住所だけの集合案内は心もとない

実は、本日あることのために有る場所にお伺いすることになったのだが、中国人の先方から来た集合場所案内は住所だけであった。
 そういえば中国は、こういった案内を住所だけで済ましてしまうことが非常に多い。地図が付いて来ないのである。
 先方は、これで事足りると思っているのだろうが、我々日本人にとっては地図が付いてこないとなんとも心もとない。

 これは、住所のつけ方の違いに原因があるものと思われるが、日本の場合は面で行政区画を指定するのに対し、日本以外の中国を含めた多くの国が通りの名前を基準に住所をつける。南京路888号といった具合である。
 こういった住所制度であるため、中国では通りの場所さえ分かれば住所だけで大体辿りつくことが出来る。非常に単純で便利といえば便利だし、世界の中ではこれが普通である。

 まあそういった意味では日本の方が世界の中でかなり特殊で不親切である。
 つまり日本の行政区域のつけ方では、地図なしで目的地に辿り着こうとすれば多大な苦労を強いられることになるからである。
 ○○町3丁目という住所だけでは、どの通りに面しているか全く分からずどうやっていけば良いか分からないからである。

 下手をすると、同じ町内なのに1丁目と3丁目が川を挟んで非常に離れていたりもする。タクシーの運転手に頼ったところで彼らだって、そんな細かい住所まで把握できるわけがない。

 故に日本の文化では、「場所」という概念の共有化には地図が必須である。

 よってカーナビなるものが流行ったりもする。
 しかし中国では地図は重要視されていない、いや重要視はされてはいるが、日本の地図のように詳細地図はあまり必要ではない。

二つの通りの場所さえわかればそれでたどりつけてしまうからである。
 そうはいっても日本の文化で育った我々日本人にとって、目的地案内が住所だけで地図なしというのはやはり非常に心もとない。



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