師匠の死

 実は最近、小さい時分に柔道を習った先生が次々に他界したことを知った。最近亡くなったのは直接教わった方ではないが、いろんな意味でお世話になった方である。

 私は上海にいる身分で葬儀には行けなかったが、幸い父親とも親交があったので、父親に行ってもらった。
 実はその席で私が最初に柔道を教わった先生が今年の5月に亡くなったことを知ったのである。

 私にとってはこちらのほうがショックであった。まだ54歳であったとのこと。

 小学校2年生から約4~5年の間、人生の礼儀の基礎を学んだような師匠であり原因は忘れたが道場で遊んでいるのを怒られ、一時間正座させられていたような思い出がある。

 道場の天井のスス掃除のために梁に上らさせられたこともあった。
 正月に食べた鏡開きのお雑煮は格別に美味しかった。
 筆字が非常に上手であったことも覚えている。

 その師匠との関係が縁遠くなってしまったのは、私が高校のとき練習時に骨折したときからである。

 当時高一だった私は二級上の先輩とも互角に練習できたが、調子に乗ったところ蟹バサミにあい、受身が取れず鎖骨を骨折した。

 で、接骨院であったその師匠ところに運ばれ治療していただいた。
 ところが私はその状態にも関らず、二週間後に高校生クイズに参加するために当時に西武ライオンズ球場に出かけてしまった。

 暑さの中動きまわったため、案の定状態が悪化し、傷口が開いた状態になり入院が必要になり夏明けまで約1ヶ月半入院することになる。

 その間の入院費はその師匠が責任ということで払っていただくことになったが、今度はその師匠が心労が重なって脳溢血で倒れてしまった。
 幸い一命を取り留めたがその後、体に麻痺が残ってしまった。その後私は無事退院できたが、ほとんど、その師匠とは会わなくなった。
 どうにも、そのとき師匠が倒れた原因が自分にあるような気がして顔を会わせずらくなったのが本音である。

 その後、大学に進学以降は柔道からも離れたが、いつかちゃんと挨拶に行かなければならないとずっと心にひっかっかっていた。

 故郷に錦を飾るではないが上海でもっと胸を張った仕事ぶりができるようになったら会いに行こうと自分の中で言い訳をして会いに行かなかった、
 そんなところへの先日その訃報である。

 自分の心の弱さを非常に後悔した。

 もう心の懺悔をする機会がなくなってしまったのかと思うと非常に辛い。

 今度帰国したら、家族にあやまりたい気分でいっぱいである。



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