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負の配分の時代

 先月日本の衆議院が解散して明日から総選挙モードだが、ネットを通して日本を見ていると、よくもまあこんなに沢山の政党が出来たものだとこの乱立状況にはびっくりする。

 そして主張も色々である。

 まあこのタイミングで特定の政党をどうのこうの言うのは避けたいが、一つだけ言えるのはどの政党が政権をとっても、バラ色の未来はまず描けないことは確かなような気がする。

 つまり日本にはそれだけお金がなく既に借金はほぼ限界まで積みあがっている。

 ある人が言っていたが民主党政権の最大の失敗は埋蔵金が出なかったことだと言っていた。
 全くもってその通りで、仕分け作業などそれなりに取り組んでいた面はあったものの、結果としてその埋蔵金はほとんど出ず、新たな財源を見い出せなくなった民主党は政権交代前に語っていた政策がほとんど実現できず、逆に財源不足で消費税アップの負担要求の方針となれば、今の国民から嘘つきだと言われる状況も当然とも言える。

 まあそこで民主党としては法律は通したが実際の消費税引き上げ実施前に今回の総選挙で「信を問う」ということになったのが今回の選挙である。

 しかしここで頭に置いておきたいのが、今回この選挙で再度政権交代をしようが現政権が継続しようが、日本の財政が厳しいことには変わりなく目の前には巨大な国債の債務が残っているのが現実だということである。

 しかも現在の日本の人口状況や国際経済の関係から言って日本の経済や税収が今後もほとんど伸びないというのは明らかな状況であり、少子化状況などがすぐに改善したとしても、財政にリターンできるまでには最低20年はかかるのが日本の現状である。

 故に現在のこの負の負担の配分をどうするのかが、今回の総選挙の本当のテーマなのかなという気がする。

写真はイメージ

写真はイメージ

 例えば今回問われている消費税というのは国民全員で負の負担をしましょうという提案で、平等といえば平等な面はあるが、1円足りとて負担をしたくない国民からすれば嬉しくない負の分配となる。

 またJ党の提案している日銀の国債買い取り(買いオペで)の案による財政出動は、目先のキャッシュは増え国民の負担はないように見えるものの、実際はカードローンの限度額を増やすようなもので、うまく活用しリターンが戻るような運用をすれば有効な面はあるが、少なくともすぐに国民の借金は減らず寧ろ増えるわけで、結局は後の世代へ負担を押し付けるものだと言う事も出来る。

 また公務員を減らして人件費を減らし財政に余裕を作れと言う意見もあるが、国民の一定割合が公務員になっているという現状がある以上、公務員枠を減らすということは若者世代から職を奪うというしわ寄せを押し付ける構造になる可能性があり、つまり世代間格差を生むわけで、所得税収入という意味でも決してプラスにはならない。

 また単に公共工事を減らすというのも、公共工事で仕事を得ていた人の収入を減らすという負担を押し付けるのと同じことで、その人が失業して生活保護受給者に回る可能性も十分にあり、公共工事を減らせば国の財政が改善するようなそんなに単純な話ではない。

 さらにその生活保護者や外国人に対して保護を減らし負の配分を押し付けろという声もあるが、適正化は必要な面はあるものの、まあ社会全体が厳しい中で人道的な面を含めて実質的な効果の面で財政再建の切り札になるというものでもない気がする。

 ましてや国会議員の歳費削減や定数削減など、有権者の不満のガスを抜くパフォーマンスにはなっても実質的な財政規模からすればほとんど焼け石に水である。
 寧ろ議員歳費削減により賄賂になびきやすい政治家を産む危険性や、有権者の1票の価値の減少、つまり国会や国政に届く国民の声1人当たりのパイプが小さくなるわけであり決して良い事だけではない。

 まあ今回有権者がどういった判断を出すかわからないが、税金を減らしますだのあれこれを国民に与えますなど、利益配分を語る政治家については、その根拠や財源をよく確認したほうがいい。

 要するに利益を配分しようということは、どこかに負の負担を押し付けることになる可能性が高く、それを恣意的にやるか全く理解していないかのどちらかでしかないということになり、その政策のさじ加減によっては利益を求めたつもりが有権者自らが割を食う可能性があるだろう。
 例えば親が世話になる福祉施設は出来たが、その影響で子供が就職できないという可能性はあるのである。
 また子ども手当はもらったが公共工事が無くなり親は失業したなんてことも笑い話ではない。

 つまり原則として新たな借金か負担の押し付けが無ければ新たな優遇や利益配分はもう生まれない。
 それくらい国家の財布は無限ではないことを国民は自覚しなければならない時代になっている。

 むしろそういった新たな利益配分の話より、現状の枠の中で知恵と工夫によって新たな道筋を生み出そうとする人、そういった政治家を探して見たい。
 
 さて投票、果たしてどうするか。。。。

現実から逃げているだけじゃないか?

 日本の消費税政局が大詰めを迎えている。

 小沢さんが率いる一連のグループが、消費税採決を巡って反対票を投じ、離党して独立し、新党を結成しようとする動きがあると報道されている。

 まあ、増税の法案など確かに国民から見て嬉しくない法案であり、個人的にも素直にハイ賛成だと言えるものではないから、国民に負担をかける増税案には賛成できないという意見は理解できる。

 しかしである。

 国の財政が逼迫しているのは一つの紛れもない事実であり、それに対して何らかの手を打たなければギリシャどころではない状況が迫りつつあるのが日本の現実である。

 個人的には決して消費税増税という選択がベストだと思わないが、何も手を打たないで対応を先延ばしできる時間的余裕は日本にほとんど残されていないのも現実である。

 そんな中で、消費税増税という選択が現時点で実行可能な手段ならば実行するしかないというのが野田首相の判断であろうし、党が壊れるとか壊れないとか、そんな小さなところを言っていたのでは国は守れないという危機意識が無謀とも言える与野党合意での採決強行へ走らせたのであると思う。

 実際、税と社会保障の一体改革という言い方でオブラートに包んではいるものの、年金などの社会保障制度が破綻寸前であることは現実であり、それを救うための今回の増税判断であることは明らかで、それが故に社会に対して破綻寸前だと大きな声を出してはっきり言うのは社会不安を煽るから言いづらいというのが、なんだか増税理由がはっきり言われない事情のような気がする。

 こんな状況の中での今回の小沢さんたちのグループの動きはいささか無責任な気がする。

 国民に負担を強いる消費税増税という方法に反対する意見はそれはそれで理解するが、ならばこの現実の中で、それに立ち向かえる“何か”を別に示さなければならない。

 つまり増税に代わる財出削減策でもいいし、件の埋蔵金による増収策でもいいが、10兆の増税に代われる1兆でも2兆でも財政的な改善手段を示す必要があり、増税に反対するならそれなりの将来的な道筋案が必要だ。

 果たして、彼らはそれを掘り出す努力をしてきたのだろうか?

 野田首相が半年間増税を唱え続けてきた間にそれに対抗する財政改善策を探る時間は十分あったはずであるが、今回の彼らの行動は反対するだけでどうもそれが見えない。

 どうも全体の現実を見ているというより、目先の選挙対策の行動しか考えていない自己保身的行動にしか見えず、国民の為というより選挙のための有権者に対する自分の映り方ばかり気にしての反対行動に見える。

 本来はもし小沢さんたちが本気で反対するなら、本気で野田さんを説得するべきであり、党を割って独立などという行動は実は現実から逃げているだけじゃないかという気がする。

 先日、突然小沢さんの妻の手紙というものが出現したが、あの中で小沢さんが放射能が怖くて逃げたという件があるとされている。

 あの手紙が本物かどうかは定かではないが、本物だとするならば実は小沢さんという人は、勝てる勝負しかせず、競り合う勝負からすぐ逃げるタイプなのではないか、これまでの政局行動などから考えるとどうもそういう気がする。

 今回、自分の考え方があるなら逃げださず真っ向から勝負し相手を説得するべきだと思う。

財政改革に対する期待の誤解

ここ数年、大阪や国内で大阪市のH市長が人気のようである。

 歯に衣着せぬ物言いと行動力が人気のようで、知事時代の財政赤字に対するバッタバッタと行動した対応が庶民に受けているようだ。

 まあ長年の累積した赤字は膨大で、それに手をつけなければ破綻が見えていたから行財政改革を断行するのは決して間違いではないし、そこに府民や市民が期待することは間違っていない。
 
 しかしである。

 その期待には大きな誤解が混じっていることも事実である。

 恐らく、支持者たちの期待には行財政改革が進めば自分たちの暮らしも楽になる方向へ向かうだろうという希望が混じっていると思うが、それは全くと言っていいほどの誤解だということになる。

 自治体の財政改革を単に進めるだけでは、むしろ庶民の生活にとってはマイナスはあってもプラスになることは考えにくいのである。

 何故ならば自治体の財政改革を進めるということは、即ち財政支出が減るということであり、財政支出が減るということは、その減らされる名目が人件費であれ、公共事業費であれ、補助金であれ、とにかく府や市のエリアに対するお金の支出がなくなり、そのエリアでお金が流れなくなることを意味する。

 もちろん働きの悪い公務員や議員に払う給料などはカットされるべきものと考えるのは当然だが、例えロクでもないと思われる人々に払われる給料であっても、その人が生活をしスーパーや買い物をし飲食店で飲み食いする費用が地元に落ちているならば、その分だけ地域経済へお金が流れているわけで、それをカットすることは地元への経済流入がその分だけ無くなるということを意味する。

 それだけ自治体財政と地域経済は繋がっているのである。

 例えば100億円という金額を自治体がカットすれば、単純に言って100億円が地元に落ちなくなるということを意味する。

 当たり前だが、このような単純カットを行なえばその自治体の財政はよくなる反面で地域経済は悪化することになる。

 民間企業の社長ならば、自分の会社が黒字になればそれで十分で優秀な社長という評価になろうが、自治体の長となるとそういうわけにはいかないのである。

 もし財政支出を100億円カットするならば、財政支出以外の方法で同様の規模のお金が地域で動くような施策を取らなければ、その地域の経済は結局悪化することになる。

 このような単純カットはある意味どんな馬鹿な政治家でも出来る単純な施策で、それだけで世の中が良くなるようならば政治家は苦労しないし、最初から財政赤字など積み重ならないはずなのである。

 世の中をなんとか良くしようと補助金などの財政支出に頼った施策を積み重ねた結果出来上がったのが今の財政赤字なのであり、もちろんその中には議員たちの誰かが私腹を肥やすための下らない支出が混じっている可能性があるにしろ、財政赤字になってしまった経過にはそれなりの正義の看板があったはずである。

 それを自治体が代替策なしに一方的に財政カットのみを実施することは、ある意味地域に対する自治の放棄であり、無責任ともいえる行動となる。

 そんな対応施策が見えてこない中で、目に見えて分かりやすい結果として財政カットの数字を見せて行動力をPRする彼らに対して、我々の生活向上への根拠のない期待感を膨らませるのは誤解であり危うい気がする。

 ところでこのような視点で見れば現在野田さんやろうとしていることは理解できなくもない気がしている。

 世論は増税をする前に無駄な支出を減らせと叫ぶ声が大半だと思うが、その中身が無駄であろうがなかろうが国の支出を減らせば上述の論理でその分だけ国内にお金がまわらなくなるわけで、その分だけ青色吐息の日本経済には直接的な打撃を与える。

 ならば実際にお金を動いている部分から救い上げる消費税ならば、経済にそれほど大きな悪影響を与えずとりあえず財源を確保することができ、財政改革を進める余裕がそこに生まれる。

 ここに少し余裕が生まれれば、経済への影響を考慮しつつ代替施策を探しながら財政支出を減らす時間的余裕も生まれるであろうが故に、野田さんは敢えてそういう選択肢へ進もうとしているのではないか、H市長の空虚な躍進を見るに連れ、最近そのように感じるようになった。

 消費税の問題は選挙時のマニュフェストが絡んで、道義的問題でなかなか進めにくい問題ではあろうとは思うが、ギリシャやフランスの選挙結果を見ても分かるように個人の利益だけを欲しがる選挙民の行動というのは意外と無責任だなというのが率直な感想で、そういう面で言えば野田さんは敢えて憎まれ役や道義的違反を承知で進もうとしている姿に本気で国を建てなおそうとする覚悟が見える気がしている。

 まあただ今の内閣の東電の扱いはかなり異論があるので野田さんの施策なら何でもOKというつもりもないのだが、、、