素人な政治家たちを生む日本

 「団扇」だの「観劇費用」だのが原因で日本での現内閣の目玉と言われた女性議員たちが、世間から非難を浴びで火だるまになっている。
 あまり個人攻撃はしたくはないが、法務大臣が公職選挙法違反を問われ、経済産業大臣がお金の処理の問題を問われるという目も当てられない状況になっている。
 以前も「2013年06月16日 気の毒な日本の政治家たち」という文章を書いたが、日本の政治家は、政治家になるのにあまりにも不勉強だし、組織などで鍛えられた経験のない素人な政治家たちが多すぎるという気がする。

 今回の団扇配布問題などは、公職選挙法の想定問答集にまで載っている問題であり、有権者の代表者として立候補するのだからせめて選挙に出る時点で何が違法で何が合法なのか、候補者本人或いは周囲の選挙対策責任者がその責任で自ら勉強するべき内容だという気がする。
 つまりその程度の勉強もしてこなかった候補者が、当選して議員となり今回晒しあげられているわけである。

 こういったことは、本来は公認を決めた政党の方でそういった指導があっても良さそうだが、実はこれもやはり以前にも書いたが、政党と言うのは組織と言うより各地の有力者の寄り合い所帯のような集団であり、日本の民間会社や役所のように明確な上下関係の組織で成り立っている訳ではないようなのである。
 つまり組織形態としてはそこらへんの商店店主が集まる商店会とあまり変わりなく、大まかな行動については全体の総意で動くが、各自の行動は各店主の責任で運営されているような組織形態になっており、候補者一人一人の選挙行動は候補者に任されている。

 そういった環境の中で出てくる候補者であるから、全く組織で鍛えられていなく、勉強をロクにしていない状態であっても知名度だけで地元で有力なら公認候補になる。
 そしてそのまま選挙で票を得て当選してしまったりするわけである。

 兵庫の県議の事件の例もあるが、あんな素人政治家の人間を当選させている日本の選挙制度というか政治体質というのはどうも民主主義のシステムがうまく機能していないような気がする。
 立候補に資格制度を設けろとは言わないが、もう少し候補者が鍛えられた状態でないと国政に出にくい社会の目のようなシステムはあってしかるべきだと思う。

 今の国政には「団扇」だの「観劇費用」だの、素人議員大臣の揚げ足を取っている余裕は無く、もっと時間をとって議論しなければならない課題が沢山あるはずなのである。



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