

 今年年頭に勃発した解散騒動は、1/18の生出演での謝罪によって一旦は収まっていたように見せていたが、メンバーの亀裂は修復できなかったようだ。 

 まあ、私は特にそれほど強いファンという訳でもなかったが、彼らは歳も近い同世代芸能人であり、日本の芸能界の顔と言ってもいい存在であったことから、彼らの解散はとても残念に感じている。

 しかも個人的には2020年の東京オリンピックのテーマ曲に「世界に一つだけの花」を推していたので、当然2020年の開会式にはSMAPが主役として活躍するのではないかと想像していただけに、その夢が潰えたという点でもやはり残念である。

写真はイメージ

写真はイメージ

 今回解散の報を聞き、初めて1月18日の生謝罪の映像をYOUTUBEで見たが、謝罪と言いながら週刊誌やネットで報じられている通りキムタクと中居君たちの溝を感じさせる雰囲気であったことを改めて確認した。

 どうもキムタクだけ一人KY気味に語っており、他の4人が嫌々言わされているという表情たっぷりで、今回の解散に繋がったメンバー内の雰囲気がありありと分かる状況である。

 あまりにも薄っぺらく感じたキムタクの言葉に、もしやと思って血液型を調べたところ、やはりO型であり、思慮の浅いO型の気質そのものがモロに出ていたようである。

 しかも先ほどニュースに出ていた解散に関する各メンバーのコメントも、キムタクだけ毛色が違っており、他のメンバーとずれていたのが見てとれる。
 どうも彼だけファンに対して言葉が向わず自分の心境を述べており、彼が周囲の仲間より自らの保身を選んだと言われるのが分かるようなコメントなのである。

 私の経験からするとO型の人は、基本として自分本位で周囲への配慮が出来ず、義理が薄く利用できる人だけしか大切にしないので、ああいったコメントになるのかと思う。

 週刊誌の報道が正しければ、マネージャーと共に独立するより保身を優先して確実な仕事を得られる残留の選択となったのだろう。

 逆に会社が傾きかければ真っ先に退社するのも実はO型だったりするので、そこには仲間と共に戦うといった貧乏くじを自ら引くという意識は無いのである。

 ちなみに稲垣吾郎くんもO型(残りの3人はA型)のようだが、恐らく本人が日常の仕事などを考えてSMAPの仲間と行動を共にする方が得という計算が無意識に働いたというような気がする。
 ここが、SMAPメンバーとしてではなく、単独のネームヴァリューで稼いできたキムタクとの差であるかと思う。

 まあ将来的にジャニーズ事務所が傾けば、キムタクの方から再び水を向けることもあるかもしれないが、他のメンバーが義理堅いA型であるから恐らく再結成は無理であろう。
 O型人間はしがらみを考えない分だけ行動力があるようにも見えるが、最後にケツをまくれないので仲間としては信じられない厄介な存在なのである。 

東京ブギウギを再評価する

 先ほど日本のラジオで、笠置シヅ子さんの「東京ブギウギ」がリクエスト曲として流れていた。

  「♪東京ブギウギ、リズムうきうき、心ズキズキワクワク~」のあの歌である。

 まあこの曲は非常に古い曲で、鈴木勝作詞・服部良一作曲の私が生まれる前どころか私の母親が生まれた年に発表された曲で、戦後間もない時代の曲である。

 もちろん私も以前から何度も耳にしたことがあるし、聴いたことがなかったわけじゃなかったが、今回ラジオで流れた放送を聴いて、古いくせに全然色褪せない良い曲だなという印象を改めて持ったのである。

 発表から70年近くもたっているのに歌詞にモダンさが保たれており、明るくノリもいいのである。

 実際、私がわざわざここで取り上げるまでもなく、日本の歴代の主だった歌手はこの歌をアルバムなどのリストに入れており、実は日本人の歌手にとって定番の曲となっている。

 例えば、古くは美空ひばりや雪村いづみ、石川さゆり、山崎ハコ、小林幸子、福山雅治、氷川きよし、そして最近ではAKB48など、幅広く歌われており、こちらが想像していたより遥かに多くの歌手たちが取り上げている。

 さらにサッカーのFC東京の応援歌としても使われており、東京ブギウギは私の認識を反省しなければならないほどに東京に染みついている曲となっている。

 ところで、このブギウギ(boogie-woogie)というのは、調べたところブギというのがジャズのリズムの一種で、シャッフルのリズムを繰り返す演奏スタイルとなっていて、それに合わせて踊る踊りをブギウギというようである。
 最もこのブギウギの踊り方に対して、本来のジャズではなくロックンロールの音楽を使われるケースも多く、ダンス競技ではロックンロールの曲を使って激しく踊ることが好まれるため、言葉として厳密な定義とはなっていないようである。

 まあ、そういった音楽の歴史はともかく、「東京ブギウギ」は東京の定番曲といっていい気がするのに意外と活躍の場が少ないという気がするのである。

浅草の仲見世

浅草の仲見世

 そこで、考えるのは2020年の東京オリンピック・パラリンピックのことである。

 以前にもオリンピックにふさわしい曲としてSMAPの「世界に一つだけの花」とか喜納昌吉さんの「花~すべての人の心に花を~」などを取り上げたが、これらはまあ世界の祭典向けという面では遜色ないものの、東京というローカル色は若干不足している。

 じゃあ、東京ローカルの代表曲って何があるかなといろいろ考えてみたが「東京五輪音頭」や「東京音頭」「TOKIO」などそれなりに曲数はあるが、どうも夜のカラオケが似合いそうな曲が多く、あんまりオリンピックにふさわしい明るい曲は少ない気がするのである。

 外部サイト:地名のつく歌

 そういった観点で絞っていくと、この「東京ブギウギ」という曲は、やはり明るさとノリ、浸透度という意味ではピカ一であり、東京を代表するご当地ソングと言っていいのではないかという気がする。
 
 残念ながら昨年行われた「世界に誇る日本の歌!」ベスト100には選ばれていないようだが、この曲がかなり幅広く浸透しているのは間違いないと思うのである。

 まあ、「東京ブギウギ」をオリンピックのテーマソングにしろとまでは言わないが、直前のPRソングへの活用など、この曲の価値を再評価してもっと使ってもいいのではないか、そんな気がした今日のラジオでの再発見である。

1964東京オリンピックから生まれた「花~すべての人の心に花を~」

 先日、2020の東京オリンピックのエンブレムについて、招致ロゴが良いというブログを書き、SMAPの「世界に一つだけの花」が似合うようなことを書いたが、もっと以前に同じような感覚でオリンピックの存在を捉えている人の存在を知った。

 それは沖縄の歌手喜納昌吉さんであり、彼のバンド「喜納昌吉&チャンプルーズ」で発表した大ヒット曲「花~すべての人の心に花を~」は、実は1964年の東京オリンピックの影響を受けていたというのである。

 ウィキペディアによると、喜納さんは1964年の東京オリンピックの閉会式の中継で、選手たちが各国入り乱れ肩を組むなど、国境や人種といった人類の垣根を越えた「平和の祭典」の姿が映しだされた時に、涙がこみ上げる感動を覚え、その時聞いた実況のアナウンサーの、「泣いています・・・笑っています」という言葉が非常に印象に残り、後にかの歌に反映されたということらしい。

 つまり歌に歌われるあの花は、世界各国から集まった選手たちの平和を象徴する意味が投影されており、私がSMAPの歌に感ずる前のはるか以前に、彼はやはりオリンピックは平和の花・人が集まったような状況であると感じていたということになる。

 もちろん沖縄返還前の話であり、本土復帰を望んでいただろう喜納さんたち沖縄の人たちにとっては取り分け印象的なシーンだったに違いない。 

そして今回の2020年の東京オリンピック招致に際して、使われた招致ロゴが花を題材にしたものだったことを考えると、かの招致ロゴが何の関連性も脈絡もない単なる偶然でしかなかったとしても、1964年のオリンピックからの必然の流れが実はそこにあるのではないかと感じてしまう。

 実際この「花~すべての人の心に花を~」は世界60か国以上で非常に多くのアーティストにカバーされていることを見れば世界の心を捉えた歌になっていることがわかる。

 つまり喜納昌吉さんが1964年の東京オリンピックの時に感じた国境を超えたという感銘がそのまま歌の歌詞に載せられ世界に伝わっているのではないかという印象である。

 そしてSMAPの「世界に一つだけの花」もまた花をテーマにした曲でもまた花がテーマとなっている。
 まあ今の時点ではこの曲はオリンピックと直接結びついているわけではないが、先日某音楽番組が先日発表した「世界に誇るニッポンの歌」では、「世界に一つだけの花」が1位に選ばれており、多くの国民が国際的に普遍性の高い歌と印象を持っており、オリンピックのテーマと親しい面があるのは確かなようである。

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 こうやって考えていくと、2020年に東京で行われるオリンピックは、件の花ロゴのエンブレムへの使用の可否は別としても、平和の祭典であることを含めて『花』というのは大事なテーマなのではないかという気がしてくる
 そういえば、滝廉太郎作曲の隅田川の美しい風景を描いた曲も題名は『花』であり、江戸・東京にとって『花』は枕詞のように切っても切り離せないテーマなのかもしれない。

 喜納昌吉さんの「花~すべての人の心に花を~」は現在では沖縄の民謡のようにしか扱われていないが、実は東京にとっても大事な曲であったわけであり、2020年の2回めの東京オリンピックを控えた現在、改めてその歌の意味を皆で考えてみても良いのではないかと言う気がするのである。