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古新聞の値段

 引っ越し期限が近づくにつれ、部屋の荷物を整理していくと、いらない雑誌や新聞が沢山出て来る。

 日系のフリーペーパーも何気なく受け取って持ち帰っているので、しばらくするととんでもない量が溜まっていて部屋の中で嵩張っていたりもする。

 まあ単に捨てられないだけであり、次から次へと新しい情報は出て来るわけだから保管を続ける意味もなく、ほとんどは捨てるつもりなのだが、今これを売るかどうかで迷っている。

 中国でもやはり古新聞古雑誌市場はあり、売れば僅かではあるがナンボかのお金にはなる。

 とはいってもお古はお古なので価格は非常に安く、1キロ2元とか2.5元とかいうのが昨年聞いた相場だったという気がしており、10キロ売ったところでせいぜい20~30元だ。

 もちろん安いとはいえただ捨てるよりはお金にした方がいいのは確かで、そのまま捨ててしまうのは勿体ないと言えば勿体ないのだが、何となく今はわざわざ回収業の人を呼んで重さを図ってもらう時間のほうが面倒くさい気がしている。

 取りあえず今のところの方針では、まずゴミ置き場に自分で運んでみて、運よく回収業者がいれば売る、いなければ諦める、そんな行き会ったりばったりで決めてしまおうかと考えている。


広告営業を大事にすると飲食店は長続きする

 あるフリーペーパーの元編集の方から聞いた話であるが、彼によると広告営業担当を大事にしている飲食店は長く生き残れるという。
もちろん、彼の仕事上のPRもあるかもしれないがどうやらそれだけでもないようである。

 フリーペーパーの営業担当も人の子、各店舗を平等に扱わなければならないという建前はあるものの、お店から大事にされればつい対応も甘くなり、特集記事などついついサービスが多くなる。

そしてここが大事なのだが、彼が個人的にこの店のことを友人との間の口コミで褒めるようになる。褒めないまでも話題として口に出す。友達から適当な場所はないかと相談されたとき、頭に浮かんだひいきの店の名前を口に出す。

相手にとっては紙面上に載ってる情報よりよっぽど説得力のある言葉として伝わる。こうやって実際の紙面上の広告効果以上にそのお店の評判が広がっていく。この力は狭い日本人社会の伝達手段として決して侮れない。

 逆にお店の店主からぞんざいに扱われれば、担当者は広告として規定以上の対応は一切しなくなる。悪口は言わないのが営業担当者の責務であるものの、親しい友人間であればついつい本音もポロリ出る。それがやはり人づてで広がってしまう。はっきり悪口ではないにしても、少なくとも良い評判が広がる事はない。

 こうやって、広告担当を大事にするお店とそうでないお店の差はいつの間にか広がり、1年後に生き残るかどうかの差が出てしまうのだそうだ。
まあ広告担当を大事にする店主というのはえてして頭が良さそうで、人との接し方をよく知っているのでお店全体客対応も良い場合が多い。従業員もちゃんと店主を見習うし、お店全体の統率が取れている。

 逆に広告担当を大事にしないお店はお客への対応も表面的で薄っぺらになりがちになっているような気がする。それは従業員の接客をみてもよく分かる。

 そこへ店主の人としての「徳」の差が商売の差として現れているということらしい。

 もちろん飲食店であるからは、味がある程度の水準であることは必須だが、それ以上の味の差は正直言ってドングリの背比べであり、そこから生き残れるかどうかは店の「徳」の差にかかっているらしい。
 

中国で売買される個人情報、落ちる在中日系企業のモラル

 最近、某日系媒体に出ていた企業の広告を見て驚いたことがある。個人や企業のリストを使ってDMで商売をしませんかというものである。

DM広告

DM広告

 企業リストだけならまだしも、堂々と個人リストまで使ってDM宣伝しませんかとまで書いてあった。
3000万人の基本情報及び所得、消費の情報が抽出できるとある。
 その3000万人の人間が個人情報の提供に同意して利用されているものとはとても思えず、明らかに本人の意思に反した情報の利用のように見受けられる。

 中国には個人情報保護の法律や精神がないのかもしれないが、これは明らかに個人情報の不正流用や不正使用にあたると思われ、それが日系企業によってどうどうと、広告宣伝されているところにモラルを失ってしまった企業の恐ろしさがある。

 これが日本であれば、情報を不正利用したり個人情報を漏らしたりするだけで損害賠償に値する行為で、億単位の賠償判決例が出ている行為であるので、企業としても利用を控えていると思うが、法律がないというだけで、ここまで手のひらを返したようにモラルを失ってしまうものなのか?

 これらの情報がどういった手段で集められたものか分からないが、こんな広告を見ると自分の情報が勝手に覗き見られているような気がして気持ち悪くて仕方ない。

 モラルが高いといわれた日系企業も、中国に来ると目的のために手段を問わなくなりここまでモラルが低下するものなのか?同じ日本人として悲しくて仕方ない。

こんな内容の広告を許している媒体のモラルも是非問いたいものだ。

新しい月刊誌「S-sense」が好評らしい

エッセンス表紙

1/6ページのフォーマット広告で広告費がたった550元という今までの上海のフリーペーパーの常識を打ち破った「S-sense」がなかなか好評らしい。既存のフリーペーパーはこれが無料なのと驚くほど豪華な紙面と内容が売りだったが、広告を出す側からすると高額の広告費がネックで広告を出すことに二の足を踏んでいた飲食店も多かったように思う。
 上海には高級を売り物にする日本料理も数多いが、我々日本人だってそうそう毎日に高級店に通っているわけではない。数十元程度のランチや夕飯で済ませる場合は多いのだが、そういった価格帯のお店には月刊誌の広告費は決して安くない。それでも広告をうたなければ客は来ないので、頻度を間引いたりサイズを絞ったりしつつして広告を出してきた。
 また食べる側もそういうリーズナブルな価格のお店の情報も知りたくとも、そういった経済的原理により情報に辿りつけなかったように思う。
今回のエッセンスはそういった両方のニーズを満たしたタイムリーな登場だ。装丁は極めてシンプルだが広告情報としてはこれで十分のような気がする。
 飲食店に限らないが上海には広告に出てこなくとも魅力をもったお店がたくさんある。
そういった魅力をもったお店がこのS-senseのような媒体のような登場により光が当たってくることを期待したい。そのためにもこういう雑誌が今後も長く続くよう祈りたい。

消えたフリーペーパーが復活?信用を取り戻せるのか?

5月に忽然と姿を消したフリーペーパーが復活の計画を立てているらしい。
約二年続いた週刊媒体だが今年になってある地域に許可番号なしで発刊したため、指摘を受け発行を自粛していたらしい。「らしい」というのは当時の内部の人間にも詳しいことは知らされていないので本当のところははっきりしない。某ホストクラブの事件が影響してとも言われているが、どうやらカモフラージュという話である。
 その媒体は5月に発行停止になった時に、直後に名前を変えて二週間後に再開するという話もあったのだが、結局何故か取り止めになって、その取り止めが決まった日に社長が会社解散を宣言し、働いていた社員はほとんど会社を離れることになった。法律上の30日前の猶予期間もなく即日解雇である。元々報酬の面や社会保障の面で良い境遇ではない彼らの多くは、ビザでさえFだったようであり、そのまま長く中国に滞在することもままならず半分が帰国した。

 これで二年続いたその媒体の歴史が完全に潰えたかに思われた。ところがである。
何と、この社長は数週間後に媒体再開の準備を始める。元の媒体の解散宣言の舌の根も乾かないうちにである。元の社員にも声をかけたらしいが、辞めた日本人は誰も戻って来なかった。それはそうである。解散宣言を受け当時の広告主に媒体廃止の話をしたばかりの状況で、再開すると言われても広告主や読者に対して、何故再開できるのかの理由の辻褄合わせが出来ないからであろう。そこの社長は、国籍は日本らしいが、考え方はどう考えても生粋の中国人である。
 元社員からも、停止から再開までの期間が短すぎることもあり、つい先日解散したばかりの会社が、何故一ヵ月後に媒体発行を再開できるのか、彼らを辞めさせる必要があったのかという声が上がったが、そんな矛盾をもろともせず、とうとうその社長は7月に週刊媒体の発行を開始した。以前とは違った形の冊子形式の媒体となったが、元いた編集部員も既にいなくなっていたため、内容的にボリューム不足は否めない状況での再開となった。広告数も元の1/4程度しか獲得できなかったようである。しかもその多くは、見る限りほとんど中国人経営のお店のようだった。再開媒体は雑誌の紹介が多かったので、日本語の活字に飢えている人には好意的な目で見られることもあったが、元の媒体の見る影もない状態はやはり評判は高くなかった、というか、それ程話題にもなってなく元の媒体の見る影も無く寂しい限りの状況であった。

そんな状態がこの夏続いていたが、結局広告数も伸び悩み赤字を抱えることになったため、その社長はまた状況打開のために媒体形態を変えることを決断したらしい。
中国人ラオパンは決意が早いというか我慢が足りないというか、とにかく気が短いようで中身を充実させていくとか言うことにはどうやら興味が無いらしい。日本人から見れば、形で読者がつくのではなく中身に読者がついてくるのだと思うが、、、。
 一般的に日本人が中国人を信用できないと思う大きな理由は積み重ねや流れを無視し、今起きていることだけで判断するからであろうに思う。過去にコロコロ方針が変った人は未来もその場の都合でコロコロ方針を変えると推測できるから、今目の前にどんなにいいものを見せられても未来を信用できない。中国人はその場その場を大事にする傾向があり、過去がどうだとかと未来がどうなるかというより今を基準にして動いてしまう傾向がある。
 

それ故に中国人の社長や広告主たちは過去に関係なくその場だけを判断して再開媒体への広告掲載や発行活動ができるのだと思うが、しかし日本人はそうはいかない。過去の積み重ねや未来への信用を非常に気にする民族文化である。しかも一度失った信頼を取り戻すことは非常に難しく、ゼロから信頼を積み重ねるより難しいように思う。日本人への信頼回復はひとえに日々の積み重ねにつきると思う。最近毎日仕事をしながらそのことは非常に強く感じるようになった。
今度新たに登場する媒体が、過去に失った日本人の信用を本当に取り戻せるのか、しばらくは高みの見物で様子を見て行きたい。