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ぼったくり?協力会という看板を掲げる事業

先日一度ブログにも書いた通り上海には協力会や勉強会という名の元、情報交換会として中小企業の経営者などを集めて多くの会合が開かれているが、どうも会費として集めている費用と、提供しているサービスの価格バランスが取れていないような会が存在する。

 予め企業が事業として開催しているのであれば何の問題も無いが、協力会など一見非営利活動にみえるような看板を掲げているのに実は会社事業であったという会が存在するので性質が悪い。
 私が知っているある会は企業の総経理、副装経理しか参加できないことをウリにしているようだが、集まっている会社はほとんどが出来立ての中小企業であり、その他の日本人会合とその質においてあまり差が無い。

 また自主運営的な看板を掲げているが、実質的には主催者の会社の管理運営となっていて、集められる会費の発票の発行者はこの会社のものが使われている。
 この会社の発票が発行されているということは、つまり、会の収入は全てこの会社の利益になっているという意味であり、その対応から見て、この会社がこの会費収入を「会」の費用として別立てでプールして管理しているとは考えにくい。

 また会のホームページというものも存在しており、「特別会費」という名の下に、費用を取ってホームページにバナー掲示を行い、ページ作成費に充てているとされている。

 しかしその作業も実は主催者の会社内で行っており、結局は会費に名を借りた自社の利益のための作業受注の状態になっている。「特別会員」がたくさん集まらなければホームページは赤字だと主催者はいうが、もしその数が集まったときの総収入は、現在のホームページの制作費相場を遥かに上回る費用になり、とても「赤字」という状態ではなく、先の作業費も含めてほとんどがこの会社の利益になる。

 つまりは「会費」ではなく、バナーなどのネット「広告費」としてこの会社に費用を払っている状態になっているのだが、広告費として考えたとしても、参加者の人数やアクセス数を考えると相場を遥かに何倍をも上回る金額で、とても普通の広告会社が掲げられる金額ではない。結局は、ほんの少しのメリットのほかは、特別会費の名の下にこの会社に寄付をさせられているような状態である。

 これが予めこの会社の事業として看板が掲げられ運営されているものなら納得も出来るが、共同運営の名の下にこの会社が大きな利益を稼いでいるとなるとちょっと裏切られたような感覚になる。

 また特別会費を払わない普通会員とされる会員も参加できる会合の飲食費用も、どうも参加者が支払う金額とお店に支払う金額に差がありそうで、その差をポケットに入れている様子がある。

 まあ一般の会合でも、幹事の役得が存在することは良くあることで、取り纏めの手数料として幹事に幾らかの役得があってもそれは暗黙の了解で、今更目くじらを立てることでもないのだが、上述の会は表向きの事務運営費として参加会費の中から費用を取っているにも関わらず、更に裏で二重に間を抜いているような点が見えておりちょっと悪質だ。一人当たりは大した金額ではないにしろ、善意の信用を裏切られたようで日本人としてはちょっと気分が悪い。

 なぜ、このような状況があることを知ったかというと、実は無料の普通会員としてこれらの会に参加していたのだが、会場となっている飲食店の通常の料金より会費が高く設定されていたので、その点の質問と、会として上記の制作費関係の透明化を主催者にぶつけたところ、いきなり「お互いに仕事で忙しいですから、何回繰り返し説明する時間も必要もありません。申し訳ありませんが、ご理解ができないなら、退会してください。」とメールが来ていきなり会員名簿から削除されてしまった。

 どうやら図星だったようである。

 参加されているほかのメンバーは、このような主催者の目論見を、貴重な交流機会が存在するための必要悪として、その負担に目をつぶる人もいるかも知れないが、それも程度問題と、人間としての誠意の問題である。

 ましてやそのことにすら気づかされず、自社の利益を思いながら、せっせと主催者に利益を注いでいる中小企業の経営者がかわいそうでならない。


儲けましょうという会を開いて儲ける人

 ダイレクトマーケティングの世界などでよく見られる手法だが、一部のある程度成功した人がセミナーと称して講演会を開き、入場料をかき集めお金を稼ぐ人がいる。

 もちろん、会の趣旨そのものは「私はどうやってがんばってるか?」といった趣旨の内容で、あなたたちもこうやれば儲かりますよ他人を鼓舞するというのが表向きの看板だが、実の中身はその主催者の直接収入目的の開催に他ならない。

 他人を利益にもたらすふりをして、自らがチケット収入やグッズ販売などで多大な利益を得るのである。

 またダイレクトマーケティングの世界では、裾野が広がることがその公演者の収入にもやはり繋がってくるため、結局は二重の意味での主催者の利益となる。

 参加者側にとっては実際上の利益に繋がっているのかは未知数だが、少なくともその参加者全員が成功することはまずありえなく、成功者が出るとしてもほんのわずかである。
 それにも関わらず、成功を夢見る人々は成功者といわれる人の講演会に集まりたがり、高額のチケットが買い求められるという。
 参加者は自分が成功するための必要経費であり、いずれ回収できると考え支出してしまうようだ。
 でも前述のように成功する人はごくわずかなので、結局その投資は回収できず、主催者の利益に貢献しただけというのがたいていの結果である。

 実はこういったやり方、ダイレクトマーケティング以外にもビジネスの世界にも時々見られる。勉強会や協力会の名目で会員を集めて会費を集めているような場合である。
 表向きはお互いの利益のためにがんばりましょうというのが名目だが、会費によって利益をあげているような主催者が時々いる。
 ちゃんと会計報告をするような良心的な会もあるが、主催者の関係する会社に業務を受け負わさせたりするように見せかけて会計をごまかすような会もある。ひどい会になると会計報告すらしない。

 運営経費をはるかに上回る会費を集め、かかった経費以外は自らの利益にして懐に入れてしまう。 

 ○○社主催として責任の所在をはっきりさせて運営している場合は利益も損失も主催者が被るので、会費が割りに合わないと感じれば入らなければ良いだけの話だが、共同運営のような看板を掲げているにも関わらず、会計の中身が参加者にオープンになっていない場合は注意が必要だ。皆で協力して儲けましょうなどという掛け声のとどのつまりが結局主催者の利益にしか繋がっていな場合がある。

 また機関紙や共同運営のWEBなどへの広告など、会の参加者程度の人数しか見ないものにそれなりにそれなりの広告費を要求してくる場合もある。

 一般的な市場価格を考えればその広告費がかなり割高であるにも関わらず口車に乗せられ払わされる。ほとんど寄付金のようなものである。
 それでもその広告費が会の運営費として利益がプールされ、お互いの利益になるならまだしも、それも全部運営者側の利益になってしまっている場合がある。
 結局は上記のダイレクトマーケティングの講演会と同じように、参加者の投資にあった回収はほとんど見込めないというのがとどのつまりである。

「皆で儲けましょう」と掛け声をかける人には是非気をつけたい。結局はその人だけが儲けている可能性が高いのだから。

 

中国は給料日が休前日ではないのは何故だろう?

日本で働いていた経験からすると、給料日と休日が重なった時、支給日が前にスライドせず後ろに行ってしまうとちょっと違和感がある。

 私がいた会社では休前日にスライドさせるのが当然で、事実、自分自身が給与計算担当をやっていた時期があったので、次の給料日がいつかということを常に意識して、休日と重なれば前倒しで仕事をしたという経験があるから尚更それを感じる。

 その給与担当の時は、給与が遅延などということになればクビを覚悟しなければならない程、賃金支給の日程厳守の重みを感じて仕事をしていた。

 それが、中国に来た途端にあっさり休後日にスライドするという常識をつきつけられてしまうと怒りを超えてあきれてしまう。

 会社の規定で決められているのは支払期日だけであるが、休日と重なって休後日にスライドするというということは、実際上は期日が守られていないという解釈もできる。期日にお金が労働者に渡っていないのだから、確かに期日は守られていない。

 支払い側からすれば、その日にならないとお金が準備できないとかいろいろ言い分はあるだろうが、少なくとも労働者保護の考え方のない、支払い側の都合本位の考え方の対応であると言える。

 ただ、これは企業の労働者保護の考え方が染み付いた、日本的考え方から出る意見で、中国の場合は往々にして労働者と雇用者は給与と労働を介して平等な立場にあるような考え方が根底にあり、このような対応がまかり通っているような気がする。

 日本だと会社が強者でと労働者が弱者という明確な立場の違いがあるが、中国は労働者が弱者で、雇用者が強者だとは必ずしも言い切れない素地がある。故に雇用側にも弱者としての言い分が認められてこのような対応が社会的にある気がする。
 つまり中国でいう給料日とは雇用側が、その日までに給料を準備する日であり、「支払う日」とはまた別という考え方である。

 日本のような社会主義国家では、企業が常に労働者保護の義務を果たすよう求められるが、中国はある意味、日本より資本主義的な社会通念がある社会となっており、企業が必ずしも個人を一方的に大事に守ることは求められておらず、労働慣例には雇用側の保護すら考え方の根底にあるような気がする。

 それゆえ給料日を休前日にすることが慣例となってはいないようである。

 そう考えてみると何となく納得できる部分はある。
 
しかしながら、一応納得してはみるものの、休日の前にお金が入るか入らないかという差は、即ちその週末にお金が使えるかどうかという大きな差であり、やはり馴染みきれぬし、素直に納得できる部分ではない。

 のどにひっかかった魚の骨のようにいつまでも気になってしまう。

 毎月計画的に給料を使っていればそんなことは「小事的!」(たいしたことではない)ということになるのかも知れないが、現在中国に来て目一杯の生き方をしている私にとっては「小事的」で済まされない大きな出来事であるのである。

原文