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地下鉄1号線の人民広場駅を4週間も閉鎖するもう一つの理由の推測

 上海地下鉄1号線と8号線の人民広場駅が、改造工事のため春節前の1月17日から2月10日までの約4週間も閉鎖している。
 まあ春節によって利用者が減る期間とは言え、上海の中心部ともいえるターミナル駅で4週間もの期間、駅を閉鎖するというのはかなり異常な事態だという気がする。
 これが日本だとほとんど利用客に影響がないように、夜中の突貫工事や仮設ルートの設置などによって、駅の機能停止がほとんど発生しないように配慮して工事が行われる。
 もし影響があるとしても、終電前とか始発後の数時間だけで切替工事をやってしまう場合がほとんどである。

 そこを中国は4週間も駅を閉鎖するとはなんと大胆な対応かという気がする。

 果たして利用客を排除してまで実際どんな工事が行われるのかと情報を確認したところ、どうやら混雑緩和を狙ってエスカレータの増設工事が行われるとのこと。
 1号線のホームには、従前階段だけの部分が2か所あったが、ここに上下の各エスカレーターを設置し、乗客の移動効率を高めるということのようだ。
 併せて障碍者用のエレベータも設置され、バリアフリー的な機能も高めるとみられる。

 8号線についても同様で、中央部の階段を一か所取っ払い、エスカレータ2基と階段を組み合わせた階段口を2か所に分割設置することになるようだ。
 これにより、階段での上り下りの移動効率がアップするとともに、並行する1号線と8号線の階段口の数が4か所ずつと揃うことにより、乗り換え客の導線が乱れず整い、移動効率がアップするのではと推測される。
 このように、確かにかなり規模の大きな改造であり、人を排して実施した方が効率良いのは理解できるのだが、恐らく日本の鉄道運営事業者ならもっと長期間をかけて段階的に取り組む工事のような気がする内容である。

 では何故わざわざ4週間も駅を閉鎖して集中して行うのか?

混雑する人民広場駅

 それが中国式発想だからと言ってしまえばそれまでなのだが、私はもう一つ理由があるような気がしている。
 それは、利用客に対して地下鉄ネットワーク全体の活用を促進することによる混雑緩和の狙いである。

 上海市民に限らないと思うが、交通利用客というのはなかなか保守的で、私のような好奇心旺盛な人間でなければ、新しい路線ができたとてなかなか利用パターンを変えず、知っているルートで行動しようとするのが常である。

 つまり、新しい路線を活用したほうが断然速く行動できるのにもかかわらず、使い慣れた人民広場駅経由で乗り換えて目的地に向かおうとする人がかなりいるのである。
 迷子になりたくないのか、新しい路線に乗って新しい駅で乗り換えることを避け保守的に旧知のルートを選択する。

 実は私の同僚にもこのような傾向が見て取れ、数年前に人民広場駅を経由せずとも会社に通勤できるルートが出来たにも関わらず、従来のルートにこだわって通勤ルートを全く変えようとしなかったのである。
 結果、新しい路線を全く覚えず、市内への出張も人民広場駅起点のパターンから離れず行動していた。
 まぁこの同僚に限らず、恐らくこういう人は非常に多いと思われ、新路線が出来て人民広場駅を回避するルートができても、結局は人民広場駅を利用するため混雑緩和にあまり寄与しなかったようだ。
 そこへ今回の4週間の閉鎖であり、今まで乗換えに利用していた人は強制的に別のルートを探さざるを得ないことになった。
 実は今回の長期の工事は、ここにもう一つの狙いがあったのではないかと推測している。

 つまり、強制的に人民広場駅以外の乗り換えルートを利用してもらうことにより、そのルートを覚えてもらい、人民広場駅における乗り換え客の低減を狙ったのではないかと推測されるのである。
 今まで人民広場駅ばかりを使っていた利用客が、別のルートを通ったほうが早く目的地に到着することを覚えれば、今後はそのルートに定着する可能性が高いのである。
 このように古参の1号線と2号線を利用した行動という思考パターンから抜け出して、ネットワーク全体を活用してもらうために、敢えて駅を閉鎖して短期集中工事という選択をしたのではないかという気がするのである。
 要するに、今回の工事はエスカレータ設置による機能アップとネットワークへの利用客の分散という一石二鳥を狙った人民広場駅の混雑緩和策が今回の工事閉鎖なのではないかという気がするのだが、果たしてどうだろうか?

美容師の思い込み?

 先日ある飲み会で日本人美容師と思しき方が、中国人女性に対して、もっと髪型をこうすれば男の子にモテるよと話仕掛けている光景を目にした。
 この光景を見ていて思ったのは、私からするとその女性は黒髪のストレートの綺麗な女性であり、今更わざわざカールやパーマなどのアクセントを付けなくても十分に美しいように映ったのである。

 もちろんその美容師は職業柄から女性がオシャレに髪を飾ったり髪型を変えたりすることに夢中になればそれだけ商売にも繋がるわけで、そのために焚き付けている面もあるだろう。
 しかしそれだけでなく、どうも最近美容師と呼ばれる人たちには「おしゃれ・流行は絶対だ」的な思想が間違って染みついているのではないかという気がしたのである。
 つまり、「よりおしゃれであることはより良いこと」だというベクトルである。

 それは一見正しいようだが、やはり偏った一つの見方にしかすぎないという気がする。

 例えば「流行に敏感である」ことは、一般的には良い意味で捉えられているが、悪い面から捉えれば実は「流行に流されやすい」ことをも意味し、節操がなかったり自分という軸を確立できていない悪い意味も含んでいる可能性があるのである。

 それゆえに、自分を流行に弱い人間だと思われたくない女性ほどいわゆる保守的な髪型、例えば黒髪のストレートこだわっている気がしており、派手な髪への装飾を嫌っているように思える。
 おしゃれが進んだとされる上海でも、街中を観察する限りでは、上海はまだそういった保守的な意識の女性が多いような気がする。
 また男性からも黒髪ストレートが根強い人気といわれるのは、やはり同様の理由と思われ、流行に流されにくいという保守的なイメージから「芯が強い」「保守的で生活が安定」「浮気の心配が少ない」」「服代がかからない」などといった安定性への期待から人気が高いのではないかという気がする。

 さらに言えば、女性というはファッションや流行に対して男性の目より同性の目をより強く意識するとされる。
 つまり男性の目を意識して服や髪型を選ぶより、同性同士の仲間内の視線の中で可愛く映りたいものを選んでおり、仲間内で敬遠されるような奇抜すぎるものは避けて選んで着たりしている。
 男性(異性)に対する振る舞いに関しても同様で、男性にどう映るかも大事だが、男性にどのようなアピールしているように見えるかという女性側の視線を非常に意識して行動しているのが女性とされる。
 故に女性からの批判的視線を無視すれば、多くの男性に媚びるような大胆なファッションや振る舞いも行えるが、媚びたような態度は同性から蔑まれる面があるため、その行動は所属する女性集団に強く影響される。

 それゆえに多くの女性は男性受けするおしゃれだけに走ることを控えているわけで、世の中の全ての女性がセクシー合戦にならならないのはそういった理由からだと思われる。
 またセクシーすぎる女性は男性にとっても印象的ではあるが競争率の高さや軽さを感じる部分が不安要素となるため、結婚のような安定的な関係を求めるにはマイナスと判断される面があり、必ずしもセクシー=モテるわけでもない。
 こうやって考えていくと、服や髪型に「よりおしゃれであること」や「アピール度が高いこと」が、女性たちにとって必ずしもプラスではないことになり、逆に「アピール度」を抑えることが本人や周囲に安心を与えプラスの評価となる面があることになる。

 実はこのバランスの中で世の中のおしゃれや流行の軸は形成されているのであり、美容師の考えるような「おしゃれベクトル」の反対側では、常に「保守的な外観」へのベクトル方向の意識が働いているのである。

 まあこの保守的な外観イメージも実は時代とともに移り変わっていて常に一定ではないのだが、やはり美容師たちの思う流行のおしゃれベクトルだけが世の中のファッションを決定したり、価値を持っているわけではないのだと私は考える。

 そこはおしゃれを引っ張る美容師たちだからこそ、勘違いしてほしくなく、逆に意識してもらいたいことだという気がするのである。

選挙の構図

 昨日の衆議院総選挙で、自民党と公明党のグループが300を超える議席を得て圧勝した。
 まあ議員の当選者数だけを見ていると、まさに圧勝そのものなのだが、その中身を見ていくと、自民公明側が圧勝したというより民主党側が分裂による敗北という構図が見えてくる。

 各小選挙区の各候補者の得票数をチェックしていくと、一部の超強力な基盤を持っている議員を除いて今回小選挙区で勝利した自民党議員が必ずしも得票率で圧倒的に上回っていたわけではない状況がわかる。

 つまり当選といっても30~40%の得票率で当選している候補者は意外に多く、50%を超えている候補者は数えるほどしかいない。

 さらに自民党が当選者を出している選挙区で、得票率2位と得票率3位の候補者、つまり民主や第3極の票を足すと自民党候補者が足を救われたり拮抗する状況になっている選挙区が数多くあった。

 つまり、この状況の意味するところは旧来の自民党の標榜する保守の勢力に対して、3年前の選挙で革新勢力の受け皿になったはずの民主党が瓦解して、その票がみんなの党や維新の会、未来の党などの第3極と呼ばれる勢力に流れて分裂状態になり、その結果相対的に固定の支持層を持つ自民党が浮上したような形となっている。

写真はイメージ

写真はイメージ

 もちろん、有権者一人一人の投票行動を見ればこんな単純な図式では割り切れないとは思うが、恐らく第3極支持者というのは思い描く支持政策は各々違えども、かつての民主党投票者と同様に現状から変革を望む人々に違いないとは思われる。

 しかしながら、この3年半の期間で民主党に対する変革の希望の多くが失望に変わってしまったため、新たな変革を語る候補者や政党に有権者の票は分裂し相対的に自民党が浮かび上がったような形になった。

 さらに一部では投票そのもに対するモチベーションも下げてしまったための今回投票率低下につながったと推測できるのである。

 つまり変革を求める人の声が一枚岩にならず分裂をした結果の自民党公明党の圧勝とも言える。

 まあ良く考えればこれは不思議な事ではなく、保守というのは守る内容がはっきりしているのに対して、変革というのは右や左、Aの主張、Bの主張というように「変える」ということで一致はしているように見えてもその中身において同床異夢の場合が多く1枚岩にはなりにくいのである。

 そうはいっても、現実的に変革を求める投票が半数前後あるにも関わらず、3~4割の支持しか得ていない政党が圧倒的議席数を有してしまう今の選挙制度はどうなのかとちょっと疑問に思ってしまう。