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娘の誕生報告をブログで済ます親

数年前になるが、同僚に娘が生まれた。

 当然、生まれる前からそのことは知らされており、周りでは本人に対する仕事の配慮も行い、多少の仕事の遅れや粗相は目をつぶっていた。
 
 ところがである。

 生まれると聞いていた当日に、仕事の用事があって何度も電話したのに一向に繋がらない。

 頼んでおいた仕事について、大元の依頼主から催促の連絡があって進捗状況を教えてくれとのことなので、本人に電話しても繋がらなかったのである。

 もちろん、こちらは本人が迎えている状況は知っているわけだから、気を使って外出先から2時間おきくらいに何度かに渡って電話を入れたがやはり繋がらない。

 まあよほど大変な状況になっている可能性もあるのだろうと想像し、落ち着けば連絡があるだろうと思い結局電話はあきらめた。

 故に、仕方なく仕事の依頼元に詫びの電話を入れて会社に戻ってみると、なんと別の同僚からどうやら生まれたらしいということが伝えられた。

 不思議に思って、本人から連絡があったのかとその同僚に尋ねると、連絡はなかったがブログに書かれていたとのこと。

 それを見ると、確かに出産のことが感動美に書かれていた。

 「なんだよ、それ」

 私はその行為に非常に腹が立った。
 結局本人は仕事の電話にも出ず、一生懸命に個人のブログをアップしていたのである。

 「そんなブログを書く暇があったなら、何故電話に出ない?」
 「本人が感動して自己陶酔ばかりしていて、周りに何の配慮も出来てないじゃないか?」
 「そんな社会的な礼儀のない奴は、人の親としてどうなのか?」

 そんな言葉が次々に浮かんだ。

 子供が生まれる事情で仕事が遅れていること自体は仕方なく、そのことは周りも理解しているが、少なくともその代わりとしての状況報告は本人からあってしかるべきで、もし実際生まれたらそれに気を使った周囲に誕生報告くらいはあるべきではないか?

 結局、本人からはそのブログの発表以外に娘の誕生に関する何の報告もなかった。

 随分と非礼な話である。

 最近は芸能人を真似てか、ブログやフェイスブックで物事の報告をする人も増えてきたが、今の時代になっても迷惑をかけたり世話になった人には可能な限り挨拶に行ったりすることが必要だと思うし、仕方なくメールで済ますことがあっても、最低でも1対多数ではなく、1対1のコミュニケーションを取ることが礼儀なのではないかと思う。

 私からすれば娘の誕生報告をブログで済ます親の下に生まれた娘が非常に可哀そうに思う。

原文


大気汚染をすぐ忘れるマイカー族

 連休中、上海の高速道路が非常に混雑していたというニュースを目にした。

 まあレジャーに出かけるのは結構なことだが、彼らは大気汚染がどうこうのと騒いでいたつい数週間前、数か月前のことはすっかり忘れてしまったのかのように思える。

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 マイカーでレジャーに出かけることと、自分たちの車が環境汚染の一つの原因であることがどうも結びついていない。

 つまり彼らは目の前の自分の快楽しか見えておらず、自分が自分の不快の原因の一つであることはすぐ忘れてしまうというか全く理解していないように見える。

 そういうマイカー族に限って、再び大気汚染が重くなれば、空気が悪すぎて大変だとか叫ぶのだろうが、普段から車の利用を控えるとかそういった配慮は無いらしい。

 モーターショーとかの様子を見ても、大気汚染の騒ぎはどこへ行ったのかというほど、その汚染源に夢中になっている人たちがいる。


O型の逃避癖

 再び血液型の話で恐縮だが、実を言うとB型の私はどうも最近O型人間が好きじゃなくなりつつある。

 何かと集団の中では煙たがられる面の多いB型だが、私の方からすれば余程O型の人間の方が無責任のように映る。

 O型はよくリーダシップがあるだの、決断が速いだの言われるが、B型から見れば全く何も考えてないから素早く行動できるのであって、単に見たまんまの直観的な、思考の浅い行動をやっているようにしか見えないのである。

 しかもその思考の浅さを指摘すると、絶対に己の非を認めたくないのがO型のようで、結果無責任に投げ出して逃避行動に移ったり、だんまりを決め込んだりする。

 最近そういったO型の逃避癖に辟易させられるケースが多くなった。

写真はイメージ

写真はイメージ

 O型はどうやら対外的な人間関係よりも自分の利害を最優先基準として他人と関わったり行動しているようで、自分に利益がないものにはほとんど興味を示さず、不真面目なつもりはないのかもしれないが意外と平気で人間関係の道理を踏みにじる。

 もちろん仕事などで絡まなければ、ここまで辟易することも無いが、利害関係が絡んだときは大変で、仕事を任せるならA型的行動をしてくれる人の方がよほど信頼できるなぁというのが最近の私の仕事における血液型人間分析である。

 まあ私のまわりにもO型の知り合いは多いが、仕事関係にならなければ辟易することもないと思うので、なるべく彼らとは仕事で絡む距離にならないよう注意している。


過去の怠慢の後始末

 ここしばらく過去の怠慢の後始末作業に忙殺されていた。

 まあ以前いた人はうちは凄いんだのようなことを言っていた気がするが、確かに過去に大量の実績を見つけるも、その実績がほとんど現在に繋がっておらずある転換期を境にして断絶している状態だというのが私の現在の感想である。

 本来はその転換期に相当の移行作業をやらなければいけなかったのに、対処療法でやり過ごし、手を抜いてあったような印象がある。

写真はイメージ

写真はイメージ

 これが一つの失敗。

 さらに、どうも好みで仕事をチョイスしていた形跡があり、本来当たり前のようにカバーされるべき領域がずっぽり抜け落ちている。

 ライバルが当たり前のようにカバーしている領域を、まあ勝負の勝ち負けはともかく、踏み込んでもいなかった印象である。

 10年前からなにも進歩していないような印象で、中国のこの大事な10年の中で何をみて何を学んでいたのだろうかという感想が残る。

  そして多くの作業が中途半端だった。

 勢い込んで新しい仕事を始めても、飽きっぽいのか息が続かないのか、途中で放置された仕事のかけらを沢山見つけた。

 それゆえに過去の仕事の実績が今にほとんど繋がっておらずポロポロと抜け落ちているのである。

 そんな過去の怠慢を埋めるべく最近かなりの時間忙殺されていた。

 自慢していたあの人たちはいったい10年間何をしていたのだろうか?
と、この怠慢の山の内をみて愕然している最近だった。
 
 まあその代わり苦労したお蔭で、不器用ながらも取りあえず一つの方法を見つけた気がしている。