広告塔戦略

 サッカーの元日本代表監督のトルシエ氏が深センのクラブチームの監督に就任したとのニュースが流れた。

 当のトルシエ氏は、チームの実力を鍛え上げるために呼ばれたつもりでオファーを受け入れたと思われるが、クラブ側にどこまで本気でチームを強くする気があるのか少々疑わしいようなニュースが伝わっている。

写真はイメージ

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 まあ、一流のシェフさえ連れてくればレストランがオープンできると思っているような単純思考をする人の多いこの中国であるからゆえ、監督さえ優秀ならば成績がすぐ上がるとクラブのオーナーは思っているのかも知れないし、世界のサッカー事情やレベルを全くわかってなくてただ単に有名な彼を呼んだとも考えられる。

 しかし実際は彼を呼んだ一番大きな理由は広告塔の役割りを彼に持ってもらうということであろうことは想像に難くない。

 トルシエ氏のようなアジアでそこそこ有名な監督であれば、チームが強くならなくてもいるだけで十分に広告塔の価値はある。

 彼がいるだけで、日本からの取材は確実に増えるだろうし、テレビ中継も入って放映権料なども収入も増えるかもしれない。
 そうすればクラブの財政事情もよくなり本当にいい選手も獲れ、実際にチームも強くなるかも知れない。

 そういう広告塔の意味として投資したのが本当のところなのではないか?

 まあ今回の件に限らず、社会には有名人を広告塔につかったり、あるいは仕立て上げたりして所属する団体のイメージを上げようとする活動は少なからず行なわれている。

しかもそのバックの組織の影響力によって、能力などに大して差が無かったり、明らかに実力不足であるにも関わらず「恣意的な持ち上げ」が行なわれ、スター扱いされている人も少なくない。

 某宗教団体の有名人の活躍や、オリンピック代表選考で明らかに実力重視ではない選考が行なわれるのはそのバックの意向が強く働いていると昔から言われていた。

 日本のプロ野球でさえ、人気を考慮して選手起用が行なわれる場合もあるのは周知の事実である。

 メジャーリーグでさえ日本人を獲る理由の何割かにそういった事情が含まれている場合がある。全てがそうではないが、広告塔への投資という意向は少なからず働いているであろう。

 本人も自分の実力不足を承知で広告塔の役割りに専念している場合ならば仕方ないが、今回のトルシエ氏のように自分の実力が買われたのだと勘違いしてピエロになってしまう場合はちょっと気の毒でもある。

 まあ逆に言えばこの「知名度」というのは日本の選挙なんかを見ればわかるように実力以上に価値があるともいえるのだが、きちんと努力している人から見ればやはり実力がきちんと評価されていない不平等感は残る。

 話を中国に戻せば、私から見れば中国そのものが広告塔戦略の塊のような国である。

 上海に代表される大都市のビル群や、新幹線の速度、果ては宇宙開発のような派手な広告塔を前面に押し出し世界最先端をPRするが、現実には国土と国民の大半は何十年も変わっていないような田舎暮らしをまだ続けている。

 上海でさえ、都心から車で1時間も離れればとても先進国とは呼べないような前近代的な生活風景が広がる。
 そんな風景と上海の都心の風景とのギャップに「ハリボテ」とか「広告塔」という言葉を思い出さざるを得ないのが今の中国だ。

 ビジネスの上でも大きな風呂敷を広げたり、ビッグネームの名前を出して注目を集めておいて、現実には大した中身がないという場合が良くある。

 最近ようやくそんな中国のビジネスの特質に慣れてきたが、派手なPRをするものほど中身がないのはどうやら世界共通のようである。

まあそんな広告塔に騙されないようにすることはもとより、上海で働いているからといって中国人に広告塔に使われて恥をかく日本人にならないよう気をつけたいとも思う。



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