Tag Archives: 官僚

少数野党の意外な活躍

ここのところ、日本の野党勢力が思ったより活躍している。

 昨年の衆議院銀選挙で、小池都知事の失言などもあって前回の選挙に引き続き自民党と公明党の大勝に終わったときは、また変わらない政治がつづくのかと思った。
 3分の1にも満たない野党勢力で何ができるのだと思ったからである。

 過半数はおろか、3分の一以下の少数野党では委員会でも過半数が握れず、与党が強行に多数決を通せば何もできないのが現実だからである。

 ところがである。

 現在の野党たちは思いのほか活躍を見せている。

モリカケ問題にはじまり、働き方改革法案など、野党が与党側や首相の不備を証拠を持って指摘することによって、法案を修正させたり、重要参考人を証人喚問へ呼ぶような動きが可能になっている。

 もちろんこのことは政権側がかなりいい加減で脇の甘い動きを見せていることが要因ではあるのだが、少数側の政党が数の力に諦めず。それをきちんと指摘できているところにちょっとした感動を覚える。

 従来の野党は反対のための反対と揶揄される面があり、結局は与党の思うがままに政治が行われ、野党側はただ抵抗するだけの動きしかできなかった。

しかし現在の野党は、かつてのそれとは違い、ちゃんとおかしな根拠を発見して指摘し結果に影響を与えることができているのである。

 まさしく野党が野党としての機能をはたしており、面目躍如といった状態になっている。

 まあ野党の対応が全て正しいとまでいう気はないが、現在の政権与党や霞が関の官僚の状況にはあきれ返っているところであり、とりあえず国政の膿が出切るように頑張ってほしいと思う。

森友学園問題で安倍首相は主犯ではないが主因ではある

 財務省の公文書書き換え問題まで発覚した、森友問題だが今出ている情報を整理すると、どうやら構造的要因によってある意味偶然にこの問題が発生したのではないかと感じている。

 キーワードとしては「内閣人事局」「日本会議」「誤解」の3つである。

 まず、最初の「内閣人事局」だが、これは選挙で選ばれた議員の代表である内閣が、政治主導で行政を行うために準備された組織で、2014年から国家省庁の局長級以上のポスト600余りの人事を内閣が握ることになったとされている。

 しかも、これは形式的な任命体制ではなく、かなり恣意的な官僚人事への介入が政治家によって行われるようになったのである。

 まぁ行政の政治主導という意味では、大枠では正しい方向ではあるのだが、深いところまで介入できるようになったため、逆にニラミが利きすぎて、制度開始以降、あまりにも政権側の恣意的な介入が多くなったと言われ、従来の人事慣例が大幅に崩されてきていると言われる。
 これによって、何が起きたのかと言えば政治家の顔色を伺いながら日常からビクビクしたり、極端な忖度をする官僚が増えたようだ。

 そして第二のキーワードとして「日本会議」がある。
 日本会議とは戦前の明治維新から続く天皇制を中心に据えた政府体制を望む復古的な政治思想の持主の集団だと私は理解しており、安倍首相らがこのメンバーにいるとされている。

 そこへ森友学園の籠池元理事長の登場である。

 籠池氏もやはり日本会議のメンバーだったとされ、当然首相をはじめとする複数の国会議員たちとの交流もあり、そこで安倍首相や昭恵夫人とも懇意になり、学園開設構想を伝え、彼らの賛同を得たに違いない。

 そして、首相やその周辺の人々が学校の主旨を知り、「力になれることがあればいってください」的なことを言ったかもしれないというのは想像に難くない。
 そこで籠池氏から「安倍晋三小学校」という名前を付けたいだのアイデアが出たりしたが、さすがにそれはやりすぎだと言うことで断り、結局は昭恵夫人が名誉校長になるという名前を貸すことで落ち着いたのであろうと推測する。

 そして、ここからが核心であり、「誤解」という第三のキーワードである。

 籠池氏は、もとからあった理想の思想像を教える教育機関設立の為に、日本会議の人脈や、昭恵夫人の看板を活用して行動し、学校開設の為の土地の払い下げや資金調達のために、日本会議で繋がった人脈を精いっぱい利用して役所機関に近づくことをする。

 これらの各国会議員などに役所の担当者を紹介してもらったりする過程で、受ける官僚の各担当者から見れば、籠池氏はVIP待遇をしなければならない存在に映ったであろう。

 さらに、籠池氏にどこまで故意の悪意があったか知らないが、籠池氏が日本会議のメンバーであったり、昭恵夫人が名誉校長を務める学校だという事実をちらつかせる行動が、官僚にとっては、官邸からの要求の無言の圧力であるかのような印象を与えていた可能性があるのである。

 故に、籠池氏は「丁寧に扱うべき大事な客人」ではなく、「首相や日本会議メンバーの要求そのものを語る代理人」だという誤解した認識の上で、交渉が進んでいった可能性があると言える。

 つまり、官僚たちは籠池氏の後ろに首相や官邸の亡霊を勝手に見ていたため、忖度ではなく、籠池氏を通した首相や官邸の指示だと受け取った可能性がある。
 よって官僚たちは「籠池氏の要求を受け入れないことは、官邸側の方針を無視することになるのではないか」とそう捉えていた、そんな気がするのである。

画像はイメージ

 内閣人事局成立以降、人事権を握られている霞が関官僚にとっては、官邸の意向を無視することは居場所を失うことを意味してしまうため、籠池氏の要求は官邸の言葉として受け入れるしかなかったのだろう。

 従って、交渉担当の官僚は非常識な価格だと感じながらも、いざとなったら政権に守ってもらおうと、経緯について政治家の関与をエクスキューズとして記載し、保険をかけた状態で決裁書を上げ、公文書(書き換え前)を残し売却を決めたはずだった。

 ところがである。
 
 籠池氏は、確かに各政治家とコネクションとの繋がりを利用して優遇を求めていたが、かの交渉は籠池氏単独意思による交渉であり、首相らの国会答弁や報道などにより彼の要望には官邸の後押しはなかったことが判明してしまう。

 それどころか、森友問題に関与している自覚のない安倍首相が国会で「わたしや妻が関与していたなら首相も議員も辞める」と言い切ってしまったことで、価格交渉に携わっていた官僚たちは、初めて籠池氏の後ろに安倍首相はいないことに気づかされ、決裁文書にまずいこと記載してしまったなと慌てることになったのではないか。

 つまり、価格決定を記した決裁書は、担当官僚の誤解のカタマリということになり、配慮したつもりが実は暴走状態だったことに気づいたのである。
 よって官邸に首を掴まれている官僚としては、こんな誤解だらけの文書を残してしまうと、値引き理由のエクスキューズどころか、仕事の汚点を残すことになり、慌てて書き換え(改ざん)を決め、関連の文言を削除しようとしたのではないかと推測する。

 しかし膨大な資料の改ざんには時間がかかるため、恐らく当時の佐川理財局長が麻生大臣に大まかな事の次第を説明し、資料は削除されたということで当面の時間稼ぎをしたのではないか?

 そして理財局から距離を置くために佐川氏を国税局長官に転出させ事態が鎮静化するのを待つ戦略を取ったのだろう。

 この目論見は、約一年を経て改ざん後の資料をリークすることにより、見事達成されたように思われたが、先日の朝日新聞の蜂の一刺しにより脆くも崩れ、さらには自殺者も出てしまったため状況は混乱に陥ちいった。

 この間、恐らく安倍首相については、察するに確かにかつて学校開設の主旨には賛同した経緯があるものの、具体的な土地取引や許認可に関して全く関与していないようであり、この点に本人の答弁には嘘がなかったのだろうと思われ、本人の知らないところで起きた事件なのだろうと推測する。

 また籠池氏からの値引きの要望も確かにあったものの、それは詐欺というほど悪質な押し込みではなく、官僚側の勝手な誤解による特別対応だったという気がするのである。
 故に異常な値引きが発生したのも、不正な書き換えが発生したのも、恐らく見えない官邸の圧力を感じた官僚たちが暴走した結果なのではないかと察する。

 こう整理してみると、確実に罪と呼べる部分は官僚側の公文書書き換えであり、虚偽のごみ処理費の計上などであるが、安倍首相や麻生大臣の直接の罪状は存在しないだろう。

 ただ、構造上の発生要因を探れば、安倍首相や官邸が官僚達に圧力を強くかけすぎている状態が、保身や政権を守るためには犯罪すら厭わないという官僚たちの思考を生み出している要因になっており、そこにたまたま籠池氏のように首相の仲間のように見える存在が紛れ込んだ結果、上記のような犯罪が引き起こされてしまったのだと思われる。
 故に、この森友学園問題において安倍首相自身は犯罪を犯してはいないかもしれないが、犯罪を発生させた主因は安倍政権の振舞いにあると言えるのである。

気の毒な日本の政治家たち

 日本の政治家たちを見ると、時々気の毒に感じる時がある。

 他国に比べ鍛え方が足りないというか、鍛えられる場もなければ政策能力を高める場もないまま国政を担う立場を背負わされる場合が少なく、そのまま何となくの数週間の短期間の選挙の結果で首相や党首などになる場合が少なくないからである。

 その結果どうなるかというと、運よく政治力のある人間がトップになればそこそこの長期政権が作れるが、大方の場合は他国に比べ非常に短期の政権で終わっているのである。

 ウィキペディアの資料によれば、明治の大日本帝国憲法以降の日本の内閣総理大臣経験者は62人いるとされるが、そのうち1年以内の短期間で終わった総理が20人もいる。

 さらに40人が2年以内しか在職しておらず、実に内閣総理大臣経験者の3分の2が2年以内の短命在職と言う実績であり、逆に4年以上の在職期間を経験したのは7人しかおらず、3年以上に拡大しても11人にしかならない。

 これに比べアメリカや韓国の大統領の任期は4年、中国の国家主席は5年であり、如何に日本の内閣が短命かが分かる。

 この原因として一つ考えられるのが、日本の政治家が政治的に鍛えられないまま政治の舞台に立つから経験不足で打たれ弱いということがあるという気がする。

 例えばアメリカなら、大体が上院議員や州知事などまず政治の実践の場で実績を積んでから大統領選挙に進むのが通常であり、大統領候補になるために実質一年近くの予備戦を党の内部で戦って候補に選ばれる必要がある。

 さらに大統領選本番でも実質半年近くの選挙戦を戦うことになるから、結局候補者は1年半近くもの間に本人の人物の政治的思想や人間性が徹底的にさらけ出されるので、選挙に出る本人は相当の準備を持って臨む必要があり、色んな弱点をつつかれる度に勉強してカバーしていくことになるから、選挙期間を乗り越えることによって大統領になる政治家として鍛えられる面がある。

 また、この選挙活動の中身も単なる選挙カーの上からの一方的な街頭演説ではなく、州によってはタウンミーティングのような非常に自治意識の高い選挙民たちの討論の中にさらされるため、国民と非常に近い距離で意見を受け止める必要があり、マイノリティーなどへのかなり幅広い視野を求められる。

 こういった修羅場を潜って成長した人間が選ばれるのがアメリカの大統領であり、こうやって鍛えられた大統領が打たれ強くなり、ちっとやそっとの事では揺るがないのは当然のことのような気がする。

 また中身は違うが中国の国家主席とて、一党独裁と言っても当然ポッと出の党員から主席に選ばれるわけではなく、長年に渡って国内のあちこちの機関を歴任するうちに組織の人間として鍛えられ、そこを勝ち抜いてきた海千山千つわものであるから、この非常に複雑な国のトップとして君臨出来るのだと思われる。

 さらにアメリカの大統領などは就任した後も非常に優秀な政策ブレーン機関がつくと聞き、ある政策方針をとった場合の影響を即座に分析レポートしてくれるから、迂闊な政策ミスはほとんどない状況にあるようだ。

 これに比べ日本の政党の政治家は、どちらかと言うと地域の地盤を受け継いできたお山の大将のような人も多く、親が死んだから出てきた二世のような鍛えられていない人がいきなり国会議員になってしまう場合が少なくない。

 そしてその議員たちをまとめる政党組織も組織と言っても、会社や役所のような固定化された組織というよりも、同じ意識を持った人が集まる寄り合い所帯的な議員連盟組織であり、そこで組織の論理や難しさを学ぶような関係になっていないというのが日本の国会議員たちの実態になっている。

 さらに実際の政治の中身についても、政策勉強は本人たちの自助努力に頼るほかなく、日本のように自治意識の薄い国民との間で幾ら討論をやっても我田引水的な利益誘導の要望しかないので、例えば国の財政危機などについては深く突っ込んだ真剣な議論や認識にならないのである。

 日本の場合は、本来ならば政治家が膨大な情報量を持つ官僚組織をうまく使いこなして政治家主導で政治を進めればいいのだが、組織に関わる人間としての鍛え方が足りないまま議員になっているため、膨大な情報量を持つ官僚たちを使いこなせず、逆に使われてしまう面もあるのである。

 結果、あまり広い視野を持っているとは言えない政治家が官僚政策に乗った格好で、わずか数週間の短期の政局の勢いで首相に選ばれたりするので、就任後の一つや二つの政策については乗り切れるが、議会運営などで一つ問題が発生したりすると、堪えきれず短命の内閣で終わってしまう結果となる。

 このような自治意識のない選挙民風土の環境の中で、鍛えられる機会もないまま短期的な選挙活動の結果だけで政治を行なっている日本の政治家たちはちょっと気の毒であるという気がする。