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ブランドを買う側の意識

 日本のニュースによると家電大手のSHARPがほぼほぼ台湾の鴻海に買収されることになったようである。
 まあ技術の海外流出など懸念されることは沢山あるが、まずはそこにいる従業員の未来が当面担保された訳で、そのことについてはプラスに捉えている。

 ところで、台湾の鴻海にとってこの買収の一番の理由は「SHARP」というブランド名を欲しかったからだと言われる。

 今までは大手メーカーのOEMとしては影で支える存在で表には出てこなかった鴻海にとって、世界に名前が浸透しているSHARPというブランドを是非手に入れたかったのだという。

上海の電器店のSHARPコーナー

上海の電器店のSHARPコーナー

 確かに、知名度の高いブランド名は、そのブランド名をつけて物を売れば、何も説明しなくても物が売れるようなイメージがあり、宣伝費に換算すれば今回出資した金額も割が合うと考えたのだろう。
 もちろんブランドにはそういった効果があり、ブランドを得ることによって物が売りやすくなるのは確かで、それを求める気持ちは理解できる。

 しかし、それはあくまでもブランドを売り買いする場面でだけ見た価値であり、ブランドの一面的な見方に過ぎないものであって、実は「作り手にとってのブランド」という側面が抜けている。

 実はブランドというのは、それを売る側にとっては広告宣伝ツールの一つであるとともに、作り手にとっては消費者に対して守るべき品質の約束だったりメーカーのプライドの象徴という側面も存在する。
 もののつくり手はブランドの名を汚さぬよう、品質や信用を守り築き上げるという努力を行う訳で、そこで働く個々の社員もそのブランドの名にかけて商品開発したり、高い品質を維持しようと切磋琢磨しブランドの名を守るのである。

 時には損をしてまでブランドを守ることがあり、例えば不良品が出回った時のリコール対応などもそれにあたる。
 全ての製品に不具合が出ていなくても、一部の商品に不具合があれば信用にかかわるので回収して、新品との交換などを行うのである。

 恐らくSHARPの社員たちもこれまでSHARPブランドの名に懸けて、品質の悪い商品は市場に一個たりとも出せないという覚悟で頑張ってきたはずである。
 つまりブランドは、単なる売買の知名度だけでなく、品質の向上や維持、さらには企業としての団結力にも繋がってきたわけで、それが作り手にとってのブランドであったはずなのである。
 この点を考えると今回鴻海側がこのSHARPというブランドを買うに当たって、ブランドの意味をどう捉えて手に入れようと考えたのかが非常に気になるところである。

 売る側は、そういった作り手にとってのブランドの誇りを捨てたくないからこそ、海外資本であってもSHARPを売り渡すのであり、作り手のプライドの存続を望んでいるはずであるが、鴻海側がそれを理解しているのかは分からないのである。
 これまでブランドを持たずに他人の看板の商品を作り続けてきた企業が、知名度としてのブランドだけでなく、品質や信頼のためにブランドを守るというプライドを持てるかどうかは、ちょっと心配な点なのである。

電球は上海の電気屋では買えない?

 先日部屋の電球が切れたので、中山公園付近の電気屋さんに出かけたのだが、店内を見回してもどうも照明器具はあるのだが電球を売っている様子がない。
 あれれと思いつつ何度か店内をぐるぐるまわったがやはり見当たらない。

 電球は電気屋で取り扱わないのだろうが?店員に聞こうと思ったが電球の中国語が分からず諦めてほかの店へ行くことにした。
(あとで調べたら電泡deng1pa04というらしい)

 しかしである。

 ほかの店へ行っても結果は同じだった。なんだなんだ?電球は電化製品ではないのか?
 冷蔵庫やエアコンAV機器はそれなりに並んでいるのに電球のような消耗品は取り扱わないということなのだろうか?

 店員に聞けば少なくとも幾つかは出てくるのではないかとおもうが、とにかく店頭には並んでいない。

 日本のコ○マ電機やヤ○ダ電器には必ず置いてあったし、結構幅広い品揃えで店頭に並んでいた。
それが中国では店頭にすら並んでいない。久々に受けたカルチャーショックである。

 結局しかたなくカルフールに行って電球を購入した。

つまり、結論付けると中国での電球はどちらかというと雑貨の分類に入るらしく電気屋で売る商品ではないらしい。

そ、そうなのかなぁ・・・??そういえば小さなスパーなどでも売っている。(確かコンビにでは売ってない)
 うーん、それにしても上海の秋葉原を目指すらしい中山公園周辺の電気店たちだが、電球すら扱っていない現状ではその道のりはまだまだ厳しいのではないだろうか?

秋葉原を模倣しようとする愚かさ

 中山公園付近を上海の秋葉原として家電の町にしようとする構想があるらしいが、明らかに愚かな模倣の計画である。

 この計画を立てた人は秋葉原の何を見て模倣しようとしているのだろうか?
 秋葉原の何を知っているというのであろうか?
  もしや単に家電の店の集まったエリアを作ろうとしているのではなかろうか?

 このニュースを聞いて模倣好きな中国人のいつものビッグなアドバルーン計画だなとの印象がぬぐえなかった。

 家電売り場を集中させることに集中のメリットの意味はあるかも知れないが、今の中山公園の家電売り場はどこも同じような商品が並ぶだけでどこへ行っても適当な売れ筋商品が並ぶだけのお店である。
 数店舗が集中することによって価格競争のメリットはあるかもしれないが、それだけで街全体が秋葉原のような特徴を持つかといえばそんなことはありえない。

 秋葉原の電気街として持つ魅力の凄さは家電の安さというよりその専門性の深さである。
 戦後の闇市から始まったこの街には、一般の人が目にすることもないような電気部品のパーツから、スパイ用の盗聴用品のようなものまで、およそ見つからないものはないであろうというくらい色んな商品が街には眠っている。

 日本にいるときDAT(デジタルテープレコーダー)を持っていた私は、本体の生産が中止になってからもメディア(テープ)を扱い続ける秋葉原のお店に時々買いに行ったものである。
 またMD4と呼ばれる、MTR(マルチトラックレコーダー)のMD(ミニディスク)版の機種を持っていたため、そのメディアを探しに秋葉原に通った。

 近所の大型家電センターでも取り寄せることは可能だったかもしれないが、秋葉原なら現物があるという安心感があった。PC全盛になった現在でも細かいパーツの隅々まで探し当てられるという安心感が秋葉原にある。

 ところが今の上海の電気街はどうであろう?
 部品の店も探せばなくはないが、基本的には日本の大型家電店のように大手メーカーの流通品ばかりが並ぶ。
 こういった店を何店も建てたところで、街の魅力が奥深くなっていくわけではない。

 魅力がなければ家電目的のお客も集められず、金太郎飴のような品揃えでは単に価格競争で共倒れするだけである。
 そういった本当の意味での秋葉原の分析ができていないのではないかと推測するのが今回の秋葉原化計画のように思える。

 秋葉原は簡単に真似できるほど浅くない。