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組織に恋々としない姿勢

 件の清武の乱と呼ばれる巨人球団を巡る報道で、昨日清武さん側からのコメントの記事が出ていたが、議論の中身はともかく組織に恋々としない姿勢は素晴らしいなという気がした。

 彼は元いた組織へリスペクトも残しつつ、きちんと過去は過去と割り切った立場で言葉を発している。

 まあ解任された時点の経緯を考えれば当然の姿勢ではあるが、そうはいっても世の中には、組織を離れると言ったはずなのに完全に袂を分かつことが出来ず、組織を離れた後もその組織のネームヴァリューによりかかったり、組織に恋々とした態度を見せる人も少なくないのは事実である。

 かと思えば、組織を離れた後に、都合の悪い時は「私は辞めたからもう関係ない」といいながら、別の場所では「元○○です」と過去の肩書をちらつかせ二枚舌を都合良く使い分ける不届きモノも時々見かける。

 まあ組織を離れた経緯がどうであろうと、離れたなら恋々とせず潔く距離を置いて進むのが袂を分けた相手への最低限の礼儀であるはずなのにそれが出来ないというかわからないのである。

 こういう組織を離れたはず人間の「俺は外から貢献している」という勝手な思い込みに基づく恋々とした中途半端な態度・行動は、実は残った人間にとっては迷惑な場合が多い。

 その意味で読売新聞に一貫して身を置いてきた清武さんが、解任後恋々としない態度で巨人球団と相対せるのは凄いことだなと思ってしまう。

清武パラドックス・マジック?

 今回の日本のプロ野球巨人球団を巡る騒動で、情報発信源と疑われる清武さんがその関与を否定したと報道された。

 そしてその直後に今度は巨人球団の桃井オーナーが、清武さんが「資料は回ってこない」という発言していることについて、「真っ赤なウソである」と批判しているという。

 私はこの報道を見て、あ、桃井さん側が見事引っかかってしまったなという印象を受けた。

 片や巨人球団と清武さんは、去年の記者会見に端を発した清武さんのGM権限を巡って係争中であり、その意味で発言は慎重にならなければならないはずなのに、今回桃井オーナーは勢い余って「清武さんは権限者」であったかの如く言葉を吐いてしまったことになる。
 これはどう考えても勇み足である。

 これに対して清武さん側は今後も引き続きある程度は否定の発言を貫くであろうと思われる。

 すると球団側はその否定をさらに躍起になって否定し、清武さんの当時の権限の強さを叫ぶことになるに違いない。

 しかしこれは巧妙に仕掛けられたパラドックス的罠のような気がするのである。

 球団側が清武さん側の関与を立証しようとすればするほど、実は現在係争中の裁判において巨人球団側は不利になっていく面があるからである。

 つまり球団側そのものがもともと矛盾を大いに含んだ状態であるため、叫べば叫ぶほどボロを出していくことになるのだが、さりとてこのまま否定せず放置するわけにもいかない状態が球団にあり、これらの矛盾が今後球団をどんどん追い詰めていくことになろう。

 もし、これらが清武さん側の意図で計算づくで動いているとするならば、物凄い清武マジックというほかあるまいが、さてさて果たしてどうか?

どう転んでもナベツネさんの負け

 例の巨人軍内紛問題で巨人軍と読売新聞社が清武さんを訴えたというニュースが飛び込んできた。

 まあこの内紛劇、今後清武さんの側からも訴訟を起こすことになっているようなので訴訟合戦となるのは間違いなく、いよいよ闘争は法廷の場に持ち込まれることになるようだ。

 ただまあ、今回それぞれの訴訟内容が微妙にずれているので、それぞれ2つの裁判で別の結論が出る可能性もあり、さらに裁判上の結論というのは手続き論の問題であるので、勝ったほうに正義があるのかと言えば必ずしもそうはなっていないのが日本の裁判のような気がする。

 特に事の発端となった巨人軍GMの人事権限について言えば、裁判の結論がどっちに転ぼうともナベツネさんの負けであることは明確である。

 何故ならばGM制度というのチームの編成権の責任を一手に負うのがGM制度であり、そうでないならばGMではないからである。

 つまり一般的なGM制度ではGMが決めた人事はオーナーといえども覆せず、もし覆したければGM自身を換えるというのがGM制度の基本であり、その観点から言えば清武氏の主張が正しいことになる。

 逆にもし、巨人軍側が社内規則を盾にGMという役職にそこまでの権限を与えていないとして今回のようにナベツネさんや本社の介入をOKとする解釈をするならば、ナベツネさんの側は何も本来のGM制度を理解していないことを露呈することになる。

 あるいは名前だけ恰好だけ言葉だけのGM制度をつくったことになり、本質的には何も変える気が無く単なる見栄を張るためだけの形だけのGM制度を作ったという志の低さを露呈することになる。

 故に今回の裁判で巨人軍の中でのGM制度の位置づけという論点になった場合、具体的にGM権限の記載が規則にないという時点でナベツネさん側に理があるという結論が出る可能性があるが、これは同時に逆にその時点でそんな意味のない役職をGMと呼んで立てていたことが確定することを意味し、ナベツネさん側の自己矛盾を露呈するのである。

 よってこの論点での争いは裁判でどっちの結論が出ようとも、争った時点でナベツネさん側は愚かさを露呈することになり負けは決まっているのである。

 ただまあ繰り返しになるが日本の裁判というのは理屈の中身ではなく単なる法律上の手続き論の中での争いになる場合が多く、名誉棄損とか、実は本来は本質から外れた理屈が手続きの上で勝ってしまう可能性もあり、外部から見ればおかしな結論がでる可能性もある。