Monthly Archives: 10月 2013

逆単身赴任が増えている

 最近、上海で逆単身赴任が増えているような気がする。

 一般的に単身赴任と言えば、奥さんや子供を置いて旦那さんが一人で上海に駐在するようなケースだが、逆単身赴任というのは家族が上海にいて旦那さんだけが日本に戻ってしまうようなケース。

 何故そういうことが発生するのかというと、ほとんどの場合は子供の学校の問題が要因となっている。

 つまり旦那の都合で一緒に帯同して上海にやってきて、子供を日本人学校なりインターナショナルスクールに入れたが、子供の卒業のタイミングが来る前に旦那に帰任命令が出てしまったようなケースである。

 旦那は会社の業務の都合なので子供を理由に帰任を延期することなど当然出来ないが、子供は出来れば途中で転校させず、卒業・進学のタイミングまで同じ学校に通わせた方がいいという判断で、結果面倒をみる奥さんが子供に帯同することになるため旦那だけ先に帰国して逆単身赴任状態になるという形である。

 特に中学でも高校でも卒業間近の子供というのは、進学のための受験を控えている訳でその他の学年よりナーバスになり、そのタイミtングでの学習環境の変化というのはなるべく避けたいというのが保護者の本音だと思われる。

 私は転校経験はないが、受験学年での転校は環境に馴染むのが大変だということは想像するに余りある。

 結果、やはり奥さんが子供の卒業を待ってから帰国する結果となる。

 こういった逆単身赴任のケースが、最近私の周りでチラホラ見かけるようになった。

 夫婦ともに知っている知人の旦那の帰国の報を聞いて「ああ寂しくなるな」と思っているところに、奥さんにばったり出くわすケースが出てきているのである。

 こういった逆単身赴任が具体的にどのくらいの数が発生しているか知らないが、それなりの数があるのではないのかという気がしている、

 まあ旦那を日本に送り出す奥さんにしてみれば、「子供のことを考えて」は第一義として当然のことながらも、外国生活にストレスを感じず過ごせるならば駐在員の奥さんという立場の生活は、日本生活に比べきっとかなり楽ちんであり、少しでも長く謳歌したいというのも本音としてあるのではないだろうか?

 旦那に対しても、上海へ単身赴任で野に放つよりは日本の単身赴任はリスクが小さいと考えているのかもしれない。

 まあいずれにしても、最近逆単身赴任が増えているような気がするのである。

抗日戦争ドラマは過激か?

 国慶節に入る前に、しばらく通しで見ていた抗日戦争ドラマがある。

 まあ日本人の自分が何を好き好んで、こういったドラマを見ていたのかは自分でも分からないが、まあテレビをつけた時にたまたま見て、そのまま見てしまったという感じである。

 私が見ていたのは「向着勝利前進」というタイトルで、訳すならば「勝利に向かい続け前進しよう」となるだろうか?

 前半はあまり見てないので後半からである。

 まあ流石抗日ドラマというか、中国軍側の主役はジャニーズ張りのかっこいい俳優の呉奇隆さんで、ヒロインもまた甘婷婷さんという美しい女優さんが演じており、この辺りどうも政治的というよりは、アイドル的配役なのではないかという気がしている。

 対する日本側は、青木少佐(途中で中佐に昇格)というのが最大のヒール役で、青年将校のそこそこハンサムな男だが、やはり中国人が演じており、セリフは両軍とも何故か中国語であり、時々「はい」「ばか」など一言単位で日本語が混じる程度となっている。

 で、まあドラマだから仕方ないがよく言われるように戦闘時の日本兵は非常に弱く、死に方も過激で、結構血が飛んだり手りゅう弾で簡単に吹っ飛ばされたりするし、中国側の弾が当たるとすぐに死んでしまう。
 
 対する中国側も犠牲者はそれなりに出るが、弾はほとんど当たらないし、みな武芸の達人のようで、江戸時代のチャンバラよろしく何十人もやっつけてしまうほど強く、どうも不平等な戦闘能力で描かれているといった印象である。

 これを見ていると、仮面ライダーのショッカー達の気分が良く分かるような気がする。(笑)

 中国側のキャスト級も、台詞がまともにある役は回を追うごとに少しずつ色んな形で犠牲になっていくが、ややドラマチックに描かれ過ぎており、中国側のエキストラ兵が殺される時の対応とに随分差があるような気がする。

 日本兵にも中国兵にも、亡くなった無名の兵の向こうにも家族も友人もいるはずなのに、そこはドラマなので考慮されないようなのである。

 こういった抗日ドラマなどは、日本からよく過激すぎるなどと批判の対象となったりするが、まあパワーバランスはともかくとして、過激すぎるかどうかはいささか疑問はある。

 演出が入って偏っているとは言え、そこに映し出されている内容は戦争の現実であり、日本人が戦争の現実から遠ざかり過ぎている現状が、こういったドラマを過激だと思わせているのではないかという気もする。

 もちろん映像作品に過激な現実を映し出すことばかりがいい事では無いが、戦時中の街の雰囲気など、戦争が起きている時分の、戦地以外の街の様子や人々が意外と穏やかであったとか、偏っていることさえ目をつぶれば抗日ドラマは意外と勉強になる面はある。

 日本ではこういった日中戦争時代を描いたドラマや映画はほとんどないし、あるのは単に個人の生きざまにスポットを当てたようなフィクションドラマだけのような気がする。

 もし日本で日中戦争ドラマを作ったとしてもその表現の一挙手一投足まで中国側から難癖をつけられて、非難ゴーゴーになるのは目に見えてるから、誰も作りたがらないのだろうから余り作られないのだろうという気がする。

 そんな環境に育ってきた日本人の自分にとっては、この抗日ドラマは、あまり気分のいいものでは無いものの戦時中の現実を見る貴重な資料となったような気がする。 

文章疲れに砂糖

 国慶節の連休中、人に頼まれて翻訳だの何だの文章系の頼まれ仕事を引き受けていたら、結構頭がヘロヘロになってしまった。

 文章を書くというのは、翻訳であれ創作であれ結構集中力を要するので、何時間も文章をを書きづづけると頭が相当疲弊する。

 故に自分のための文章などをゆっくり思考する時間も気力も無くなってしまっていたのである。

 そんなわけでブログが10日も止まってしまったが、ヤマを越えたので再開しようとは思う。
 ところで、文章を書く上で脳みそをフル回転させるのに必要なものに糖が必要で、今回この糖に随分助けられた気がする。

 眠いから単に眠気覚ましにコーヒーを飲むときにはブラックでもいいのだが、脳を使って作業をしたい時には糖のエネルギーが必要になる。

 単純作業の場合は、砂糖が入っていなくてもいいのだが、どうしても頭を使って考えなければならない時にブラックコーヒーだけでは目は冴えても頭は働かない時があるのである。

 そんな時は、カロリー云々は脇に置いて甘ーい砂糖入りのミルクコーヒーの様なものを飲むと頭の思考が動きだし、物事を深く考えることが出来る。

 これは科学的にも実証されているようで、脳のエネルギー源は糖であるとされており、故に文章作業のように頭の回転を必要とする場合は糖の補給は必須といって良いようようなのである。

 もちろん、砂糖の取り過ぎはカロリーオーバーや糖尿病などに繋がるし、夜中に飲むと胃に悪影響を与えるので度をわきまえることは大切であるが、血糖値の上昇を恐れすぎると、実は頭が働きにくくなり思考が悪くなるというのが糖と言う存在のようだ。

 それ故に、大人も子供も変に糖分摂取を怖がらず、勉強や仕事の合間に若干の糖分を取ることは実は、能率向上の一つのコツなので無いかという気がしている。