何故中華料理に油モノが多いか?

最近、大好きな納豆をたくさん食べたいというのもあって、最近マメに自宅でご飯を炊き自炊するようになったのだが、ここのところちょっと壁を感じるようになった。
それは上海で自炊をすると水をたくさん買わないといけなくなるということである。

 当然、日本のときは何の気なしに水道水をそのまま使えていたのだが、上海の水道事情では料理にそのまま水道水を使うのはかなり抵抗がある。飲んでも安全だというくらい水質の改善は行なわれているというが、料理や飲料水としてそのまま体に入れるのはやはり怖い。シャワーや歯磨き用の口濯ぎに使うのが今のところ精一杯である。

 となると、直接体に入る料理や飲料水に使う水は都度別のものを購入しなければならない。

 外食をしているうちは自宅で必要とするのは飲料水程度で済むのだが、料理まで始めてしまうと必要となる水の量は半端ではなくなる。
 特にご飯を炊くときの水は、馬鹿にならない。
 炊くと米に吸収されたり蒸発してしまうとは言え、美味しいご飯を炊くためには最も手を抜きたくない部分なので、それなりの水を用意する必要がある。

 汁物や麺類などの茹でものも同様で、やはり水道水を使いたいとは思わない。そうなるとやはり「高級水」の登場となる。

こうやって考えていくと自炊をしても、水を大量に必要とする料理ばかり作っていたのでは決して安上がりになるとはいえなくなることに気がついた。

 ならばどうするか?

 ご飯は仕方ないにしろそれ以外の部分で節約をする必要が出てくる。

 すると必然と水を必要としない料理、つまり炒め物などが多くなる。

この瞬間、

「おお、こういう理由で中華料理には脂っこい料理が多いのか!」

と、中華料理のルーツを身をもって発見したような気になった。

焼き小龍包(煎餃)

焼き小龍包(煎餃)

 同様の理由から考えると、小龍包などの点心に蒸し物や揚げ物が多いのも納得がいく。 食品に直接水が触れない蒸し物ならば、少々水の品質が悪くても蒸気になる時点でろ過されるので水質の心配をする必要がないのである。

 もちろん揚げ物なら水を使わず食品を加熱することが出来る。

 さらに単なる蒸し物では水分が十分取れまいと、体に入る分だけの無駄ない最小限の水分を皮に閉じ込めたのが小龍包であろう。
 こうやって水を軸に中華料理の成り立ちを考えていくとその土地ごとの気候風土の事情が見えてくる。
 単なるバリエーションのように見える各々の料理もそのルーツにきちんとした必然的な理由があるのだなぁと料理の奥深さに改めて気がついた。

 つまり決して中国人はもともと脂っこいものが好きというわけではないのである。



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