Tag Archives: 西洋

都市化が生む中国の長寿

 クリスマスというのは言うまでもなくキリストの誕生日ということになっているが、まあ現代ではそんな宗教的な意味合いを忘れて単に季節イベントになっている場合が多いような気がする。

 誕生日と言えば、先々月だったか中国の長寿都市ランキングという記事を目にした記憶がある。

 それによれば長寿都市はたしか1位香港、2位北京、3位上海、4位青島、5位大連のようだった気がしており、大都市が軒並み上位を占め、しかも外国人が多い都市が並んでいる。
 具体的には香港が80歳以上と頭抜けており、それ以外は70歳前後、TOP10より下は60歳台前半まで落ちてしまい、かなり差があったと記憶している。

写真はイメージ

写真はイメージ

 これらを見て各上位都市に特有の長寿法があるんだと述べる者もいるが、この上位都市の共通点を考えればそれは明らかに根拠を得ていない間違いであることが分かる。

 これらの都市の共通点は、大都市であり外国人が多く外国人のための高度な西洋医学の医療設備、医療体制が整っていて、その派生で高度な医療環境が集まっている場所と言える。

 まあ具体的な数字データなどは持ち合わせていないため、あくまでも推測の範囲でしかないが、病院の衛生水準や医薬品基準などが駐在する外国人の要求によって引き上げられれば、自ずと市中の一般病院にもその影響が波及していくのも明らかであろう。

 また市民レベルの医療知識も同様に普及が行われれば、レストランなどの衛生改善が行われ、健康を阻害する要因が取り除かれるであろうことは想像に難くなく、外国の影響を受ない地方都市より衛生状況が遥かに良くなるのは当然のことなのである。
 こういった点が長寿上位都市とそうでない都市を分ける要因となっていると推測できる。

 また都市化は高齢者が自立した生活を送れるという社会的生活環境要因も作りだし、それが長寿化をもたらしているとも言える。

 例えば都市化による核家族化というのは、若者世代だけではなく高齢者世帯にも同様のことが言えるわけで、子供世代が独立した後の高齢者は子供に依存することなく生活をする必要があり、その自立した生活が高齢者の生活意識を保ち長寿をもたらしていると推測できるのである。

 もちろん、それを支える都市的環境、例えば定期的な健康診断体制だったり、地下鉄やバスなどの便利な公共交通網、さらには日用品のデリバリサービスなどが高齢者でも自立した生活ができる環境があって初めての自立であり、やはりこれらは都市化が生んだ賜物でしかなく地方都市ではなかなか全てが成立することは難しく、高齢者の自立は容易でない。

 無論、高齢者世帯の自立は長寿化と同時に孤独死などの表裏一体の社会問題ももたらす可能性があるわけで、長寿ばかりを喜んではいられない面はある。

 いずれにしろ、同じ国の中で上記のようにTOP5の都市とそれ以外の都市の平均寿命の差が10歳近くもあることは、長寿と都市環境の関係を考える上で非常に分かりやすい状況にあり、是非詳しい研究分析が待たれるところである。
 

文化遺産にすがる中医学の価値?

 ちょっと前のニュースになるが、中国の伝統的学問とされている中医鍼灸が人類無形文化遺産リストに登録されたというニュースが流れた。

 中国国内のニュースではこのことに関して、これで中医薬の世界的普及に拍車がかかると喜んでいる向きもあるようだが、私としては「はて?」と思う。

 文化遺産に指定されて、世界的普及??

 物凄い論理の飛躍に笑ってしまう。

 そもそもよく考えてみて欲しい。
 認定されたのは「遺産リスト」である。
 動物で言えば絶滅危惧種と指定されたのと同じようなものである。

 つまり、放っておけば滅んでしまうかも知れないから皆さんで後々まで大事に保護しましょうというのが、この世界遺産のリストの趣旨である。
そんなところに自ら申請するなんぞ、私たちは競争力がないから皆さんで守ってくださいとすがりついて頼み込んでいるように見える

 よく西洋医学と東洋医学、あるいは中医学などという対比の言い方をされ、西薬と中薬はどっちが良いかなどという話題も中国国内では良くされる。
 しかし、そもそも人の命や健康を考えるという意味において医学に西洋も東洋もあるはずもなく、それをことさら強調して差別して競争意識を働かしているの中医学のほうである。
 
 それに加えての今回の文化遺産申請である。

 中医学に関わる人たちは今回の認定を世界に認められたと喜んでいるらしいが、果たしてそれはどうなんであろうかと思ってしまう。

 私から言わせれば、世界的普及どころかもうすぐ滅びそうだと認められてしまったのが今回の認定であるような気がする。

 もしそれを喜んでいる人たちがいるのなら全くおめでたい頭としか言いようが無い。

 よく考えてみて欲しいが、現在西洋医学とされている分野を学んでいる人間が、自分の学んでいる医学を後世まで残したいから「人類無形文化遺産リスト」に申請するといったらどう思うであろうか?

 特に先進の研究分野にいる人間は、そんなカビの生えそうなレッテルを貼らないでくれと思うのではないだろうか?

 日々進歩している医学の分野においてそんな時間が止まったような評価は必要なく、寧ろ邪魔だと思うような気がしてならない。
そんな無意味な保護をされなくても医学の分野は成長を続ける、そう考えて日々研究開発に切磋琢磨しているに違いない。
 (もちろん研究開発費は必要だろうが、、)

 私自身は中医学といわれている分野の考え方についてそれ自体を蔑むモノではないが、世界遺産という大義名分にすがりつき、それを権威主義的に名誉を振り回す人々の勢力の姿には退廃的な印象を感じてしまう。

 まあ今回の遺産リスト申請には、韓国医学との東洋医学の宗主国争いの中に生まれた産物といった面もあるようだが、結局はそれ自体がナンセンスである。
 そんな過去の起源で争っているようでは結局未来の進歩は無く、それこそ保護されなかったら滅んでしまうだけである。

写真はイメージ

写真はイメージ

 もし現在の西洋医学の社会の中でそんな過去の起源をやっきになって争っていたら、きっと笑われてしまうであろう。
 そんな中医学などという言葉にアイデンティティを感じすがっている暇があったら、もっと人の命そのものに真剣に向き合って欲しいものである。

 中医学の看板や権威にすがるといったそんなアマチュア根性を、どうも今回の世界遺産申請には感じてしまう。
 そんなアマチュアな人々に果たして人の命が守れるのだろうかと現在の中医学関係者の姿勢にはどうも疑問を感じざるを得ない。