茨城空港と独立意識

 先日、茨城空港の開港に関して反対意見があるとブログに書いたが、これは茨城県民が自分の県をどう位置づけているかと考えていることに拠る部分が非常に大きいと思われる。

 つまりどういうことかというと、茨城県を一つの独立した地方県あるいは北関東の一地方と捉えるか、東京に属する首都圏の一部として考えるかによるところである。

 東京に対する独立心が強ければ、たとえ同じ関東内に羽田、成田という2大拠点空港を抱えたとしても、そのアクセス性の悪さを理由にどうどうと空港の必要性を訴え、東京ではない茨城県として、他の地方、関西・九州・北海道と向き合うためのツールとして空港を持ちたいと考えることは不思議ではない。

 特に県という機関は、その組織は他県と対等であるため県としてどうしても独立性の強い考え方を持つことになる。

 しかし、今回の反対派の県民の意識の大半はそうではないと思える。

 つまり茨城県を東京首都圏の一末端と捉えているのである。

 県の南部は完全な東京への通勤圏であり、県庁所在地の水戸の求心力はそんなに高くなく、意識は完全に東京に向かっている。

 独立のラジオ局はあるが、日々の生活は完全に東京発信のテレビを見て過ごしており、意識文化は東京圏の一部となっている。そんな県民に外国人にあなたはどこに住んでますかと聞かれたら、迷わず「東京の近く」と答えるであろう。

 それでなくても普段から東京に異常に関心の高い県民性で、女子高生の流行は渋谷の次に水戸へ派生すると言われたり、映画「下妻物語」にみられるように東京へ憧れが強く、かつ従属意識の高い県民性・地域性である。

 そんな茨城県に新しい空港を作るといったところで、「首都圏の地元にはもう2つも空港がある」という反応になるのである。決して今まで茨城には空港がなかったとは言わないのである。

 その辺の県民性を理解してからなのか、昨年空港側も戦略転換を行い、英語表記として「トウキョウメトロポリタンイバラキエアポート」という東京への帰属性を意識した名前をつけた。

 つまり茨城空港は一地方空港ではなく「東京の空港」であるとの主張である。

 この名前に関しては国内からは「長すぎる」とか「茨城は東京か?」とか反対の声がたくさん出ているが、ローコストキャリア(LCC)向けセカンダリー空港としての差別化を行い、意義付けを持つことによって、茨城を東京圏の一部と捉える人に対してはそれなりに有効であったようで、空港に対する意識変化が見られている。

 つまり地元の空港は要らないが、東京の空港としてなら引き受けても良いという、東京から価値を認められたいという県民性が強く作用して空港受け入れに前向きな反応が出てきたのである。

 それは県内だけでなく、同じ首都圏内からも同様の反応が増えてきており、私も印象を変化させた一人である。

 まあ他人本位の評価で左右されてしまうのはちょっとな情けない気もするが、個人的にはそれで空港が無事それに開港にこじつけてくれるならよしとしたい。

 選挙の行方によっては空港の開港等に影響があることも予想されるが、茨城県の空港ではなく、首都圏の空港として「海外で働き千葉県に家がある私」からも是非空港の開港を歓迎したい。



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