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クラシックコンサート鑑賞の流儀

 流儀などと書くと仰々しいが、昔からコンサートを聴きに行く際に習慣になっている行動パターンというか、聴き方の段取りが自分の中でおおよそ決まっている。

 野球選手で言う打席前のルーティーンのようなもので、まあそれほど厳格な決め事ではないものの、ほぼ毎回その段取りを踏襲してコンサートに臨んでいる。

 もちろんルールのためのルールではなく、あくまで音楽を聴く時間大切にするための段取りである。
 改めて書き出すと結構な量になり、自分でも驚くのだが、まあそれくらい生の音を聴く機会というのは大切な時間なのである。

①前日は疲れを残さない
 コンサートを聴く行為というは結構集中力を要するため、前日はなるべく酒席などを避け、コンサート当日に疲れを残さないように過ごすようにしている。
 また生モノや冷たい飲み物も避け、お腹を壊すなどが無いように体を保つようにして、風邪をひいていたら強力な薬などで無理やり直す。
当日具合が悪くなってチケットを無駄にしたり、演奏中に体調が気になって集中を欠くようなことがないよう準備をする。

②耳掃除
しっかり音楽を受け止めるために、前夜の内から必ず綿棒で耳掃除をしておく。

③栄養ドリンク
コンサートに臨む際、2時間ほど集中するのにはやはり体力が必要なのでほぼ毎回コンサート前に栄養ドリンク的なものを飲む。
 但し、あまり冷えすぎたものはお腹を冷やす可能性があるので、なるべく常温に近いものを摂取する。

④直前の食事は軽め
 コンサート前には必ず開演の2時間前くらいにサンドウィッチ程度の軽めの食事を摂ってから会場に行くことにしている。
 軽めにするのは演奏中眠くならないためと、トイレのリスクを避けるためである。
 逆に空腹でも途中で集中力を欠いてしまうので、必ず食事を摂ってからコンサート会場に行く。

⑤当日はコンサート会場に開演1時間前には着く
 コンサートの開演時間ギリギリに到着すると、心が音楽を聴く状態にならず、ざわついた状態で音楽に向かわなければならないため、原則として1時間前にはコンサート会場に到着するよう心掛けている。
 それ故にコンサートの当日に別の用事を入れることは極力避け、19時や20時から始まる夜のコンサートならば、15時以降はなるべく予定を入れないようにする。
 1時間前の他の聴衆があまり集まってない状態で会場に着き、気持ちのざわつきが落ち着くようにするのである。
もちろんトイレなども余裕をもって済ませることができる。

⑥プログラムは必ず手に入れる
有料・無料にかかわらず、プログラムは当日会場で必ず手に入れる。
早く着いてしまうので、時間つぶしに読むという意味もあるが、まあ曲の順番や解説を読み、すこしばかり予習をする意味があり、記念というか記録という意味でもプログラムの購入は大事である。

⑦開場したらすぐ入場
普通のコンサートホールは大体30分前に開場するが、私は開場したらすぐ入場し席に行く。
あとから入って席を探すとバタバタしてしまうし、比較的静寂なホールの雰囲気を楽しみ、心が会場に馴染んだ状態で演奏を聴くためでもある。

⑧眼鏡の掃除と目薬
席に着いてから、眼鏡を拭いて、目薬を差すことにしている。
もちろん、目薬を差して脳に刺激を与え、心がシャキッとした状態になってから音楽に臨むためである。
またホール内は結構乾燥しており、眼も乾くためステージ上がしっかり見えるよう目のコンディションを整えるためでもある。
 
⑨タオルかハンカチを手元に用意する。
演奏中、空調の関係で冷えて咳き込むことが時々あるため、自分がもし咳をせざるを得ない状態になった場合に、咳の音が最小限になるよう、手元にハンカチかタオルを準備し、万が一の際はそれを口に当てられるよう準備している。

⑩携帯電話の電源を切る。
 演奏中に携帯電話の音が鳴らないようにするのは当然のこととして、音を消した状態にした上で電波を遮断する航空機内モードにし、さらに電源を切ってしまい、スマホ通信の未練を断ち切った状態で演奏を待つ。
 音云々の問題もあるがスマホで得られる情報などに気を取られると音楽に集中できないため、早めに未練を断ち切り、気持ちを鑑賞モードにして臨むのである。
⑪荷物は床に置く。
 演奏中、眠くなってパンフレットなどを床に落とすといった不注意を防ぐため、パンフレットは鞄にしまい、鞄は膝の上に置かず必ず床に置く。
 傘も立てかけず、必ず預けるか床の上に横倒しに置く。
 これも全て演奏中の不注意で落としたりして物音を出さないための準備である。

 このように幾つかのいつものルーティーンを経てコンサートに臨むのが習慣になってしまった。
 故に開演時間ギリギリで入場することは滅多にないし、そういう聴き方は極力避けている。
 皆様に真似をしろとまでは言わないが、やはり演奏を生で聴くというのは非常に贅沢なお金で買った時間であり、その贅沢を最大限味わい尽くすには、それなりの努力と準備が必要なのだと思っている。

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ラヴェルのボレロ

 ラヴェルのボレロはとても有名な曲であるが、とても不思議な曲でもある。

 リズムは最初っから最後までほぼ同じで、メロディもA、A、B、Bのパターンを繰り返し、それをひたすらクレッシェンドで曲の最後まで続けていく。

 構造だけを見れば、あまりにも単純で人々がこれを音楽として好むのかどうか疑問が湧くような内容になっており、感動する要素が見当たらないような気がするのである。

 実際、作曲したラヴェル本人でさえ、この曲が受け入れられるかどうか自信が無かったようである。

 しかし、そういった単純な構造の中に曲に変化を与えているのがメロディをソロで次々に受け継いでゆくオーケストラの各楽器達であり、楽器一つ一つの個性が音楽に様々な色を付けてゆき、同じメロディであることを飽きさせず、寧ろ心地よい興奮を与えてくれる。

 社会にいる同じように見える人間が色んな個性を持ち、それぞれの世界の側面や個性が次々に表に出てくるような、そんな印象である。

 また各楽器はメロディを奏でた後、あるいは奏でる前には小太鼓とともにリズムを刻みその音の輪を広げていく。

 これもかかわる人の輪が徐々に広がっていくようで不思議なパワーを与えられる。

 こういった同じメロディや同じリズムを繰り返しながら、その色合いを次々に変化させながらも曲は弛まなく前に進む。

 やがてソロから弦楽器のユニゾンへ受け継がれキラキラとした光を放ち始め、最後には金管楽器群が荘厳さを感じさせるような眩いばかりの光となっていく。 

 このような過程がとても心地よいのである。

 ただ単純な繰り返し、その中で同じ内容をそれぞれの人が各自の役割を受け持って支えあうことによって大きな力となって結実することが出来るようなイメージ、これがボレロの人気たる所以なのかなという気がしている。

 まあ、気を付けないと国家主義者や権威主義者に利用されかねない内容でもあるが、個々が個性を発揮して大きなものを作り上げるという意味では、私の非常に好きな曲となっている。

 日常の単調に見えるような作業の繰り返しでも、胸を張って信じて前に進むことでやがて協力者が現われ光輝く時を迎える、そんな勇気を与えてくれる力がここにあるような気がする。

ルーチン作業

 時々ルーチン作業を馬鹿にしたような言いかたをする人がいる。

 ルーチンは作業であって、多くの非定型の業務を処理していくのが本当の仕事のような言い方をするのである。

 確かにルーチン作業はそれを続けているだけでは発展は少なく、そういう面でルーチンは「作業」であって、「仕事」ではないと言える側面もあるかもしれない。

 しかしながら業務をルーチン化するということは、仕事の効率性を上げるための一つの過程であり、もともとも行き会ったりばったりだったような作業を、如何に見落としなく確実に遂行していくかのための業務整理がルーチン化であり、つまり非定型で非効率な作業が効率化された結果がルーチン作業であるような気がする。

 もちろん、業務をルーチン化したあとは新たな上積みを求めて仕事に取り組む必要があるが、その新しい仕事とて、やがてルーチン化しなければ更に新しい仕事などには取り組めないのである。

 こういった毎日や毎週、毎月のルーチンを疎かにしているような人に限って、仕事の抜け落ちやサボりが多く手抜きが散見され、実はルーチンではない非定型の仕事すらまともにこなせていない場合が多い。
 
 つまりルーチンを馬鹿にするということは本当の仕事の意味を理解していないのではないかという気がしてしまう。

 非定型の仕事に取り組むことだけが仕事だと思っている人には、是非ルーチン作業が業務を支えている重要性を再認識してほしいという気がしている。

継続力

ブログを暫く休んでしまった。

まあブログを書くことは仕事ではないので、仕事に追われるとどうにもブログを書く余裕すらなくなる。

世の中には忙しい忙しいとブログに書く人がいるが、その人はまだブログを書く余裕があるのだなぁと私の目には映ってしまう。

仕事でブログを書く人以外は本当に忙しければそんな余裕もないはずだ。

たまに仕事が滞っていてそれをほったらかしているにも関わらず、ブログ更新に熱心な人もいる。

隠れてサボるならまだしも、サボっていることを世界に向かって宣伝してどうするんだという気がする。

初心忘るべからずの暖簾?

実はここのところ他人がほったらかしていた仕事の後始末というか、再整理に追われていた。

仕事は継続してこそ意味があるのに、最初にやったきりの中途半端な状態になっていた。

それをようやくこの週末を使って何とか整理して、形にした。

ブログはブログでしかないので継続しても、せいぜいアフリエイトの足しにしかならないが、仕事は常に継続すればこそ力になる。

ブログと仕事、それは趣味と仕事と言い換えてもいい。

継続力が必要なのはどちらか一目瞭然だが、それすら分かってない人もいる。

仕事の締め切り

仕事の締め切りはいつもやっかいだ。
どうしてもその日、その時間に向かって追い込まれる。
客先との約束があるときはなおさらプレッシャーがかかる。
1日遅れてすみませんでしたと言って許してくれる場合はそう多くはない。
締め切りに遅れたら、もうそれは仕事をしたと言えないのである。

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例え許してくれたとしても信用のレベルが一段下がり、次の仕事への継続の可能性が一段下がる。
そうなってしまうと死活問題でおまんまの食い上げだから、締め切りは必死でなんとか守る。

もちろん客先に関係ない、社内的な作業の場合も締め切りは設定したほうがい。

一人で仕事をしているのではなく、集団で仕事をしている以上は、客先でなくても相手はその締め切りに合わせて仕事をしており、締め切りを守らなければ相手の仕事に影響が出る。

 締め切りを設定することによって実は己の仕事にもリズムができ、楽になる。

「この日、この時間までにこれをやる!」

そう決めたら、その目標に向かってまい進できる。

気まぐれの行きあったりばったりでも結局トータルの時間が変わらなければ同じような気もするが、能率が全然違う。

仕事の締め切りは自分で守るために、自分で作るものである。

もちろん自分で自分に言い訳をして締め切りを守らないようではおしまいである。