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ヘルパーさんによるケア

目が覚めた時は、既に病室だった。

 目覚めそのものの気分は恐れていたほど苦しくなく、多少寝起きが悪い時の朝程度のもので、麻酔自体の気分の悪さはそれほどなかった。
 鼻はさすが手術直後らしくガーゼなどが詰め込まれているようで、まだ血が滴っていてとても重かった。

 ふと気が付くと、手術前に入っていた病室とは雰囲気が違う。

どうやら手術中に部屋を変えられたようである。

 新しい部屋は前の部屋より綺麗だったが、手術直後の自分はそんなことに気が付いても、気持ちは鼻の状況に精いっぱいで、点滴を替えに来る看護婦にどうして変わったのかなど尋ねるほど余裕はない状態だった。
 
 特に鼻に物が詰まっている状態だと話しづらく、しかも中国語で話しかけようなどという気力にはとてもなれなかった。

 それにここの看護婦さんたちは私が中国語を分かると手術前に知ってからは、まず基本的に中国語で話しかけてくるようになり、日本語で声をかけるという姿勢は全くなくなった。

 24時間日本語の分かる看護婦さんが待機という説明はどこへやらという感じだが、手術直後の自分には抵抗する気力もない。
 故に自分のいる部屋が何号室なのかという基本的なことでさえ、知ったのはだいぶ後のことだった。

 すると、そんな中で私を介護する為にヘルパーさんがやって来た。

 家族の帯同をしていない私の状態を見るに見かねた病院側がヘルパーさんを呼んで、24時間体制で付きっ切りで私の身の回りの面倒を見させることになったようである。

 ヘルパーさんは歳のころで言うと50歳前後と思しき女性で、後に聞いたら河南省出身の人とのことである。

 普段なら気さくに話しかけることの出来る自分だが、この時はそんな質問に口を開くほどの余裕はなかった。

 ヘルパーさんはまずは鼻から吹き出る血を拭く作業、そして口呼吸になっている私の口の中を綿棒などを使って湿らせてくれる作業などをやってくれた。

 鼻が塞がれている状態というのは当然口呼吸になるのだが、すると口の中がガビガビに乾くので、常に口の中や唇を湿らす作業が必要になる。

 実は手術後の中でこれがつらい状況の一つであり、退院した今でも鼻の中に脱脂綿が残っているので同じ状況が続いている。

 もちろん水を飲んでもいいのだが、体はそれほど水を欲していないし、この時は特に手術直後だったので、麻酔明けの状態での水の大量摂取は危険で、故に湿らせていいのは口だけである。
 腕も点滴に繋がれた状態で身動きが取れない中、ヘルパーさんは定期的に唇と下を綿棒を使って湿らせてくれた。

 ちっちゃな作業だが、これが非常に助かった。

 この入院中、友達が何人か日替わりで見舞いには来てくれたものの、何れも1~2時間程度の見舞いしか来られないため、家族のいない自分にはこのヘルパーさんの登場は有難かったのである。

 まあもっとも、こんなに深刻な状況に陥るとは自分も想像しておらず、分かっていたなら手術の受け方も違っていたかもしれないが、とにかくこのヘルパーさんが外国の地での私の命を繋いでくれたと言っても過言じゃない程に助かったのである。

 そして上述のケアに加え、食事の手伝い、睡眠中の汗拭き、下の世話、体をタオルでふいてくれるなど身の回り全体を一通りやってくれた。
 テレビで老人ケアのヘルパーさんの姿はよく見かけていたが、まさか自分がこの歳でサービスを受ける側になるとは思いも寄らなかった。

 結局このヘルパーさんは丸48時間ほぼ付きっきりで面倒を見てくれた。

 もちろんこの作業費は無料ではなかったが、48時間でたった300元の支払いでは申し訳ないほど感謝を感じたのヘルパーさんのケアであった。

 原文

手術は手術だった。

ようやく今日退院した。

今回小さな手術ということで、結構甘く見ていた点があったのだが、受けてみると小さくても手術は手術であり、それなり大変な数日間であった。

 手術当日、朝6時に起こされ検温。

そして7時過ぎに、手術関連と思われる注射をお尻に一発。

 詳しくは聞かなかったが恐らく鎮静剤かなにかで、気持ちを落ち着かせるための薬ではないかと察する。

 そして8時過ぎにとうとうお迎えが来る。

 病室の前に、ストレッチャーが到着しそこに横たわるよう指示される。

 指示通りそれに寝ると、そのまま病院の廊下を運ばれ、エレベーターに乗せられる。
 そして手術室前に到着。

 そこでなんと麻酔のサインをしろという。

 サインをしないと手術ができないらしい。

 普通は家族が責任を持つようだが、今回家族の帯同はないので自分でサインをすることになった。

 中国語で説明が書いてあるが、もうこの状況では一言一句を頭の中で確認する余裕はなく、ほとんど盲目的にサインをせざるを得なかった。
 まあ話しかけてくれる麻酔医師や看護婦は日本語が通じるので安心材料ではあったが、結局書類は中国語である。
 ここが外国であり仕方ないことでもあるがちょっともう少し余裕を持って書類を読みたかったというのが本音だ。

 こうなったら何があっても悪い方に転んだら諦めるしかない。

 そして自分の体がそのまま手術室に運び込まれる。

 手術室は恐らくどの大病院の手術室も似たような状況であると思うが、大きな部屋の中央に巨大なライトを備えた手術台があり、部屋の周囲に手術内容に応じたそれぞれの手術器具がワゴンに乗せて留置されている。

 まるでスタジオのように感じる空間状況である。
 
 今回私自身は当初、鼻の中の小さなポリープを取る一つの「医療処置」程度に感じていたが、まさに私が受けようとしていたのは手術であり、小さくても手術は手術だったことにようやくここで気づかされる。

 そして手術の準備が始まり、心拍計などが取り付けらる。

 執刀する担当医はリラックスして座って待つよう周囲から促され、手術台周りを受け持つ医師が着々と準備を進める。

 ただその準備する雰囲気は「手術」という言葉から受ける重みに比べれば随分リラックスした印象であった。
 一部では鼻歌も聞こえる。
 患者をリラックスさせるための演出なのか、本人たちが落ち着くための自己暗示なのか分からないが、重たい緊張感はそこになかった。

 そして「差不多吧(大体OK)!」の声がかかる。ほぼ準備完了のようである。

 そのとき日本語のできる医師から、静脈注射の中に麻酔薬を入れましたからそのうち眠くなりますと説明された。

 そして間もなく私は眠りに落ちたようで、、、、気が付いたときは既に病室であった。

中国で手術準備

さて、まず書かされたのが基本問診票と保険の支払同意書。これが通らなければ自腹になってしまう。(笑)
 そしてまずは体温計測、血液検査の採血、血圧測定が行われた。
採血の際、腕に巻くゴムがプチンと切れ「縁起でもない」とちょっとビビったが、そこは手慣れた看護婦さん、患者を動揺を与えまいと何事もなかったようにそのまま短い部分のゴムで腕を巻き採血終了。

 まあ簡単な手術とはいえ、些細なことでも気にしてしまうナーバスになっていることに自分自身が気が付かされる。 

 そして手首に個人を識別する確認票が巻かれる。
患者取り違えミスなどを起さない工夫であろう。

手術時の個人識別用の腕輪

手術時の個人識別用の腕輪

その後身体検査を行う。

 体重計測(麻酔のため?)、心電図、レントゲン、CTスキャン、、今回鼻の手術なので、CTスキャンで顔の炎症状態を調べるというのは、まあ当然としてレントゲンはどこを撮ったのだろうか?

病院の検査階の廊下

病院の検査階の廊下

 恐らく肺か気管支であるが、この撮影はちょっと理解が出来なかった。

 と、検査を終えるとあっという間にお昼ご飯の時間である。
病院の食事は普通よりちょっと早く11時である。
 食事はお重にはいったご飯・オカズとスープ、そして林檎である。
病院食はマズイとは聞いていたが、その先入観で食べればこの病院食はそれほどマズイわけではなかった。

 まあ特別美味しいとも言えないのだが、許容範囲である。
希望すれば、近くの日本料理屋から有料で日本食メニューも頼めるらしい。

 リンゴは、、、果物ナイフが無くて食べられず、後で友人に持ってきてもらうことにした。

病院での昼食

病院での昼食

 さて、午後は正直言ってずっと暇だった。
アレルギーチェックなどが少々はいったものの、あとはずっと病室待機。
幸か不幸かネットに繋いで仕事をやっていた。

  3時には点心のおやつも出たが、まあやることもなく時間が流れる。

病院で出たおやつ

病院で出たおやつ

 夕方ころ、医師が手術同意書を取りに来る。
血が出る」「再発の可能性がある」「麻酔で予想外のことが起きる可能性があります」などなど。

 まあ「麻酔」の点は気になったが、ここは信じるしかなく、何かがある確率というのは上海で交通事故に遭う確率よりは低いと信じているので、それでも起きてしまう時は何があっても運が悪い時であると覚悟をし、サインをした。

 そして夕方になって鼻毛切りに看護婦さんがやってくる。

 鼻の手術なので邪魔にならないようにとの配慮なのだが、盲腸の手術で下の毛を剃ったこともある看護婦さんも、さすがに鼻毛切りは滅多に無いようで、笑いながら鼻毛を切っていた。

 17時に夕食。
 まあこれもオカズはまずくはないが、ご飯がイマイチだったので持ってきたふりかけをかけて食べる
 リンゴはやはり友人待ち。。。

病院での夕飯

病院での夕飯

 さてこれでほぼいよいよ準備完了で、手術は朝8時からと告げられた。
夜8時以降は絶食で水も許されない。

 故に体力の問題もあり、早く寝た。

 翌日はいよいよ手術である。

入院始まりました。

 昨夜入院の荷物をあれこれまとめているうちに、時間が遅くなってしまい寝不足での病院へ訪問となった。
 結局なんだかんだスーツケース一個分の荷物を持ち込むことにしたので、タクシーで向かおうとしたのだが、生憎の雨模様でタクシーがつかまらず、地下鉄での移動となった。

外国人専用階エレベーターの標識

外国人専用階エレベーターの標識

 さて、今回は外国人専門階ということで、一般の患者さんたちと同じ入り口から入るも専門エレベーターで17階へ。

外国人専用階へのエレベーター

外国人専用階へのエレベーター

 すると日本語の上手なナースさんが迎えてくれ、早速病室へ案内される。

 その時の到着時間の時計がなんと9時42分。。。。(ちと数字が悪いかも)

外国人専用階の病室

やや古めかしい

 さて案内された病室は、ちょっとばかり古めかしい印象の内装の個室。
 中国のローカルなマンション特有の内装の雰囲気である。
パステルカラーのソフトな印象の病室のイメージとはちょっと遠いオールドファッションな病室である。

 まあ今回は数日だから良いが、長期だとちょっとそれほど居心地が良いとも言えなさそうである。
 最初は午後から他の広い部屋へ移るかもしれないなどの話もあったが結局それも立ち消えとなり結局この部屋に落ちついた。

外国人専用階の病室

外国人専用階の病室

 まあさすが17階というだけあって窓からの眺めは素敵だがこの日は天候が悪く見えるはずの陸家嘴などは見えなかった。

病室からの景色

病室からの景色

 部屋にはシャンプーや歯磨き、スリッパなど、基本的な日用品は一応揃っているようなのだがバスタオルの類は見つからない。
 まあこの辺は持参して良かったというところ。

病室の衛生用品

病室にセットされていた衛生用品

看護婦さんたちは完ぺきに日本語が通じる人は少ないが、必要最低限度は通じるのでほぼ事足りる感じである。

 取りあえず、入院が始まったご報告である。

全身麻酔の苦い思い出

いよいよ明日に迫った入院だが、手術自体は恐れていないものの全身麻酔であることを思い出して、少々気が重くなっている。

 というのは遥か昔にやはり手術で全身麻酔をしたときに非常に苦しい思いをした苦い思い出があるからだ。

 あれは、高校1年の夏のことであるから、既に20年以上前のことになってしまうが(泣)、柔道をやっていて鎖骨骨折をした。

 そして止せばいいのにケガをした後もあまり大人しくしていなかったものだから、骨が飛び出し開放性骨折となってしまい、結局入院・手術となってしまった。

 で、全身麻酔をしてボルトを埋め込む手術をし、手術自体はうまく行ったのだが、麻酔から覚め正常になるまでが地獄であった。
 あんなに気分が悪く吐き気があり、痛みがあり辛かった時間は生涯においてあの時を置いて他にないほど苦しかった。

 今回、全身麻酔という言葉を聞いて、そんな記憶が蘇った。

 あの時は申告より体重が軽くなっていて、実は麻酔が効きすぎたんじゃないかとか今でもいろいろ思案するが、実の事情は分からない。

 他の人もあんなに麻酔明けが苦しいのかどうか知らないし、今回と前回がどのくらい違うのか分からないが、思い出すとやはり不安である。

 手術そのものは恐れていないがやはり全身麻酔に対しては不安が残る。

 今回は無事済んで欲しいと祈るばかりである。