気功を理解する。

知り合いから気功の先生を紹介されたので、試しに参加してきた。
たった2時間ではあったが、結構面白い時間を過ごすことができた。
まあそれだけでもう理解したというのはあまりにも早計ではあるけれど、
気功は体に良いものであるということは理解できた。

気功の先生は「気」という言葉で表現していたが、まあ「気」といってしまうと非常に抽象的でマヤカシ的な匂いがしないではないが、これを神経と置き換えてみると非常に西洋医学的に理解ができる。

 簡単にいうと、気功でいう「気」とは神経細胞の活性化のことだと思われる。私なりに気功を理解すると、気功とは経絡など体中の各部位をそれぞれ意識することによって、その部位の神経細胞を活性化させ、体そのものが従来持っている病気を治す免疫力を高めることが出来るのという理屈になる。 
 本当に脊椎の中まで神経細胞を活性化させることができるのか科学的に検証できているのか分からないが、意識を脊椎の部位に集中させることにより、脊椎の中の神経をも活性化させることができるということになる。
 神経を活性化させるということは、人の体の生命を健康に維持しようというベクトルを持つ細胞を活性化させることになり、それが実際に体を健康にむかわせる。
 こういった体のサイクルを意識的に強める行動が気功ということになろう。

 こうやって考えると、気功というのは形式的な運動を真似ただけでは駄目だということになる。
意識の集中が大事なのである。極端な話で言えば、体を動かさなくても意識を集中できれば気功は成立するであろう。
 もちろん、体を動かすということそのものが血流を促し、神経を働かせるということになるので、動きも非常に大事になる。

 そういった神経の集中や血流の動きを経験則的或いは中医学的に、効果のある体の動かし方としてまとめたものが、現在ある気功というものであろう。
私はそう理解した。

もちろん気功の先生は「気」だの「心の目」だの抽象的な言葉を使い説明をするので、魔術的な匂いがしてしまう。故に世間的な気功の評判には結構怪しさが付きまとう。
また外部の人間からは「体のどこここがこう痛いのですが気功で治りますか」という魔法を求めるような質問がよく出てくる。
 それを気功的に言えば治せるともいえるのだが、実際には自分の体が自分自身で治すことを促すだけなのであって、気功という魔術が体を治すのではないことは理解するべきであろう。

 世の中には気功を語り、病気が全て治るなど宗教まがいなことをやったり、それを通じて詐欺商法や犯罪まがいのことを行う人もいるので注意が必要だが、理解を間違えない限り気功は体に良さそうである。

時間の許す限り今後も参加しようと考えている。



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