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花粉で頭痛再発。

頭が痛い。

どうも花粉で鼻の内部が刺激され副鼻腔炎が再発したようだ。

鎮痛剤を飲めば一時的に収まるのだが、ごまかしでしかないのは分かっている。

 クスリが利いていいるうちは平気なのだがキレると痛い。

故に先週土曜日に病院に行ってきた。

案の定、花粉による再発だと言われた。

写真はイメージ

写真はイメージ

結局土曜日は抗生物質その他をもらって飲んだが、頭が痛いので何も行動する気になれず一日床に臥せた。

結局根本を直さないと痛みは最終的にとれない。

やっかいな病気である。

鼻茸手術のその後の経過

手術を行なったのが先々週の木曜日の午前であった。

まあ、自分の備忘録として一応その後の経過も書き記しておこうかと思う。
 手術直後の午前11時半頃に目が覚めたが、鼻からの血が止まらずティッシュで滴る血をどんどん拭いていた。

 その直後お昼ご飯は出なかったような気がする。

 その後翌朝まで、出血による炎症か、微熱の状態が続き大量の汗をかく。
夕方、夕飯は出たが自分ではほとんど食べられず、オカズとご飯をほんの数口食べただけで、あとは食欲がついて行かず諦める。

 血がなかなか止まらないので夕方以降、上半身を持ち上げた状態で寝るよう安静令が下り、以後退院まで頭を低くしてはならないことになった。

 出血を吸収する手段も、ティッシュから顔にガーゼを固定する方式に変わり、以後1~2時間おきに看護婦さんがガーゼを換えに来てくれた。
 準備していたティッシュが底をついたのでちょうど良いタイミングでもあった。

 そしてこの手術の晩は、そんな状態と鼻の出血で体調が安定しない状態が続き、発汗と発熱を繰り返し、次の日の朝まで深く眠れない状態が続いた。

 ところで、この部屋はNHKテレビが見られることが途中で分かったのだが、こちらは手術後ずっとボーっとしており、あまり集中してテレビを見る余裕はなかった。
 そして消灯時間頃、未だ汗をかいており、暖房は暑すぎるので切ってもらったが、一緒にいたアイさんは実は寒そうで、夜中に咳き込んでいたことを覚えている。
 思えば気の毒であったが、こちらが気を使えるほどの状況になかったので仕方なかった。
 

 手術翌日の金曜の朝は寝不足でちょっと体が重く眠かったが、NHKの朝のニュースからずっと見る余裕が出来てきて、この段階からかなり正常な思考が出来るようになった気がする。

 この日の朝食は肉まんと茹で卵と御粥の朝食が出て、この頃からなんとか自分で一通り食べられるようになった。

 その後シーツ担当がシーツを交換しに来たので、手術後に初めてほんのちょっとだけベッドから下り立った、が、まだまだ頭が重くふらつく状態であった。
 しかも相変わらずまだ出血は続いているのでシーツ交換後はまた頭を上げて横になり、午前中は点滴とガーゼの交換の繰り返しだった。

 
 午前11時にお昼ごはん。
 この時点ではまだ右手に点滴につながっているため箸が使えず、アイに手伝ってもらわないと食事ができない状態で、匙を持ちながら、アイに肉を切ってもらって匙に乗っけてもらって食事をする状態だった。
 半分くらいは何とか食べられたが、体調的に完食はまだちょっと辛い状況だった。

 その後、午後も点滴が続く。

 手術後からこの頃までこちらが汗を沢山かいていたので、1日に2~3回アイに寝巻を換えてもらい、その度に体を拭いてもらった。(ただし下半身は自分でやったが、、)

 そしてこの日の点滴ノルマが終わった時に、針の刺しっぱなしは痛いし不便なので、看護婦にお願いして一旦抜いてもらい、翌日の点滴針はその日にさしてもらうことにした。
 こうしないと寝るときに迂闊に寝返りも打てないし、右手が拘束されて不便だからである。
 そしてこの針を抜いた直後から、精神的にも開放された気分になりこの日の夕飯からは自分で食べられるようになり、トイレなどかなり自分で動けるようになった。

 そしてこのタイミングで、会社の同僚や友人が何人か見舞いに来た。

 鼻にはガーゼがついたままで、出血状況もまだまだだったが、会話はかなりリラックスな状態で、少しは気を遣う応対が可能になった。
 

 手術3日目の土曜の朝、執刀してくれた担当医が現れ、鼻の状態をチェックするために診察室に呼ばれた。

 ここでようやく鼻の穴の中に詰めた綿とガーゼを手術後初めて抜いてみる。

 ガーゼを抜いた瞬間に持たされた顎下の容器の中に血がドボドボ落ちる。

 うわぁ、まだこんな出血状態なのかと自分は思ったが、担当医にとっては想定内のようで意外と冷静だった。

 血はまだ完全には止まってないが、大量にこぼれたのは溜まっていたからであって、状況は血の量が示すよりは落ち着いてきていたようだった。

 とはいえ、止血していないことには変わらず、また脱脂綿を詰め込まれる。

 本来この日に退院する選択肢もあったのだが、この朝の診察状況にこの日に退院するにはちょっと無理だなと悟り、当日の退院を諦める。
 退院したかったのは実はある会合があったからであるが、さすがにこの状況での参加は無謀であったことを自覚する。。

 ただこちらが自力で行動できるようになったので、朝食のあとにアイのヘルパーを打ち切った。

 そして一日ボーっと点滴を受けながらうつらうつら過ごす。

 食欲も復活し、食事もほぼ完食できるようになった。

 日曜日、朝から点滴はあったが、昼には終わり、昼過ぎに退院することになった。

 この時点で鼻のガーゼは一応とれることになった。

 しかし、まだ脱脂綿は鼻の穴に詰まったままであり、そのまま外を出歩くと外観上恥ずかしいので、看護婦さんにマスクをもらい鼻のあたりにティッシュを当てて退院した。
 自宅用の薬として点鼻薬、抗アレルギー薬、抗生物質を渡される。

 明けて月曜日、元の耳鼻科で診察を受ける。
ここで鼻の脱脂綿を交換される。

 この日から会社の勤務は始まったが、鼻に脱脂綿が詰まり、マスクで隠す日々が続く。

 昨日土曜日に再診の結果、鼻の脱脂綿も取れることになった。

 まだ鼻の奥に少し違和感があり鼻水にまじって鼻血があるが、概ね正常になった気がする。

 術後10日でようやく鼻で呼吸が出来るように解放された気分である。

 3月4日現在、今のところはこんな状況である。

鼻の穴の観察

 以前にも書いたが、数週間前に副鼻腔炎が再度悪化して医者に行ったら鼻の穴の中が狭くなっていると言われた。

 それから毎日鼻の穴の中を観察していている。懐中電灯をつかって穴の中を照らし、鏡でその様子をのぞくのである。

 最初の頃は確かに鼻の穴の奥が腫れたような状態で鼻の穴が塞がっていたのがよく分かった。

 これでは確かに呼吸が辛い。
 しかし、ここ数週間、処方された抗生物質を呑み続けたところの影響でかなり改善してきていて、だいぶ空洞が広がってきたようだ。おかげで呼吸もかなり楽になった。

 しかし、悪化する前の正常な状態の鼻の穴の中がどんな形状だったのか分からないので、果たしてどういう状態になったら正常な鼻の穴の中の形なのかがわからない。以前よりは良くなったが、まだ狭いような広いようなである。

恐らくもうしばらくの我慢ではあると思うのだが、何とも改善の程度が分からず心もとない。故にまだしばらく鼻の穴の観察は続く。

 ところで、この観察中ちょっとした新しい発見をした。と言うほどのものではないのだが鼻毛にも白髪が存在するということがわかった。
 頭や他の体毛と同じように鼻毛にも白髪が混じっているのである。まあちょっとずつ年を取る自分の体に気付いたという発見でもあるのだが、とにかく鼻毛も白髪になるということである。鼻の穴の観察の小さな副産物である。

再び副鼻腔炎悪化

ここ数日、会社の窓際で強い日差しと暑さに照らされていたのがいけなかったのか、前頭部が痛い。

 風邪の症状が出ているわけではないので、恐らく副鼻腔炎の悪化による頭痛であろうと思い一昨日病院にいった。

 診察の結果やはり副鼻腔炎が悪化しているとのことだ。
ここ数ヶ月賢明に漢方系の市販薬は飲んでいたが、仕事で夜遅くまで起きている日が続き、薬ではカバーしきれないほど免疫力が低下していたようだ。

 まあ毎晩2時3時まで起きていれば体が弱るのも無理ないなと自覚はしていたものの、そうせざるを得ない状況だったので仕方ない。
 その弱っている状況に、ここ数日の天候が追い討ちをかけたような状況だ。

 夏場ならエアコンがあるので問題ないところを、ビル管理のエアコンはこの時期は冷気が出ず、しかも夏場は日差しが真上から差していたので部屋まで入ってこなかったが、この時期は角度が低く私の体まで直接光が当たる。故に業務環境としては真夏より悪化している。

 夏場より暑くて仕事にならない。思うにまあ夏場だけを意識した暑さ対策というのはちょっと片手落ちのような気がする。
さてさて、病院では膿を殺すために抗生物質の薬をいただくことになった。一週間分をもらったが今の状況ではそれでも足りないかもしれないと先生に言われた。

 無暗な大量投与も危険だが、再発を考えるとンなんとか完治させたいのでしかたない。

  昨日は抗生物質の影響かちょっと発熱気味で頭痛が悪化し、一日中寝ていた。

 夕方から日本のクライマックスシリーズの状況をネットラジオで聴いていたが、それ以外は行動の出来ない一日であった。
今日はかなりよくはなっているが、まだ頭痛の後遺症が残る。
 この週末天気がいいのに、家に缶詰な日が続く。。。