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本当に日本の人口は減っているか?

 先ほど発表された国勢調査によると、日本の人口が0.7%(94万人)減少したとされた。
 このニュースを聞いただけでは、日本国籍を持つ人の数が減ったのだと勘違いしそうだが、実はそう読み取るのは早計である。

 その理由としてまず第一にこの統計は、調査員が調査票を各家庭に配って実施しているもので、国籍問わず居住している人をカウントしており、外国人でも居住者として数えた結果の数字となっている。

 つまりこの調査では外国人も日本の国勢人口に含まれるのである。

 逆に日本国籍を持っていても、調査基準日現在で外国に住んでいる人はカウントされないことになり、例えば私のような上海在住の人間は、調査の基準に照らし合わせれば人口にカウントされないことになってしまう。
 同様にサッカーの本田選手や香川選手なども海外で活躍するスポーツ選手なども日本に住んでいないので当然日本の国勢人口には数えられていないはずである。
 このような日本国籍を持ちながら海外に居住する在外邦人は海外全体で130万人いるとされており、今回の減少幅と比較して考えれば実は日本の国勢調査に与える影響は小さくない。

 じゃあ、国内の人口に在外邦人の人数を足せば良いのではないかと思われる人もいると思うが、この在外邦人の統計も個人の在留届をベースに、進出企業に対する聞き取り調査などを加味して実施しているのであり、日本国内での住民票の有無を問わずカウントされている面もあって、それほど正確な数字が出てくる物ではない。

 つまり任意での提出となっている在留届では正確な数は把握しようがなく、正確なデータとして信じるにはちょっと足りるものではないのである。

 在外邦人は私のように日本の人口には数えられていない人が大半だと思われが、在外邦人の一部は日本居留者として国勢調査で報告しているケースもあり、日本の人口と重複カウントもかなりあると察せられる。
 逆に、聞くところに依ると、今回の国勢調査では調査票が届かなかった世帯があったとか、マイナンバーへの不信感もあって調査そのものが拒否されたり、外国人たちが調査に協力しなかったりと、調査の捕捉率についてもかなり疑念がもたれる状態となっている。

 このようにデータ管理が進んでいる日本でさえ、現在存命中の日本国籍者の数を正確に把握するというのはかなり難しい作業だと言えるのである。

 ならば、今年からスタートしたマイナンバーの活用して調査したらどうかという意見もあるが、実はこれも国勢調査と似たような面を持ち、さらには居住実態と必ずしも一致しない面があるので実像からは乖離し国勢調査以上に正確な人口把握は難しいものとなっている。  

 その理由としてマイナンバーは住民票をベースにナンバリングされており、外国人でも登録者であれば付与されている番号だからである。 

 それ故に、やはり私のように住民票を抜いて海外に出ている人は番号自体が付与されず、統計の対象外となる。
 さらに、住民票の転出・転入届を行わず勝手に引っ越しする人もいるので、地理的な分散の把握もやはり不正確になっており、マイナンバーは国勢調査以上に実態から乖離しているものとなっている。

 こうやって考えて行くと、とどのつまり日本国籍保持者の正確な人口を把握しているデータや調査は何一つないということになる。

 つまりこのような調査実態の中で発表された日本の人口が0.7%減ったという発表は鵜呑みに出来ないのである。

 数%の変化ならともかく、0.7%程度の減少幅だと、誤差があるかも知れず、本当に日本の人口が減っているという結論を出すにはもっと吟味が必要な状態なのがこの国勢調査であり、日本国民の実態だという気がするのである。
 
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血液型と性格に関連は本当にないか?

 先日のニュースで日本で言われる血液型性格の関連について、九州大学の縄田健悟講師(社会心理学)が関連がないということを発表したということがニュースになっている。

 ニュースによれば日米1万人以上を対象に生活上の好き嫌いなどを訪ねた意識調査を行ない、血液型によるその差異がほとんど見られなかったことから、血液型による性格の差はないとの結論に至ったとされている。

 私はこの報道を見て、九州大学の講師にしてはあまりにも稚拙な調査だなという印象に感じた。

 結論から言えば私は血液型性格傾向の肯定派だが、それは別にしても、この講師の調査では血液型に関する傾向の考え方の否定も肯定も出来るものではないという気がするのである。

 この調査で一番稚拙なのが、質問項目の設定である。

 「楽しみは後に取っておきたい」「ギャンブルはすべきではない」などの質問を行なったと言うが、これは思考の結論部分だけを取り上げた質問であり、血液型が関連する性格の部分とは何ら関係がない設問である。

 一般的に血液型によって差異が生まれるのは、結論に達するための思考パターンというか、結論の導き方に差異があると言われるのであって、結論の差異にその差が現われるわけではないものである。

 つまり「A型は規範に従って判断する」「B型は観察分析によって自己判断する」「O型は直感的に判断する」「AB型はA+Bの思考パターン」のような分類で一般的に言われており、その思考パターンの傾向と結論とはまた別モノなのであるから、思考パターンは別でも結局結論の傾向は同じだというのが現実のところではないかと思う。

 そういった一般的に言われている仮説に対して、この講師の設問は結論だけを問うていて、結論に至る思考パターンを問うておらず、ほとんど意味がない設問になっている。

写真はイメージ

 もし、血液型に関する性格の違いを否定したい調査をするのであれば、回答者が何故その結論に結びついたのかという、もう一段或いは二段掘り下げた設問を用意すべきであろう。

 例えば「ギャンブルはすべきではない」という設問に対しては、結論だけでなく何故そう思うのかを問えば「禁止されているから」「儲からないから」など回答理由にばらつきが生まれてくるという気がするのである。

 まあ私は科学的分析で血液型行動パターンの否定が実証されるなら、それはそれで一向に構わないが、今回の調査は従来の血液型仮説を否定するにはあまりにも理解不足で、それ故の稚拙な調査だというのが私の見立てである。

何も読み取れないデータ

バレンタインに関する調査結果がネットに載っていた。
その中で、今年のバレンタインは誰にチョコをあげるかという問い対して、夫が45%でもっと多かったという結果となっていた。

こんなアンケート誰が考えたのだろうかというほどいい加減な調査である。
調査対象をきちんと未婚既婚を分けないので、いったい何を調べたいのかわからない。
 既婚者が夫にチョコを渡す率を調べて夫婦間の意識調査をするならまだしも、既婚未婚を分けずに調べてもその結果が何なのかわからない。

 既婚者が夫にプレゼントをするのはごく当たり前で、他の男性という答えを期待するわけでもあるまい。
 
 夫が45%といわれても、調査母数に既婚者がどのくらい含まれているかによって、その45%というものはまったく違う意味を持つ。
 つまりこの調査自体、標本母体が分類できてない時点でまったく意味をなさない。

 敢えて言えばこれは売る側に提供するための市場調査で、売れるチョコレートの45%が告白用ではなく夫向けの夫婦間のプレゼント交換用だというデータとして理解することもできなくないが、それは調査母体が人口構成に標本としての信頼性の高い状態に言えるのであって、この状態ではやはりデータとして何の意味を持たない。

 意味もないデータは調査するだけで無駄であり、調査というのは統計の基本くらい知った上でやらないと使い物にならず、まして経営に直結するようなデータだった場合は致命的である。

データとは常に意味のあるものを使うように心がけなければならない。
 実は世の中にはこの程度のいい加減な調査データがごろごろしている。
 いい加減なデータに踊らされることのないよう、みなさんご注意を!

嘆く前に手は尽くしたのか?

 今回の選挙において大量の民主党議員が当選した代わりにほぼ同数の与党議員が落選した。

 落選した議員はもちろん落胆しているだろうし、嘆いているに違いない。

 しかし伝わってくる落選者のコメントを見ると、「何か分からない風が民主党に吹いていて、それに勝てなかった」といったような敗因をつかみきれていないコメント記事を多く目にする。

 これを聞いて、ああ彼らは落ちて当然だなという気がした。

 何が悪くて何が敗因なのか全く分析できていないのである。

 逆にその分析さえ出来ていれば、有権者の心理や意向を汲み取って選挙に勝つことが出来たかもしれないなと私は思う。

 そんなものどうやって知れというのだというかもしれないが、世の中で頻繁に世論調査やアンケート調査は行われており、有権者の意向を知りうる場はいくらでもあるのである。

 にも関らず、結局落選した議員はそういった状況を分析していないのか、知ってても自分の主張を通せば何とかなると思っているのか、状況に対して何の対策もなしに投票日を迎えて落選という結果を招き、「何か分からない力と戦った」となってしまうのである。

 つまり私は今回の選挙の結果は立候補者個人の努力不足も多分にあり、民主党の勢いや麻生総理のせいにばかりにするのはいかがなものかと思うのだ。
 本人にまだまだやるべきことがあったはずだ。

 また議員に限らず一般の人の中にも、状況が悪化してもろくに分析をせず、諦めがいいというかただ嘆くばかりの人がいる。

 そういう人を傍から見ていると、状況分析どころかろくに手を打とうとせず、ただ状況悪化におろおろしている。

 確かに手をいくら打ったところで焼け石に水の場合もあり、状況の打開にはならない場合もあるが、多くの場合、嘆く前に打つ手尽くす手はいくらでもあるように思う。
 打てる手は一つじゃないし、一人で考えて分からなければ協力者と一緒に知恵を絞るべきなのに、ただただ悪い状況を嘆くだけでほとんど何もしない。

 何もしなければ何も変わらないのは当たり前で、悪い状況に遭遇したならば、まずは嘆く前に冷静になって尽くせる手は無いかよーく考え、思いついたらどんどん行動すべきであろう。

 もがいているうちに活路が見えてくる場合もある。

 とにかく嘆くヒマがあったら状況を分析して手を尽くすべきである。
 やるべきことをきちんとやっているかよく考えるべきである。