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空振りする中国

最近バスの中で放送されている宇宙遊泳の成功の放送がどうにも鼻につく。

宇宙遊泳の成功自体は否定すべきものではないのだが、どうにもその成功に素直に驚愕できない。
というか数十年前のテレビ放送のコピーを見ている気がしてならない。子供のとき見たアメリカの宇宙船の映像そのままの姿を単に中国版に置き換えただけのように思えてしまう。気のせいか映像のアングル・構成までそっくりのような気がする。

 あまりにも出来すぎの映像に、つい先日のオリンピックのCG映像問題を思い出し、今回の宇宙遊泳も良くできた特殊撮影映像なのではないのかと疑いたくなってしまう。
 まあ映像の虚偽はともかくとして今回の宇宙遊泳のみならず、聖火リレーのチョモランマ登頂やオリンピックの金メダルへの異様なまでの執着など、中国が偉業と自慢するほど、どうも世界の各国はしらけていくような気がしてならない。

 つまり、中国の国家が自慢している国家発展のテーゼというのが非常に古いのだ。
オリンピック、宇宙開発、新幹線、高速道路、航空機開発、ダム開発、etc。全て欧米諸国や日本が1960年代70年代に追いかけていたテーゼである。

 欧米諸国が持っていたこれらのかつてのテーゼは、2度のオイルショックなどの経済危機を経て、既に過去のものとなっており、今は環境や安全、はたまたガイヤ理論など、過度な発展を抑制するテーゼが支配的になっていて、現在中国が目指しているタイプの開発テーゼは、いまや欧米諸国にとっては過去の失敗として反省すべきアンチテーゼとして存在しているものである。
 にもかかわらず、今更ながら中国がこのテーゼに一生懸命になっているので世界はしらけてしまうのだ。

 確かに、中国はかつて政治的混乱やその巨大さ故に、欧米諸国の発展の潮流に乗り切れず来たので、経済発展という意味では遅れてしまったのは事実であり、世界に比肩するために、その成功をなぞらえたくなる気持ちはわからなくは無い。

 しかしコピーの成功をいくら続けたとしても、いつまでたってもコピーはコピーのままである。S級スーパーコピーのブランド品のように、その価値がオリジナル品を上回ることは永遠にありえないのである。

 早く世界のテーゼに追いつき、オリジナルの価値を生み出さなければ、この国が世界から賞賛される時代はやってこない気がする。

右手を使わない上野選手のこだわり

ラジオの記者が伝えていた話だが、豪腕で日本に金メダルをもたらしたソフトボールの上野選手は、普段の生活ではほとんどその利き手である右手を使わなかったそうだ。
聞くところによると、会社のお偉いさんから握手を求められて右手を差し出されたときに、左手で差出し返したという。握手で下手に強く握られるなどしてつまらない刺激で右手の筋肉や指先の感覚を狂わされるのを恐れていたようである。

 それほどまでにして、守らなくてはならないほど彼女にとっての右手は大事で、つまりそれは彼女のオリンピックの金メダルへのこだわりの証であった。こういった日常の生活からソフトボール最優先で生活をし続けきた結果が結実して今回の金メダルとなったようだ。

そういう面では、比較して申し訳ないが日本の野球に関して言えば、決して手を抜いているわけではないが、熱さの面でソフトボール女子や対戦相手の韓国ほど、金メダルへのこだわりが足りなかったのが今回の結果のように思う。
 皆がオリンピックの金メダルを目指す中、やはり想う心が一番強い人やチームが、頂点に立つのだと思う。

そういう意味では、政治的な要因で世界から叩かれながらも、自国開催のオリンピックに純粋に集中してきた中国選手が、金メダルの数で圧倒しているのは至極当然の結果とも言える。
 この上野選手のこだわりがもたらした結果に我々にも見習うべきところがたくさんある気がする。

神様、仏様、上野様、オリンピック史最後の試合

ソフトボール日本代表が悲願の金メダルを獲得した。
優勝おめでとう。上野選手の活躍は凄いにつきる。
一昨日から昨日の二日間で、三連投、イニング数で言えば4試合分の投球で投球数413、彼女がいなければ金メダルはおろか、銅メダルでさえ危うかったかもしれない。彼女の執念が引き寄せた金メダルといって過言ではない。
 彼女の獅子奮迅の活躍を見て、かつての野球の日本シリーズで3連敗の後4連勝した西鉄ライオンズの稲尾和久や4連投4連勝で日本シリーズを制した杉浦忠のことを思い出した。
この2人の活躍は私の生まれる前の話なので、話にしか聞いたことが無い伝説だが、今回の上野由岐子選手の活躍はまさにそれに匹敵するか、彼らを凌ぐ伝説的な試合であるような気がする。それだけ彼女の活躍には圧倒された。
今回の柔道や水泳の北島選手の金メダルも印象的であったが、団体競技での金メダルは団結して奪い取ったというまた格別の味わいがある。

 対戦成績で二勝しているアメリカが、最後に一つ負けただけで優勝を持っていかれるなんてアメリカチームがかわいそうだとの声もあるが、予め決められたルールに基づいて日本は勝ちあがっただけで、なんら恥じるところは無い。
 優勝決定の方式が違えばおのずと戦い方も変わってくる。例えば予選のアメリカ戦は捨て試合とまでは言わないが、エースは温存で落としても構わない姿勢で、二番手の坂井選手を登板させたのである。
 結果コールド負けとなってしまったが、どんな負け方であろうと一敗は一敗でしかなく、予選リーグは2位まで入れば1位のチームとほとんど同じ待遇なので、2位に入れれば構わないのである。そういう意味で今回の日本は、ルールを最大限利用して勝ったことになる。
 もしこれが一回負けたら終わりのトーナメント方式であったならば、日本も最初からエースを登板させ必勝体制で戦うはずである。

 ところでもう知れ渡っていることであるが、次回のロンドンオリンピックではソフトボールは実施競技から外されることが決まっている。つまり日本チームにとっても、アメリカチームにとっても、この試合はオリンピック最後の試合なのである。2016年に復活する可能性は残されているが、もし復活したとしても今から8年後では今回出場した選手のほとんどは現役を退いている可能性が高い。
 従ってこの試合に出場している選手にとってはほぼ最後の晴れ舞台なのである。そういった意味では、今回日本が勝ち金メダルで、アメリカが破れ銀メダルであったが、次の挑戦という目標を失ってしまったという意味では選手にとっての寂しさは平等である気がする。