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崇明島米より東北米が安心

 今年の春先だったろうか?

 米を買いに行ったときにいつも買っていた一目ぼれの銘柄が無かったので、適当な価格帯の崇明島産のお米を買ったら後悔してしまったことがある。

 何を後悔したかというと、袋を開けた時の香りがとても臭かったのである。

 もちろん、腐ってるとかそういった類の香りではなく、米が持っている特有の香りが非常に臭く、ちょっと食欲がそがれるほどであった。

 まあ、あまり臭い臭いと言ってしまうと、これを好んで食べている人もいるかもしれず、その人に失礼になってしまうかもしれないが、少なくとも私が好む香りではなかった。

 これまでの人生の中で臭いと思った米は初めてであり、5キロも買ってきてしまって処置に大変困ってしまったのである。

 まあ折角買ったものであり、研げば何とかなるかもしれないと思ってまずは研いで炊いてみたが、結果は同じで臭ささは消えなかった。

 じゃあ、臭い物には臭い物をということで納豆をかけて食ったがやはり匂いは消えず、しかも米自体があんまりうまくなかったのである。

 いやあ、とんでもないものを買ってしまったなと品種選びの失敗に非常に後悔したのである。

 残りの米を捨てて、新しい米を新たに買おうとも考えたが、それではあまりにも米を作ったお百姓さんに失礼であり、さすがにそういう勇気は出てこなかった。

 じゃあ、中国人の知り合いに上げてしまおうかとも思ったが、口に合わないからくれてやると言うのもおごり高ぶった日本人のようにも思われそうであり、その行為自体が中国人を馬鹿にする行為にも思え、そう思われてしまうのは自分のポリシーに反してしまうので、結局臭い米を前にして考えあぐねてしまった。

 で、いろいろ考えてみたが、最終的にはご飯の使い方を工夫して使い切る方針で決定した。

 例えばご飯に野菜炒めなどを載せるどんぶり形式の食事を増やし、炒めた時の汁などを大目にかけて味をごまかし食べてることにしたのである。

 このようにしても臭さは抜けなかったが、なんとか食べることができたので、米を捨てずに乗り切ることが出来たのである。

 でもこうやって乗り切った私だが、今後は崇明島米は買うまいと心に決めた。

 故にその次に米を買いに行ったときも、やはり一目ぼれは無かったが、一目ぼれは東北米であり、産地が近ければ風味も近いだろうということで、その時は東北米を買ったらやはり正解だった。

 まあ一目ぼれよりは安かったので、やや質は落ちる面もあるのかなと思ったが、風味に関してはまあ申し分なく、十分口にあうものだったのである。

 うーん、あの品種がたまたま臭かったのかも知れないが、米は産地によって風味が左右されるので、今後は崇明島米は絶対買わず、東北米を食べて行こうと心に決めた自分である。

 原文

ハイウェイと書かれた田舎道

昨日は天気も良く新しいバス路線が出来たという情報に刺激され、ちょっと崇明島まで行ってきた。

とはいえ、申崇3線(区間)はというこの新路線は、以前にも乗ったことのある路線の区間運転という位置づけで、途中までのルートは以前と同じだったのでそれほど新鮮味のある路線ではなかった。

 本来なら申崇7線という新しい番号がついても良さそうなこの路線だが、許認可制度の面倒な中国ではこういった位置づけのほうが申請が通りやすいのだろうと思われる。

 さて、今回その申崇3線(区間)で辿り着いたのは堡鎮という街。

崇明島の堡鎮バスターミナル

崇明島の堡鎮バスターミナル

 まあ何の変哲もない田舎町だ。長江を渡るフェリーの港があり、島の玄関としてそこそこの商業発達はしているようだが、この街自体に何か特別な魅力を感じさせるものはなく、バスの乗るという目的は達成したのでとりあえず別の街へ移動することにした。

 そして乗ったのが「南堡支線」というバス路線である。この堡鎮からもうひとつの港町の南門を結ぶ。
以前来たときは、南門とのもうひとつの路線「南堡専線」に乗ったが、スピードは若干速いがあまりにも退屈な路線のだっため、今回は新たな路線を選んでみた。

崇明島の南堡支線バスの内部

崇明島の南堡支線バスの内部

 切符売りのお姉さんに「南門まで」というと、「このバスは遠回りだから時間がかかるよ」と言われたのだが・私は「可以(オッケーです)」と答えた。

それが目的だからだ。

そして案の定、バスは整備された幹線道路を越えて、どんどん田舎街に入っていく。
都会的な整った町並みよりどこか安心する農村の風景だ。
少なくとも前回の路線よりは楽しそうだ。

そしてある地点からバスは左に折れて西へ向かう道に入る。
道の名前の標識には「草港公路(caogang Hwy.)」と書いてあった。

崇明島の草港公路の標識

草港公路の標識

 Hwy!つまりこの道はハイウェイだというのだ。

ハイウェイといえば私はアメリカの綺麗に整備された高速道路をイメージしてしまう。あるいはアリゾナあたりの地平線までまっすぐ伸びた道路をイメージする。
 しかし、ハイウェイという言葉からイメージされる道とはこの道はおよそかけ離れていた。

 中央分離帯どころかセンターラインもろくにない、まっすぐな一本道である。
 どう見ても単なる田舎道である。

このギャップに思わず私は笑った。
まあこのあたりは文化ギャップのご愛嬌というところである。

崇明島の草港公路の風景

崇明島の草港公路の風景

そんなハイウィイをバスは走り出した。

ところがである。

この道は走ってみると意外と気持ちのよい道だった。

崇明島の草港公路の風景2

崇明島の草港公路の風景2

 どこまでも続く直線道路の両側には杉の並木が延々と続く。
 そしてその並木の幹に白い塗料が塗られ道案内をしてくれており、一瞬白樺の並木道かと感じてしまうほどそれが美しくもある。

 また並木の外側にはのんびりした農地風景が広がる。北海道の富良野や道東、茨城県南の伊奈あたりの風景に似ていてとっても気持ちが良い。

崇明島の草港公路の並木道

崇明島の草港公路の並木道

 道案内の標識やバス停は時々みかけるが、それ以外の商業的看板やコンクリの建物がほとんどない。ただただ畑や果樹園、林などが広がり自然と暮らす島民の風景のみがそこにある。

 雲ひとつない天気であったこともあり、色あせた葉にあたる陽が乱反射する光のモザイクもとても心地よい。
こういった風景はとっても目に優しく、心にも優しい。

崇明島の草港公路の風景

崇明島の草港公路の風景

どうやらこのバス路線を選んで正解だったようだ。

とっても心が洗われた気分になった。

崇明島の草港公路の風景4

崇明島の草港公路の風景4

 この路線、たぶん全線で1時間くらいの行程だったように思うが、いつまでも乗っていたい気分だった。

 あの風景はひょっとすると私の心の原風景かもしれないと、そんな休日のひと時を過ごさせてくれたハイウェイという名の田舎道だった。

環境汚染への先入観

 3年以上も上海で暮らしていて書くのもどうかと思うが、まだまだ中国の環境状況に関することは全てが疑心暗鬼で暮らしている。

 ニュースに現れる言葉の先入観にとらわれ過ぎているのかもしれないが、まだ環境の安全に関してはまだまだ信用しきっていないというのが本音のところで、万が一汚染されたものを食べて病気になったら諦めるしかないという開き直りの元、日々生活しているのが実情である。

 例えば、先日崇明島への橋が開通したというニュースが流れたが、島に住む人には悪いが長江の真ん中にあるというだけで、あの島は環境に関しては汚染されているのではないかという疑心暗鬼に駆られてしまう。

 何故なら長江そのものが汚染されているというイメージが非常に強いからである。現に日本の海岸では長江から流れ出たゴミが大量に流れついている現実があり、長江ではないが黄河では開発により水の富養化してエチゼンクラゲの大発生が起こり、日本の漁業関係者に甚大被害が出たというニュースもあった。

 とにかく最近の中国の川は汚れているというマイナスのイメージが日本人の間で強くなっている。

 加えて中国全体が毒餃子事件や諸所のニュース報道の影響で農業での農薬が大量使用されているというイメージが強すぎて、中国での食品に関しては本当に安全かどうか信じきれない状態である。

 上海でこそ、そこそこ安全なものが確保できているかもしれないが、一歩上海市内を離れれば自然環境といえども農薬汚染が広がっているのではないかというイメージを持っているのが現状のところのような気がする。
 

そんな状況のところに、崇明島は自然豊かなところですよと言われても、長江の水が汚染されているのではないかとか、島も野放図に管理され農薬が使い放題で汚染されてしまっているのではないかという先入観が拭いきれないものである。

 これらの先入観が単なる気鬱だとしても日本人の一般的な行動パターンとしては豊かな自然だけならば、日本に帰ったあと幾らでも安全な自然が待っており、安全かどうかも分からないところに慌てて行く事もあるまいと考えるのが普通である。

 まあある程度期間を置いた後、島が観光地として整備されかつほぼ安全性が確認されたなところで、やおら出かけ始めるというのが日本人という気がする。

 今のところは新しいもの好きの中国人が大勢訪れているようだが、大勢と言ってもたかが知れているレベルであり、今のところは上海版新天地ドリームを目論む金の亡者達がゴールドラッシュ的に訪れているだけでありような気がする、少なくとものそんなニュースに流されるほど日本人の中国の環境に対する先入観はまだまだ小さくない。