自動改札機における性善説と性悪説

 先日、日本の駅の自動改札の写真を見る機会があって、改めて気づいたことがある。

 それは日本の自動改札機というのは、基本的にゲートが開きっぱなしのものが多いということに気が付く。

 もちろん、全ての自動改札機で開きっぱなしなわけではないが、記憶を振り返ってみても少なくともJRの自動改札機は開きっぱなしのものが多かったような気がする。

 それに対して上海の地下鉄の自動改札機、というか世界のほとんどの改札機はゲートが閉じっぱなしなのではないかという気がする。

南京の地下鉄の改札口

 ほんのちょっとの違いだが、同じ自動改札機なのにこの差はちょっと不思議である。

 まあ普通に考えて、この開いているか閉じているかの差は、乗客に対する性善説と性悪説の考え方の差のような気がする。

 日本の改札機は、性善説で基本的には不正をする人がいないという発想で、不正な通過をしようとした者だけゲートが閉じて警告が鳴る仕組みになっているのである。

 逆に閉じっぱなしの改札は、開け放しておくと誰でも不正に入場してしまう恐れがあるから、許可(つまり正規の切符)のある者だけ通過させるという性悪説の発想で作られているような気がするのである。

 つまりいずれにしても不正乗車を許さないという機能では同じであるのだが、運営者側の乗客に対する意識の差がそこにあるということになる。

 中国に暮らしていると基本は性悪説の前提でなければ、何事も危なっかしいのというのは確かに分かるわけで、世界のほとんどが閉じっぱなしということは、世界の多くの鉄道運営者は性悪説で乗客を見ているということになる。

 ところで、不正乗車を許さないという意味で双方の自動改札機は機能が同じだと書いたが、よくよく考えるとこの性善説と性悪説の自動改札機は、その機能を比較すると決定的な違いがあることに気が付く。

 どこが違うかと言うと、ノーアクションで通過しようとする者に対する反応が違うのだ。

 つまり開きっぱなしの改札は、切符も何も出さずノーアクションで通過しようとすると途端にゲートが閉まって、それでも通過しようとすると、警告音が鳴る仕組みになっている。

 それに対して、少なくとも上海の地下鉄の自動改札機は、使えない切符などを入れた時はともかく、ノーアクションで通過しようとした時に警戒音が鳴るような仕組みになっていないようなのだ。
 
 つまり閉じている改札はノーアクションで通過しようとしてもゲートが開かず通れないだけの状態となっていて、物理的に通れないはずなのだから、警戒音を鳴らす必要がないという考え方のようである。

 もちろん、その物理的な状態に素直に従えばゲートを通過できないが、不正をする者はそのバーを潜ったり飛び越えたりするし、そういった不正通過があっても、警戒音が鳴らなければ誰にも気がつかれず、まんまと目を盗んだということで終わってしまっているのが現状ということになる。

 いずれにしてもその閉じている状態のゲートを乗り越えて不正に入場する人は日中とも結構いる。

 しかし警告音が鳴るか鳴らないかでは、不正通過者に対するプレッシャーが違うであろうという気がするし、やはり音が鳴った方が不正をするのにも覚悟がいるであろうから、警告音は鳴った方が不正抑制に効果があると考えるのが素直な考え方という気がする。

 つまり、性善説の改札機は不正者を見つけられるし抑制の意識が働きやすいが、性悪説の改札機は不正者を見逃す可能性が高いということになる。

 たったわずかな差かも知れないが、この自動改札機の差は性善説と性悪説を比較する意味でもかなり興味深い。

 原掲載



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