Monthly Archives: 4月 2008

ちょっと悲しいコメント

毎日帰宅後にネットで日本のラジオを確認しているのだが、
先日そのラジオ放送の中でちょっと悲しいコメントがあった。
それは先日、青島で起きた列車事故についてのコメントだったが、「この事故は痛ましいことだけれど、良かったことが二つある。

一つは死者の中に日本人がいなかったこと。一つは事故を起こした列車が新幹線ではなかったこと」とおっしゃっていた。

確かに日本国内から見れば、対岸の火事でしかないかもしれないが、中国で暮らしている我々からしてみれば明日はわが身かと思えるほど身近な事故であるし、周りの中国人など身近な人が巻き込まれる可能性が亡くなってた可能性があったかも知れない事故だ。
確かに自分や知り合いが巻き込まれないで運が良かったということは言えるかもしれないが、
六十人以上もの人が死んだ事故が起きたのに、日本人がいなくて良かったでは済まされない事故で、良かったといってしまう神経を疑ってしまう。

また、新幹線でなかったからよかったとか、そういう次元の問題ではない気がする。安全装備した列車が起こした事故でなかったので信頼性が損なわれなくてよかったという意味なのか?残念ながら中国にはそんな安全装備の不足している列車がたくさん走っているし、しかもその新幹線と混在して走っている。
今回たまたまその起こした列車がそのタイプでなかっただけで、中国の新幹線の安全性には何の関係もなかった気がする。

いずれにしても人が大勢死んでいるのに公共の放送に載せて発する言葉としてはとても残念で悲しいコメントだった。

普通の夕飯からしばらく遠ざかる。

先週は月曜から金曜まで宴会パーティが5連チャンで週末は病気、そして昨日は社長と食事会でしばらく日常の食事スタイルから遠ざかっている。
本当は先週は土曜も含めて6連続の予定だったが前出の日記通り体調不良のため土曜は断念したので5日間にとどまった。

宴会食は基本的に和食が中心なので一品一品はそれほど身体に悪いものはないのだが、当然一汁一菜といった素朴なものではなくカロリー高・塩分高などは避けられず
アルコールも入るので身体にいい影響が出る食生活とはとてもいえない。
 
先週末に体調を崩した要因も恐らくそのあたりの栄養のバランスの偏りがあるものと思われる。
昨日は中華であったのが、実は中華のほうが、油の影響だけを無視すれば食材的にはバランスが取れている気がする。
上海に単身赴任して外食中心であったのにも関わらず痩せた人が多いというのは実はそのあたりに起因するのではないかと私は思っている。

とにもかくにも私は10日近く普通の夕飯生活から遠ざかっており、もちろんそれでも大体外食ではあるのだがいつもどこで食べていたのか忘れてしまうくらい日常の食事が恋しい。
ちなみに肝心の体重のほうは、体重計がないので量ってないが、二日寝込んだこともあって若干落ちているのが、ある意味救いではある。

今晩は普通の食事をしよう!

七転八倒の週末

七転八倒は少々大げさかも知れないが、この週末は土曜日の未明から激しい下痢と体の節々の痛みに苦しんだ散々な週末になってしまった。
金曜の夜、日本人同士の集まりの後、馴染みのBARでカクテルを二杯ばかり飲んで家へ帰った。
その時点では、体に疲れもあって普段より多く汗をかいてはたものの、これといって異常は感じてなかった。
 しかし、寝て数時間後に苦しみを感じ始めた。異常な量の汗と体の節々の痛み。それとお腹の痛み。酔いもちょうどピークが来たような感じでまっすぐ歩けないような眩暈だ。吐き気はそれほど強くないものの気持ち悪さは若干あり、さらに腸もやばい兆候を示していた。
まず、胃の苦しみを抑えるために胃薬を飲み、さらに暑さから水をがぶがぶのんだ。

 その後、いったん寝についたが、トイレにおきること数回、下痢は激しくなっていた。
薬を飲まなければならないのは分かっていたが、空腹で薬を飲みたくなかったため、何とか食べ物をお腹に入れなければと思いつつも、家に何の買い置きもなかったため、買いにでるほかなかった。

 しかしいろんな苦しみが同時に起きていたので、体が思うように動かず、さらに急な便意への恐怖からなかなか部屋の表に出られずにいた。一人暮らしはこういう点が不便である。

 時間の経過をよく覚えてないが、確か昼ごろに意を決して出かけることにしたように思う。
階段を下りる一歩一歩に膝に痛みを感じる、エレベータ無しの5階はこういうとき辛い。人ごみの多い街中をふらふらとスーパーへ辿り着き、近所のスーパーでバナナを買い求め、ようやく家で風邪薬を飲んだ。下痢止めとどちらを優先するか悩んだが、風邪による下痢だと勝手に自己判断し風邪薬を優先した。そして夕方までさらに断続的に眠ったが、結局症状が改善しなかったため夕方の会合を断り、そのまま眠った。次に目覚めたのは翌未明の三時頃、体の痛みは取れていたもののふらつきとお腹の痛みはまだまだあった。
 さらに午前九時頃まで寝続けた。昨晩から通算するとほぼ30時間以上寝続けたことになる。

 このときになって何とか体が動くかなという状況になった。下痢は小康状態にあったがが、まだ腸に痛みがあったため結局薬を別途買い求めに出た。薬局の人は私の顔を見るなり、「あんた顔色悪いねぇ」といいつつ薬を出してくれた。
結局その薬のおかげで下痢もようやく止まったが、後遺症からか結局日曜日も大した行動も出来ずに過ごした。

 今考えると金曜日に食べた刺身のどれかに、疲れて抵抗力の落ちた体が反応した食中毒の一種のようなものだったのかも知れない。熱も腸から出たものかもしれない。
 自己判断せずさっさと医者へ行けばよかったかなと思ったが、結果的に直ったのでまあよしとするしかない。
 とにかく結果的に死なずに無事直ったからよいものの、苦しみの週末であった。