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520は網絡情人節=ネットワークバレンタインズデー?

 ここ数日微信の中で、知り合いの中国人女性たちが何か騒がしくなっていたので、彼女らの発信をよく読んでみると、5月20日は「網絡情人節」つまりネットワークバレンタインズデーという日のようだ。

 そんな日は今まで聞いたことが無かったので、インターネットでちょっと調べてみた。

 百度百科によれば、この記念日は5月20日と21日の連続した2日間が設定されていて、5月20日が男性の為の日、21日が女性の日だとのこと。

 で、5月20日にメールや微博、微信などネット上のコミュニケーションツールを使って520(我愛你:愛している)と恋人や奥さんに向かって発信し、5月21日に521(我愿意:望みます)と返信するのがパターンとされている。

 これらは歌手の呉玉龍さんの歌う「網絡情人(ネットの恋人)」という歌の中の数字を使った言葉遊びの中から520、521という数字が使われていたところから端を発したようで、特に「我愛你一生一世」を示す5201314と言う数字から、5月20日の13時14分に告白を待っているとネット上に書き込んでいた女性も沢山いるとのこと。

 確かに私の知り合いの中にもそういった書き込みをしている人を何人か見かけ、最初は意味が分からず、みんなこの日が誕生日だったのかと勘違いしていたが、この解説を読んで納得した。

 さらに百度百科の解説によると同じ情人節である2月14日との違いは、2月14日はある程度決まった相手に対しての愛の確認の日であるのに対して、5月20日は曖昧な関係をはっきりさせたいが、恥ずかしいために数字を使って気持ちを表す告白のためのような意味の日だとされていた。

画像はイメージ

画像はイメージ

 まあいずれにしてもこの日1日は中国の若い男女、いや既婚者も含め老若男女の愛を確認する人たちで大忙しの1日になるようで、当然この日に結婚の手続きや見合いをする男女も多いらしいとのこと。

 こうなってしまうと聖バレンタインズデーの最初の意味であるバレンタイン司教が処刑された日と言う意味はどこかに飛んでしまい、「愛」だけが独り歩きしている印象だが、とにかく5月20日は中国人たちにとって新しい愛の日になっているらしい。

 このように昨日初めて知ったこの情報だが、中国人たちの騒ぎをヨソにこちらはどうもこの記念日?にピンと来ないため、今のところは蚊帳の外に置かれているといった印象である。


結婚へのプレッシャーが増大中

 最近、周囲からの結婚へのプレッシャーが大きくなった。早く幸せな結婚をしてくれよとよく言われる。春節が明けてからもう5~6人の中国人に言われている。
 相手を紹介してあげようとか、よく世話を焼かれる。

 こちらだって別に結婚したくないわけじゃない。状況がなかなか整わないのである。
相手が誰かという問題に関しては、引く手あまたとはいかないが、もはや結婚を目的にしてその気になれば見合いでもなんでもすればそんなに時間をかからず探せると思っている。

 しかし、相手は見つけられたとしても自分のほうになかなか状況が整わない。

 やはり一番の問題は仕事と収入の安定である。今のところ低空飛行ながらも何とか飛び続けてはいるものの、気を許せばいつ墜落するかもわからない。
 そんな緊張感の中生活しており、自分ひとりならまだしもとても自信を持って配偶者を安心して養うような状況ではない。

 世の中には学生結婚する人たちもいるが、私から言えば働く前から結婚するなんぞ無責任すぎてとてもそんな真似が出来ないと思っている。

 特に中国の場合は、マンション有り、車有りの条件が容赦なく突きつけられる。
 ただ、これには上海人の男性達も辟易しているようで、現在の上海の不動産バブルの状況の中では普通の働きをしながら家を買うなんてことは夢のまた夢であるにもかかわらず、経済状況の見えない女性に2回目のデートからマンションの話をされてゲンナリしたという話を聴いた。

 今の上海人達の資産家と呼ばれる人たちは、事業を手がけてきた事業家はともかく、単に値上がりした場所に住んでいただけの不動産成金が多く、何かに成功したわけではないのに大した苦もなくマンションを手に入れているのが現実だ。

 そんな人々の子供が「マンションくらいないとね」等あたかも自分の実力で築きあげたのごとく言われてしまうとやはりゲンナリする。
 
 とどのつまりは結局は上海人達も親がかりでないと結婚できないのである。

 ただ中国には相続税がないので親が豊かなら子供がそのまま豊かになり、先富論のような金持ちによりかかったり、たかったりする理屈はあっても生まれながらの平等という考え方がなく、後から生まれた人は生まれた社会状況に左右されてしまうという現実がある。
 そんな社会の中に新参者の外国人が入っていって結婚を考えてもなかなかハードルが高い。
 
 まあ収入を上げる一番手っ取り早い方法としては転職などという方法も考えられ、現にここ数年知り合いなどから幾つかオファーを受けたこともあったのだが、年齢を考えると転職はそんな簡単な話ではなく将来性に疑問を感じ断わっており、今の仕事を捨てられるほど良い話はそうはない。
 目先の仕事で効果を出すことのほうが余程現実的であるが、それとて歩みが遅く思うに適わず焦り始めてもいる。このままではいつまでも結婚できないなぁと。
 
 と現実を悲観しているだけでは本当にいつまでも結婚できないのであるが、理想と現実の狭間にいるプレッシャーは非常に大きい。

分手了、和好了

 こんなことわざわざ、ブログで発表することでもないのだが今後のブログを書く時点で話の流れに矛盾とかがあるのが嫌なのでこそっと告白しておくが、実は件のお見合いの相手から先月結局振られてしまった。

 理由は面倒くさいということである。

 まあ相手はいい人であったが言葉の壁は高かったし、それを乗り越えるための十分な時間を持てなかったことが主な原因かと思われる。

 結果は残念だが正直肩の荷が下りた気がする。幸い結局のところ深い関係にはまったく進んでなかったのでほとんど後腐れもない。

 その代わり、と言って変わり身の早さを指摘されると耳が痛いのだが、昨年の前半に一番身近であった人がまた元の距離に戻った。

 元はといえばお見合いを受けたのも、その人との関係が進みきれず、あきらめた意味もあったので、今回結局ヨリが戻ってしまったような形である。

 今後その人と行動することが増え、何か事件があったときにブログに書きにくくなると困るので、一応こうやって正直に告白しておこうかと思う。

お見合い相手に対する友人の指摘

先日のお見合いの相手に関して、まあブログ上であれこれ関係の進展を書くのは野暮ったい話だが、先日友人に彼女の写真を見せたところ予想もしない指摘をされて驚いたことがある。
それは、その彼女が、私の昔の彼女に似ていると指摘されたことである。

ちょっとこの指摘には面食らった。実はこの友人には昔の彼女のことは、写真しか見せていない。それなのにそういわれたことにとても驚いた。
 一応お見合いから数週間が過ぎ、まあ中国のことなので、家族にあってみないことには関係の進展には慎重にならざるは得ないのだが、少なくとも本人に対しての印象はどんどん好印象のほうに変わりつつある。
 自分が彼女を気に入りつつあるのは単に美人で可愛いからだと自己判断していたのだが、どうやら潜在意識の中で昔の彼女の像がかぶっていたのかも知れない。

 最初は、表情の固いモデル型の美人なのかなと思っていたが、何度か会話して打ち解けていくうちに表情も柔らかくなってきて親しみが沸いてきた。
 確かにどちらも東北の出身ではあるので、顔立ちの系統は似ている気がする。されど指摘されるまでは実際そこまでは気づかなかったのである。

 これで、ある意味ますます慎重にならざるを得ないような気もする。つまり私が「気に入りつつある」のは昔の彼女の姿を今の彼女に映しているだけの思い込みなのではないかと、、、。
そうやって疑心暗鬼になっていくとますますわからなくなっていく。
まあ思い込みと錯覚が恋愛だという言葉もあるくらいなので、自然な気持ちの成り行きに変な手を入れないで、心の素直な言葉に従おうかと思ったりもしているのだが、結婚も絡んだりすると単なる錯誤恋愛では済まされず、ますます慎重になる。故に慎重にならざるを得ない。

お見合いその後

 結局先週のお見合いの後、私自身の気持ちの中で、まだまだ言葉の壁などの問題で多少悩んでいる面はあるが、彼女の印象という意味では、少なくとも今の時点で否定しまう理由は無く、とりあえず手さぐり的ではあるが前向きに進んでもいいのかなと考えた。
 で「この後どうなるかわからないけど今はこの縁を大事にしていこうと思っている」というような趣旨のメールをお見合いの翌日に相手に送った。
 どうやらこちらのお見合いの場合、紹介者が登場するのは本当に最初だけで、その後紹介してくれた大家さんが「その後連絡取ってる?」との質問が一回あっただけであまり介入してこない模様だ。

 少なくとも日本のお見合いのように紹介者同士で「この話は無かったことにしてください」というのは今のところ無い(笑)

 但し、彼女からも私が送ったメールに関して「わかりました」と電話で答えてくれてくれたものの、それ以外の目立った反応はない。まあ会って一週間も経っていないのだから当然といえば当然だ。

 結局お見合い以後、一応 毎日メールのやり取りは発生しているのだが、なんだかんだお互い仕事が終わるのが遅く、夜はお互い疲れきっているので電話もままならない。

 ちょっともどかしい気もするが 裏返してみればこんな状況でもメールのやり取りは続いているし、来週末には会う約束は取り付けられたので、悲観するほどマイナスの状況でもないような気もする。

 まあ男女の縁の話であるので、いつ急にどちらかが限界を感じて諦める状況になるかわからないが、そうはいってもそれを折り込んだ上で、前に進んでみないと結論も見えてこないし、一生のことなのでゆっくり結論を出すのは当然かなとも思う。
 ある意味いますぐ進展しないのは、中国語力に自信が無い自分にとっては勉強のための時間稼ぎには好都合という言い方もできなくはない。

 もしかすると数ヶ月はこのままの状態が続くかも知れないが、焦らずゆっくり話をしてみて、互いの理解を深めていくのも悪くはない。
これが中国のお見合いでの、その後の今のところである。