Monthly Archives: 8月 2015

日本株下がって円が上がって人民元が下がる。

 上海では今朝とんでもないほどの大雨が降って、あちらこちらで車の通行が困難になるほどの水たまりが出来ているが、経済の方でも急激な嵐が吹いている。

 日本のでは株価が急激に下がり日経平均株価が895円も下がって1万8500円を割り込んだとされる。

 上海株も8%を超える下げ幅を記録したとして報道されている。

 ただ日本以外も世界的な株安状況となっており、この結果、比較的安全だと言われる円買いが進んでおり、日本株が下がっているのに円高は進み、16時現在1ドル120円台前半までなっていて、これに伴って日本円の対人民元も1元18円台後半に突入している。

 1元が18円台というのは久々に見る数字で、先日の人民元の切り下げと相まって結構インパクトのあるここ数週間の値動きとなっている。

 この値動きは長期的な円高なら中国の輸出にも好影響はあるだろうが、こういう急激な変化は影響の予測がつかないのでちょっと怖いものがある。

 特に上海株が下がっての円高ということは、中国経済は決して良くない状態なのであり、中長期的に輸出に多少良い影響があったとしても急激には調整できまい。

 天津の事故と言い、株安といい円高と言い、世の中の地殻変動を感じるようなことが最近続いている。
 

夏休みの自由研究がオタクを生む?

 日本では小学校の夏休みの宿題として、自由研究というものが実施されている。
 私が小学校の時にもそれなりの研究に取り組み、当時の恩師や両親の協力を得ながらそれなりの研究に取り組み、運よく夏休み後の学校代表などになったこともあった。

 まあ、今考えればたわいもの無いものばかりではあるが、今にも生きる貴重な雑学を吸収するきっかけとなった時期とも言える。

つまり、学校で習う勉強以外のものとして知識を拡げるいいきっかけになったのである。

DSC04384

 ところで最近こちら中国で、小学生の子供を持つ親御さんに事情を聴いたところ、どうやら中国では自由研究に該当するような夏休みの宿題は出されていないようである。
夏休みの宿題として漢字の書取りや算数の計算問題ドリルのようなものはあるようだが、自由研究らしきものは特に無いようである。

 じゃあ他の国はどうなんだと調べてみると、欧米は学年の境目の年度替わりということもあって、夏休みの宿題自体が存在しないようだった。

 語学力が無いのでアラブの国までは調べきれなかったが、かの国たちも夏休みの宿題が存在するイメージが無いので恐らくきっとないんじゃないかという気がする。

 結局まあ恐らく夏休みに宿題が出るのは東アジアの日中韓だけで、韓国も読書感想文などはあるらしいが、自由研究などは見当たらないのである。

DSC01032

 つまるところ雲をつかむような課題である自由研究を夏休みに子供に与えているのはおよそ日本だけということになる。

 ほかの国でも学校単位では行われている可能性はあるが、国全体で実施されているのはやはり日本だけのようである。

 この自由研究について、いつ始まったかは定かではないが大正時代に一部の学校でおこなわれていたものを戦後に授業として定められたものらしい。
 由来はともかく、この日本特異とも言える夏休みの自由研究課題は日本独特の文化を生んでいるような気がするのである。

 その一つとして考えられるのが、日本独特のオタク的文化である。

 オタク的文化といっても、何もアニメや漫画だけでなく、ありとあらゆる分野にわたり、例えばラーメンのスープへのこだわりや、今や世界一とも言われるスイーツ、世界に比肩するワインなどありとあらゆる場面でも、一つのものを深く掘り下げ研究する土壌が日本には存在する。
 いつぞやテレビで言っていた話だが、日本には世界中の料理を日本人が持ち帰って研究し、現地の本場よりうまいものを作り上げてしまう文化があり、ベルギーのワッフルなんかも本場以上においしものをつくりあげてしまっているとも言われるそうだ。

 しかもいずれもそのレベルはいずれも世界トップクラスに比肩し、例えば香港には日本のラーメン大好き香港人がおり、日本のラーメンが世界一だと絶賛しているのだという。
 このようにありとあらゆるものに研究根性を発揮し、世界の中でも類まれに見る研究熱心な国民性をもつのが日本人の国民性のようなのである。

 で、その国民性はどこから来たのかと考えると、やはり小中学生への自由研究教育がその一端を担っている役割は小さくないのだという気がするのである。

 もちろん、こういった自由研究教育が始まる前からも日本では伝統的に農耕民族の勤勉な国民といわれており、文化の面でも中国の漢字からカナ文字を生んだりと、本国とは違う独自の工夫を生み出す土壌はあったと言える。

しかし、そうった日本人の「研究気質」を国民性として火をつけたのがやはり小学校の夏休みの自由研究課題であるという気がしており、我々日本人は研究する楽しみ、研究対象を見つける楽しみというものを日本の子供の頃に植え付けられてきたのだと思う。

 まあ親が丸抱えで子供の自由研究の肩代わりするようなことは論外だが、例えある程度他人が用意した研究の方法・・・朝顔の観察などでも、人から知識として教わるのではなく自分で変化を見つけて記録していくという作業は非常に好奇心を刺激するものであり、研究意欲を湧き立たせるには十分な行動なのである。

 そういった研究の楽しみを知った子供が大人になるにつれて、独自の研究対象を見つけてそれぞれ深みにハマっているのが、日本の総オタク文化とも言える状況になっているのだろう。

 一概にオタク文化と言ってしまうとネガティブなイメージになりやすいが、身近な事象の研究による発見や、分析能力、あるいはのめり込み能力は世界でも類稀なものがあり、例えば気象観測技術、鉄道運営技術、お菓子作り技術、店舗運営技術などは日本人の研究気質の結晶だと思われ世界に誇れるものとなっている。

 先日、日本書籍のお店に中国ビジネスコーナーを見つけたが、かなりの種類の本が出版されているのを見つけた。
この数をみるだけでも、日本人は中国ビジネスを随分熱心に研究しているのがわかる。
しかし、このとき同行していた中国人に聞いたところ日本ビジネスを研究した本はこんなには出版されていないのだという。

 恐らく本の数の差ほど彼らが日本に興味はないわけではないだろうが、研究を好む国民性かどうかがこの本の数の差にあらわれているのだろう。

 このような状況を見るにつれ、「夏休みの自由研究」とは単なる小学生のための夏の風物詩では終わらない重要な日本の貴重な文化の担ぎ手でありビジネスなどの訓練の場であると私は最近確信しつつあるのである。

日本人は一週間後までの予定を決めている。

 すっかり中国生活になれてくると、中国的な予定変更の多さにもかなり慣れて来るのだが、間もなく10年が経とうとする自分でもやはり現地の人間との感覚には明らかな差がある。
 その一つが近未来に対する予定把握の度合いというか構え方である。

 まあ私自身が本当に日本人全体に近い傾向にあるかどうか自信が無いのだが、日本人というは日常から未来に関してある程度の想定が出来ており、未来一週間程度の予定を常に意識して生きている習慣のある民族だという気がしている。

 そんなにはっきりした決定事項ではなくても、例えば明日は午前中にこれをやって、お昼はこれを食べて、午後は問い合わせに備えて、夜はあの店に行って酒でも飲もうか、などという想定がおおよそ決まっている。

 もちろん変更できないほど固定された予定ではなくても、一応一週間分の予定を予め決めてあるのである。

 そのため、水曜日は人に会うので前日に餃子は避けようとか、金曜は見たいドラマがあるので、木曜のうちに仕事を片付けてしまおうとか一週間程度の期間の中である程度調節を行って未来一週間程度の行動計画を立てている。

 行動だけでなく服なども、水曜に人と会うのであの服を着たいから、今日はその服は着ないとかそういうことを考えながら未来の予定が決まっており、このような、未来の予定を想定した中で生活を行っている人が多いという気がするのである。

 ただ、ある意味計画的だと言えるこの生活の仕方は、逆に言うと直近の予定変更には非常に弱いものとなる。

 例えば実施日まで一週間を切ってからの日程の突然の変更や追加、特に2~3日後の差し迫った時期に対する変更は、変更によって及ぶ影響が大きく、変更された側はとても焦る。

 しかも変更のドミノ倒しで影響を受ける出来事が、変更の利きにくい事柄である場合もあり、状況によってはかなり慌てることになる。
 更に言えば、例え元々大きな予定のない日・時間帯に対する新規の予定追加であっても、本来はその時間帯にやろうとしていた仕事がぼんやりとあった訳であり、予定の追加によりその時間が使えなくなることの影響がないわけではないのであり、やはり慌ての原因となりやすいのである。

 これらの点、中国人はそもそも発想の根本が違っており、臨時の変更などには物怖じしにくく、意外と平気で予定変更を受け入れる、
 しかし、これは日本人ほど未来の予定を意識して行動していない裏返しであり、変更のドミノ倒しのとばっちりが何の予告もなく降って来たりする。

まあこの中国人たちの習慣に関しては、外野からとやかく言うことではないのだが、そのままの感覚で日本人に対して計画変更や新規の用件をぶつけてくるのはやはり勘弁してほしいというのが最近感じるところである。