IT化を支える奴隷的作業

中国でも最近新聞でITという言葉が踊るようになったが、記事を読んでいるとどうもITの本質を理解していない記者が多いことに気づかされる。
 IT、つまりインフォーメーションテクノロジーというのは、情報を電子化することにより、情報を多くの人間で共有化し、必要なときに必要な情報をよりきめ細かな形でいつでも引き出せる、そういった意味で素晴らしい技術だ、、、と多くの人は理解している。

 まあこの意味では、ITへの理解は確かに間違っていない。

 しかし、そういったITのよい面だけを夢のように語る人間は、ITを支える仕組みを到底理解しているとは言い難いと感じる。

 ITは、情報を引き出す部分だけをみれば確かにスマートに見えるが、当たり前のことだがITというのは魔法でもなんでもなく、単なる情報整理の技術でしかないので基本的にはインプットしたものしかアウトプットできない。

 もちろん情報さえあればそれをいろんな角度の切り口で切り出すことは可能だが、とにかく電子化された情報がなければ情報を整理して、エンドユーザーがアウトプットを引き出すことができないのである。

 つまり電子化された情報を引き出すには、情報を電子化する作業が必要になり、よりきめ細かな情報を提供するには、よりきめ細かな情報のインプットが必要になる。

 その情報に要求される「きめ」が細かくなればなるほど情報量は膨大になり、それをインプットするための膨大な作業が必要になる。

 しかもルールを守ったデータ投入が行われなければ、正しい情報も出てこない。 

 故に実はそのスマートさを生み出すためには舞台裏でものすごい努力が必要になるのである。

膨大な資料

画像はイメージ

 例えばこれらを人力でこなすためにはそれこそ奴隷的ともいえる情報処理投入作業が必要になる場合もある。

 業務をIT化すれば業務が楽になると考える人もいるようだが、実はそれは大いなる勘違いであり、むしろ業務量は増える場合が多いと考えて間違いない。

 つまりITという技術は、その技術を生かすためのより多くの情報を必要とするため、それを収集投入するためのコストが必要となる。

 逆に少ない情報に対してIT化コストをかけても意味が無く、大量の情報があるからこそIT化が必要になるともいえるので非常に厄介である。

 故にITをビジネスとして導入しようとした場合は、技術構築の部分のみならず、情報投入の部分に膨大なコストや手間がかかることを忘れてはならないのである。

 そこを忘れてシステムを導入するだけで、IT化が進むと考える人がいかに多いことか?

 さらにiPhoneのようなエンドユーザー端末、つまり情報を引き出す側の技術を手にしただけで、ITが分かったように語る人の姿は非常に滑稽だ。

 まあ技術の進歩そのものは私も否定するものではないが、あまりにも「IT」という言葉に踊らされて魔法のように感じている人が世の中に多いということに危惧せざるを得ない。
 何事も同様だが、スポーツ選手や映画俳優など、素晴らしい結果を見せる人の裏には、そこに辿り着くために他人以上の努力の時間の存在があり、IT技術もその例外ではないのである。



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