Monthly Archives: 9月 2015

坂本九さんの残した音楽

 先日の太極拳とジャズの音楽のブログを書いた後に、「SINGSINGSING」の曲を何回かネット上のソースで聴いていたのだが、その冒頭のドラムのアタックを聴いているうちに、「あれこの曲に似たリズム感の曲がなんかあったなぁ」とある曲の断片が頭の隅をかすめた。
 
 果て何の曲だろうと思いながら、頭の中の記憶を引っ張り出し始め、あれこれ模索しているうちに、ようやく思い出したのは、実はフォークダンスの「ジェンカ」だった。

 そう、あのムカデのような隊列を組んで踊るあのジェンカである。

 ただ、この「ジェンカ」は日本人の間でかなり有名である割にはインターネット上での情報が非常に少なく、フィンランドの踊りだということしかほとんど情報がなかった。

 わずかに故坂本九さんの歌った『レットキス(LETKISS)』としての情報があるが、それとて曲が有名である割には、ネット上の情報などは心もとないほどしかなかったのである。

 私はもっと深い情報に出会えると期待していたのだが、その期待は裏切られてしまった。

 私の記憶だと、あの曲の冒頭には、「ズンチャズンチャ・・・・」とドラムで始まるバージョンの音源があり、私の学生の頃はそれを使っていたような記憶がある。

  しかし、ネット上で探す限りどうもそれらは見当たらない。

  結局仕方なく今回は耳に残っていたその音源探しは諦め、ネット上で拾いやすかった坂本九さんのレットキスを聴き、併せて坂本九さんの経歴などを改めてウィキペディアでひっくり返して読んでみることにしたのである。

 で、そこで気が付いたのが坂本九さんの現在にも身の回りに残る曲の多さである。

 「見上げてごらん夜の星を」「幸せなら手をたたこう」「明日があるさ」「上を向いて歩こう」など、彼の歌った曲は他の歌手によるリバイバルなど色んなルートを経て、現在の私の周りにも沢山残っているのである。

 正直言って、坂本九さんは私の年代の歌手ではなく、彼が亡くなった時に私はまだ中学生だったので、坂本九さんの名前と顔こそ知っていたが、私にとって特別凄い歌手という印象はなかったのだが、リアルタイムでほとんど聴いていないのにこれだけ歌を知っている歌手はほかにいなかった。

 しかも坂本九さんがかの日航ジャンボ機事故で亡くなって30年経った今でも、レットキスのジェンカを含め、上記の曲は単なる古臭い懐メロではなく、気軽に口ずさめる曲として身近な存在として残っているのである。

 確かに「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」として米ビルボードチャートの週間トップになったという大ヒット曲であり、実はアジア圏では後にも先にも彼しか成し遂げていない大偉業なのであるが、そういった一発ヒットがあっても過去の曲になってしまった歌は幾らでもあり、かの曲のようにいつまでも歌われ続ける歌というのは非常に少ないのである。

 ほかにそんな歌手がいないものかと、色々考えてみたが、いそうでいない存在であり、昭和の歌姫の代表格と言える美空ひばりさんでさえ「川の流れのように」という代表曲はあるものの、やはりかの曲は彼女の曲であり、坂本さんの曲ほど普遍化している印象は少ない。

 こうやって考えると改めて感じる坂本九さんの日本の音楽界における偉大な足跡なのである。

 もちろん、こういう偉大な歌手の陰には、やはり優秀な作詞家と作曲家・編曲家の存在があり、それが永六輔さんと中村八大さんなのであるが、坂本九さんを語るうえで彼らの存在を忘れてはならないだろう。

 この六・八・九の組み合わせが、今にも残る歌を生み出したのである。

 そしてこのように活躍してきた坂本九さんの経歴を眺めているうちに、もう一つのことに気が付いた。

 彼が日航機事故で亡くなったのは43歳で、実は今の私と同年代なのである。
 というか先日彼の亡くなった歳を私は一つ追い越してしまった。

 つまり、私が今まで生きてきた時間と同じ時間で、彼はあれだけのものを生み出した時間を生きてきたのである。

 改めて坂本九という存在は凄いなと感じたと同時に、同年代になった人間として自分は全然いけていないことに気付き悔しさも感じた。

 残念だが坂本九さんは偉大すぎて追い付けない存在であるのであるが、その彼の歌が今の私をもまた慰めてもくれている存在となっている。

 「明日あるさ」と。

 「右!右!左!左!前に跳び、後ろ跳び、前へピョンピョンピョン・・・」

  彼の曲を聴いて今日も頑張りたい。
  

 

上海の太極拳とビッグバンドジャズはよく似合う

 今朝上海市内の某所でコーヒーを飲みながら朝食を摂っていたとき、窓の外で太極拳で体を動かしている老人を中心とした市民の姿を見かけた。

朝太極拳に興じる人たち

 こちらはそれを室内から眺めていたのだが、ちょうどその時、店内では朝にもかかわらずビッグバンドのジャズが流れてきた。

 詳しい曲名はわからなかったが「SING,SING,SING」のような激しいドラムのリズム感のあるビッグバンドの演奏による曲だった。

 その激しい曲を聴きながら、外でゆったりと太極拳で体を動かす人達の姿を見ているとまるで映画のワンシーンを見ているようで凄く気持ちがよかったのである。

 その時「ああやっぱり上海はジャズが似合う街なんだな」と妙に納得してしまった。

 太極拳のゆったりした動作とジャズの激しいリズムは一見(一聴?)不釣り合いにも見えるが、しかし太極拳で体を動かす人たちのいたって真剣な顔と、そのゆったりとした動作の中で非常に集中して体を動かす姿は、見るものに非常に熱いものを伝えて来るという意味では重なるのである。

 それゆえにリズムが違うように見えるものであっても音楽がマッチするのだという気がする。
 まあこれは音楽の表現するものが単なるリズムやメロディではなく、人の心の感情を示すものであるといういい見本かもしれない。
 つまり心の熱さが音楽を示すバロメーターであり、リズムは二の次だということになる。

 そういった意味では、上海が本場ニューオリンズを離れて、アジアのジャズのメッカになっている理由も分からないのでもないのである。

 ジャズのガチャガチャ(と言っては失礼かもしれないが)としたリズムも、上海の人々の言葉や生活のゴチャゴチャ感とマッチするし、見栄っ張りでおしゃれ好き、でもすぐヒートアップして怒り出す気の短さのようなものも、ジャズと非常に合うんじゃないかと思う。

 上海が何故ジャズの似合う街であるか、今日改めてわかったような気がする。

いつでもどこでも事故が起きそうな中国

 先日の天津の爆発事故以来、中国国内で工場の爆発事故が相次いで日本で報道されており、日本ではこれらは事故ではなく政治的な意図を持った事件ではないかと疑う噂も飛び交い始めている。
 確かに、そういったような何が起きてもおかしくない政治土壌がこの国にあることは否定出来ないので、事故に見える報道の陰で裏で何が起きていても不思議ではない。

 しかし、その一方でこの中国でほぼ9年中国人たちの安全意識の低さを目の当たりにしてきた自分にとってはやはり、これらの報道が全部事故であっても不思議ではない印象なのである。
 もちろん実際の真相については私が知ってはいけない領域なのかもしれないが、とにかく中国人たちの安全意識の低い行動には驚かされるものがある。

 例えばつい先日のことであるが、プロパンガス配送中の業者のトラックを目にした時のことである。
 配送業者の人は荷台から一個のプロパンガスのタンクを取り出すと、何とガガガーッとアスファルトの路上を引きずって運んで行ったのである。
 当たり前の話であるが、アスファルトの地面の上を金属のタンクを引きずれば火花が出る可能性があり、しかもタンクの中身がガスであるから、もしガスが漏れていれば引火爆発を起こす可能性がある。
 そうでなくても、引きずって運べばタンクが破損する可能性はあり、振動でバルブが緩むことも考えられ、やはりガス漏れを引き起こしやすくなるので大変危険である。

IMG_20150904_135844

 日本なら原則手押し車などに乗せて、タンクを丁重に扱うのが普通であり、そえだけガスという危険物を運んでいるという認識があるのだが、上海のこの業者はその認識が全く無いようだった。
 さらにこの業者は回収してきたこのタンクをこともあろうか、荷台に放り投げ入れたのである。
 空だから投げても良いというものではない。
 やはりタンクが破損する可能性があり、大変安全意識に欠けた行為である。
 こんな人がガスを扱っているのだからいつどこで事故が起きてもおかしくなく、うかうか街の中でも油断できないのが現状である。

 また、私が住んでいる住宅地の市場でも結構恐ろしい風景を見た。
 そこには電気製品の修理店のようなお店があるだが、その店は街角のタバコ屋のごとく狭い空間であるくせに、内部にはうず高くパソコンの本体やテレビの部品が積まれており雑然としているじょうたいなのである。
 日本の秋葉原のガード下の部品ショップに行ったことがある方はあの状況を想像してもらえればよいと思うのだが、このお店はあそこまでゴチャゴチャしていないものの、非常に雑然とした狭い空間となっていた。
 で、先日ちょっとその前を通りかかったところ、このお店の店主の女性はその狭い空間で、なんとガスコンロの直火で食べ物を煮炊きしていたのである。
 それこそ引火したらどうするんだというのが日本人の感覚なのだが、どうやら彼ら彼女らにはその感覚が無いらしい。

 日本の住宅は木造家屋が主であるが、そのため古い時代から火事の被害には苦しんできており、江戸時代には「火事と喧嘩は江戸の華」と呼ばれるくらい火事が多かった。 
 そのために日本には火事を防ぐ防火の意識がしみついて、親からそういう教育を受けてきたため、私自身も火のある空間にはかなり敏感に恐怖を感じる。
 しかし中国人たちは以前「中国人は火事より泥棒が怖い?」とブログで書いたように火事より泥棒に怖さを感じているようであり、火の恐怖はそれほど感じていないようなのである。

  このように火に対して警戒心の薄い中国社会においては、火災や工場爆発というのはいつ起きてもおかしくないのが現状なのである。

 それに報道に関しても、今回は天津の大爆発があった直後なのでその後の爆発事故も注目されるようになったが、実はそれ以前から今回の浙江省で起きたような事故は国内では年中報道されている。
 それ故に私は天津の爆発の一報を聞いた際にも、「またか」とは思ったが、それほど重大な騒ぎになるとは正直思わなかったのである。
 それが、被害の規模の大きさと日本の報道が派手になるにつれ、結構大きな事故だなぁとは思ったが、この国では数人程度が亡くなる事故は毎月のように起きており、上述のような安全意識の人が大勢いる限り、いつ事故が起きてもふしぎはないのである。

 今回までの個々の爆発が事故か事件なのかは私には追及できないが、全部が事故であっても不可思議ではないのが今のこの国の現状だと思っている。