ネットの匿名性を信じるなかれ

ネットの匿名性と言うのはどのくらい信じられているのだろうか?

 確かにネット上では自分の本名以外のニックネームやペンネームを名乗ったりすることが出来て、必要のない人には自分の細かい属性を晒す必要が無い状態になっている。

 まあ現実の世界に置き換えて言うならば、公共の場において名札を付けて歩く必要がないということと同義だと捉えることが出来る。

 さらに、リアルの世界で学生がスーツを着て歩いたり、社会人が学生のような恰好をすることが自由なように、ネットの世界ではある程度自分のプロフィールを偽ったり、既婚者なのに未婚を装ったりして、虚構の像を作りあげることも許される。

 しかし、そういった匿名的虚構が許されるのは他者との利害関係に影響を及ぼさない範囲においてであり、ある行動が許されるかどうかの規範は実は匿名であるかどうかに関係なく、リアルの世界と同じものとなっている。

 つまり他者に迷惑をかけるよう行為、或いはそれ以上の犯罪とされるような行為に至った場合は、リアルの世界で名札を付けてない人が素性を取り調べられるのと同様に、ネットの世界でも匿名という仮面は直ぐに引きはがされて、現実の実行者が取り調べられて処分を受けることになる。

 しかもネットの世界では、コンピューターのログと言う形で全て本人の行動が記録されており、ログごと改ざんしてしまうような高度なテクニックでも使わない限り、どんどん行動が記録されていくので、リアルの世界では「知らない」で通せるようことも、ネットの世界ではごまかしが利かないのである。

 ただ本来は犯罪捜査などの必要性がなければそのログは開示されることはないはずだが、迷惑行為が認定され捜査が指示された場合はログは開示され、本人の行動が丸裸にされるわけで、きちっとデータ解析すれば原則として言い逃れはできない証拠が揃うことになる。

 例えばスパムの送り付けなどは、程度が軽ければそれを訴えるような行動は面倒なので普通の人はあまり行動しないが、状況が酷ければそれだけ証拠も降り積もるわけだから行為認定もしやすくなる。

 故に、遠隔操作のような複雑な犯罪は別として、ネット上で他人に迷惑をかけるような行為は、本来リアル世界以上に起しにくいはずなのである。

 しかし本来ならば誰しもそのことを理解しているはずなのだが、残念ながらネット上では、しばしそれを忘れてしまう人も現われ、エスカレートして現実の世界では言えないような酷い言葉で他人を批判し、いわゆる犯罪に結びつくような状況を生んだりすることがしばし起きている。

 虚構の仮面が本物の仮面だと信じこみ、リアルの世界では超えないような限度をつい超えてしまうのようなのである。

 しかし繰り返しになるが、ネットの世界でやっていいことは、リアルの世界と同じ範囲であることは忘れてはいけない事であり、匿名性が許されるのは人に迷惑をかけない範囲であってその限度を超えれば言い逃れ出来ない証拠が突きつけられることを我々は肝に銘じて、ネットに向き合うべきであろうと思う。

原文



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA




Booking.com