Tag Archives: 社長

ピーチ航空の上海発便に搭乗 その1 (搭乗編)

もう何か月も経ってしまったが、実はかのピーチ航空の上海乗り入れ初日に、上海側の始発便に乗って一時帰国してきた。
就航のニュースを聞きつけて、就航記念チケットがでるというので、すぐにネットでサイトを探してそのまま購入してしまったのである。

往復で732元(諸費税込み)という超格安だった!
これは恐らく私の上海滞在史上最安値の一時帰国チケットである。

そのかわり運航時間帯は上海浦東国際空港発がなんと深夜01:25発、羽田着が04:55というとんでもない時間帯である。

出発当日は、深夜発ではあったが、夕方に仮眠するほど余裕もないので結局21時には上海浦東国際空港についてしまい、チェックイン開始を待つことになった。
インフォメーションボードで確認すると受付開始22時50分とある。

チェックイン開始まで時間を持て余すことに関してはもともと想定内だったので覚悟はできていたのだが、空港内は予想外に混んでいた。

上海浦東国際空港の夜の中国人ツアー客の列

 深夜便でタイなど東南アジアへ行く利用客がぞくぞくと空港に到着しており、空港は非常に賑わっており、しかもレストランは夜間のため続々と閉店準備に向かっている状況で、ゆっくり過ごす場所が不足していた。

 実はリニアと地下鉄駅のエリアまで行けば、もう少し食べるところはあるのだが、空港のセキュリティチェックが厳しくなっていて、出入りが結構面倒臭く、結局その場からほとんど動かず時間を待つことにした。

今回受付はT2のHカウンターで、受付の案内の表示はまだ出ていなかったが、PEACHの文字が沢山書かれているボードを見つけた。

PEACHのロゴのボード

どうやら就航初日のセレモニー準備らしき様子である。

そばを見るとやはりチェックイン開始を待っているような上海人の母娘を見つけ、話しかけたところ、同様に安いチケットを見つけたので日本に行くことにしたのだという。

待ち時間中、一つ心配だったのは、チケット予約の旅程書には自動チェックイン機を使用してチェックインしてくれと書いてあったのだが、浦東空港にはピーチ航空のチェックインが出来るようなチェックイン機はなかったのである。

チェックイン開始1時間前くらいから、ようやく関係者らしき人々がちらつき始めたので、上記の件を関係者に質問してみたところ、日本向けの資料を丸翻訳した結果のチェックミスのようで、、「修正します」と謝られてしまった。

チェックイン準備が始まったカウンター

 まあ就航初日故のミスであり、この程度は仕方ないであろう。

 さて今回初便ということでセレモニーが行われ、航空会社の社長のあいさつの後、次々とチェックインが始まった。

チェックイン開始前のセレモニーの様子

 手続きそのものは普通の航空会社と同じだが、やや厳しかったのは荷物の重量チェックだった。

 実はピーチ航空の場合、委託荷物をゼロにすることが可能で、、というか委託荷物は有料オプション扱いであり、手荷物が規定重量を超えると委託しなければならないので、手荷物の重さチェックがあったのである。

 規定だと、機内手荷物は10キロ以内で(大きさ制限も)あり、今回は上海発便に対して委託荷物のオプションをつけなかった(日本発便は20キロだけ付けた)ので、機内荷物だけで規定重量内に収める必要があった。

ピーチ航空の手荷物チェックツール

 仕事上、どうしたってノートパソコンやそのバッテリーケーブルは必須なので、これだけでまず5キロになってしまう。
 さらに僅かの着替えを詰め込むとあっという間に10キロギリギリとなった。
(実はこのチェックの為にわざわざ新しい体重計を買った)

 と、このように私は苦労して重量調整して持ち込んだが、ほかの中国人客たちは結構気軽に大きなスーツケースを持ち込んでおり、事前に事情を把握しておらずその場でオプション追加しているお客を沢山見かけた。

 さて出国手続きを経て、ようやくゲート前まで行くと、再びセレモニーがあってようやく搭乗である。

搭乗直前のピーチ航空社長の挨拶の様子

 搭乗時に、ピーチ名物らしき?社員たちとのハイタッチでの乗り込みは照れたが、夜中ということで乗客もナチュラルハイとなっており、ノリは悪くなかった。
 航空機に乗り込んでからも、CAたちの独特のテンションの高さ故なのか、他の航空機にはない雰囲気が漂っていた。(続く

ある会社が自滅していく理由

 最近、私が以前関わった会社が自滅しそうだとその会社にまだ残っている社員から聞いた。

 自滅というのは業績もそうだが、その会社の社員がどんどん離れてしまい、業務が回らない状況まで社員が減りつつある状況になっているようなのだ。
 むろん業績自体も良くないようで、近々に他の会社との合併も決まったとのこと。
 
 まあ、関わったことのある私から言わせてもらえば、業績悪化の原因はひとえに社長というか経営者のパーソナリテイにあり人望の無さが原因だと感じている。
 
 その社長は社員に対して人としてのコミュニケーション能力に欠け、働く気力を失せさせる振る舞いばかりをしていたように映ったのである。

 それ故に社員の定着率も悪く、私がかかわった時も何故か入ったばかりの新入社員だらけで、創業7~8年経つのに勤続3年以上の社員はたった2人だけだったのである。

 どうしてそんな状況なのか最初は不思議だったが、しばらくするとすぐに理解が出来た。

 この社長は社員を人扱いしないというか、社員に対して人としての接し方が出来ず、目先のうまくいかない状況の不満を感情的に社員にただぶつけるだけなので、どんどん社員から嫌われていたのである。

 叱るときは人目もはばからず公の場で人格的否定的な言葉を連発し、まるでパワハラの典型例そのままであった。

 ただまあ以前ブログで書いた通り、中国ではパワハラそのものが、概念として理解されていないというか、社員も嫌ならすぐ辞めるのが常であるから法的問題にならないようなのだが、法的問題にはならなくても会社が存立しない程社員が流出したら流石に元も子も無いのである。

 もちろんこの社長も一応は経営者なので、社員が流出している状況のまずさは感じていたようで、それなりの社員対策はやっていた。

 表彰制度やイベント、社員旅行など、他社でもやっているような福利厚生の社員対策は一通りやっていたのである。
 しかし、私が傍から見ていた限りではこれらはどこか形式的というか、取ってつけたような印象で、本当に社員の為にやっているようには見えなかったのである。

 どちらかというと社員のためというより、対外的な会社の見栄というかエクスキューズのため、つまり当社はこんなに社員のために配慮してますよというパフォーマンス的匂いがプンプンしていたのであり、それが証拠にいちいちSNSなどでアップして自慢しており、そのための写真撮影に熱心だったのが印象に残ったのである。

 そんなパフォーマンスに付き合わされる社員にとって、会社に居続けたいと思う理由はどこにもなく、私がかかわった時は既にチャンスさえあればどこかへ移籍しようと考えている社員ばかりになっていた。

 そして、思い起こせばこの会社が実際に自滅へ向かい始めたのは、一人の戦力だった入社4年目の社員が辞めてからであろうに思われる。
 その社員は上述した2人いた勤続3年以上の社員の1人で、成績としては毎月ノルマを満たしていたにも関わらず、社長は何が不満だったのか会議でかなり酷い言葉をぶつけたらしく、結局それが原因でその社員は退職したのである。

写真はイメージ

写真はイメージ

 それ以降その社長は社員の努力不足を理由に業績不振を口にするようになった。

 売り上げの柱の1人が退職したのだから、会社のパワーが落ちるのは当然なのだが、社長はそれを認めようとしなかったのである。

 そんな最中、私も結局追い出されるようにその会社を離れたのだが、社長以外のスタッフとは仲良しになったので、どんどんとその社長情報(主に悪口)が私に届くようになった。

 上記の退職した社員も直後に同業他社に転職したようなのだが、実はその上司は私の知り合いだったのでそれを知ったのだが、その上司の情報によると新職場では評価が高いらしく、本人ものびのびと仕事をやっているとのことのようだ。

 で、この春節前後に新たに2人が離職したらしく、その会社は社長を除けばたった3人になってしまい、もはや風前の灯火のような状態になったのである。

 そして今残っている社員でさえ次の契約更新の際に離職を考えているらしく、スタッフが全くいなくなるのは時間の問題になっている。
 しかも聞いたところに依ると、上記の社員だけでなく、かの会社を辞めて同業他社に転職した例は多く、そのほとんどは定着しているようで、戦力として活躍しているとのこと。
 業界としても確かに以前ほど活況ではないが、それなりに仕事や利益はあるらしく、業績が急激に落ちる環境ではないようなのだ。

 つまり、かの社長は自らの徳の無さで利益を減らしているわけで、そればかりか戦力に育った社員をみすみすライバル会社に渡すことになって敵に塩を送っている状況となっており、まさに自滅なのである。

  私自身、この社長に恨みはないが、二度と仕事で絡むのは勘弁と感じているし、社員を大事に出来ない経営者はビジネスを成功させられないという教訓にさせてもらっている。

消えたフリーペーパーが復活?信用を取り戻せるのか?

5月に忽然と姿を消したフリーペーパーが復活の計画を立てているらしい。
約二年続いた週刊媒体だが今年になってある地域に許可番号なしで発刊したため、指摘を受け発行を自粛していたらしい。「らしい」というのは当時の内部の人間にも詳しいことは知らされていないので本当のところははっきりしない。某ホストクラブの事件が影響してとも言われているが、どうやらカモフラージュという話である。
 その媒体は5月に発行停止になった時に、直後に名前を変えて二週間後に再開するという話もあったのだが、結局何故か取り止めになって、その取り止めが決まった日に社長が会社解散を宣言し、働いていた社員はほとんど会社を離れることになった。法律上の30日前の猶予期間もなく即日解雇である。元々報酬の面や社会保障の面で良い境遇ではない彼らの多くは、ビザでさえFだったようであり、そのまま長く中国に滞在することもままならず半分が帰国した。

 これで二年続いたその媒体の歴史が完全に潰えたかに思われた。ところがである。
何と、この社長は数週間後に媒体再開の準備を始める。元の媒体の解散宣言の舌の根も乾かないうちにである。元の社員にも声をかけたらしいが、辞めた日本人は誰も戻って来なかった。それはそうである。解散宣言を受け当時の広告主に媒体廃止の話をしたばかりの状況で、再開すると言われても広告主や読者に対して、何故再開できるのかの理由の辻褄合わせが出来ないからであろう。そこの社長は、国籍は日本らしいが、考え方はどう考えても生粋の中国人である。
 元社員からも、停止から再開までの期間が短すぎることもあり、つい先日解散したばかりの会社が、何故一ヵ月後に媒体発行を再開できるのか、彼らを辞めさせる必要があったのかという声が上がったが、そんな矛盾をもろともせず、とうとうその社長は7月に週刊媒体の発行を開始した。以前とは違った形の冊子形式の媒体となったが、元いた編集部員も既にいなくなっていたため、内容的にボリューム不足は否めない状況での再開となった。広告数も元の1/4程度しか獲得できなかったようである。しかもその多くは、見る限りほとんど中国人経営のお店のようだった。再開媒体は雑誌の紹介が多かったので、日本語の活字に飢えている人には好意的な目で見られることもあったが、元の媒体の見る影もない状態はやはり評判は高くなかった、というか、それ程話題にもなってなく元の媒体の見る影も無く寂しい限りの状況であった。

そんな状態がこの夏続いていたが、結局広告数も伸び悩み赤字を抱えることになったため、その社長はまた状況打開のために媒体形態を変えることを決断したらしい。
中国人ラオパンは決意が早いというか我慢が足りないというか、とにかく気が短いようで中身を充実させていくとか言うことにはどうやら興味が無いらしい。日本人から見れば、形で読者がつくのではなく中身に読者がついてくるのだと思うが、、、。
 一般的に日本人が中国人を信用できないと思う大きな理由は積み重ねや流れを無視し、今起きていることだけで判断するからであろうに思う。過去にコロコロ方針が変った人は未来もその場の都合でコロコロ方針を変えると推測できるから、今目の前にどんなにいいものを見せられても未来を信用できない。中国人はその場その場を大事にする傾向があり、過去がどうだとかと未来がどうなるかというより今を基準にして動いてしまう傾向がある。
 

それ故に中国人の社長や広告主たちは過去に関係なくその場だけを判断して再開媒体への広告掲載や発行活動ができるのだと思うが、しかし日本人はそうはいかない。過去の積み重ねや未来への信用を非常に気にする民族文化である。しかも一度失った信頼を取り戻すことは非常に難しく、ゼロから信頼を積み重ねるより難しいように思う。日本人への信頼回復はひとえに日々の積み重ねにつきると思う。最近毎日仕事をしながらそのことは非常に強く感じるようになった。
今度新たに登場する媒体が、過去に失った日本人の信用を本当に取り戻せるのか、しばらくは高みの見物で様子を見て行きたい。