復興への焦りが見える復興

 ここしばらく眺めていた日本の震災復興報道を通じていろいろ感じたことはあるが、多くの人の思いの焦りがあり、復興計画が制度などうまくかみ合ってないもどかしさがあるなという気がした。

 また、現在進んでいる復興事業も完成品を急ぎすぎているのか、本当に大丈夫なのだろうかという疑問を感じる点も少なくなかった。

 まあ計画に携わっていない外野からの無責任な声になるが、例えば被災地域の土地のかさ上げを行なって津波の被害を防ごうという発想は本当に大丈夫なのかという疑問が湧く。

 確かに低地のまま放置するより被害は減るかもしれないが、単に土地をかさ上げしただけでは、狭い入り江状になった地形の下ではかさ上げをしてもその分だけ水はせり上がって来てしまうのではないかという気がするのである。
 このあたりは既に専門家の分析が済んでいたのなら失礼な話になるのだが、素人目から見ると土地のかさ上げ対策だけでは不十分に映り、津波の勢いを吸収して導く谷のような役割を持った構造が必要なのではないかという気がする。
 そうしないと行き場を失った津波の水は結局せり上がって被害は減らないように思えるのである。

 また被災地の商業的な復興計画に関しても、大型商業施設を誘致して、それを核に従来からの商業事業者たちへの振興を図るといったような計画を見かけたが、それもどうなのかなという疑問を持った。
 大型商業施設が来たら、地元の商店街など基本的に太刀打ちできないからである。
 大型商業施設の進出による商店街のシャッター街化はこれまでも何度も繰り返されてきた歴史であり、単に誘致しただけでは共生はあり得ないのがこれまでの常識なのである。
 しかも、商業施設の誘致だけでは人口の流出が止められないわけであり、そうでなくても日本全体が高齢化と人口減少のトレンドに向かっている趨勢の中で、被災地を従来の都市開発の発想でグランドデザインしても、恐らく人口の減少、つまりマーケットの縮小は止められずうまくいかないだろうという気がするのである。

 被災地の方々には酷な現状だが、日本の戦後復興は人口増加の中で成し遂げられたものであり、人口減少トレンドの中では復興の道のりはなかなか苦しいものになると思われ、今の発想からの転換が必要だという気がする。

 ただ、逆に考えると子育て支援などの対策など人口増加に対する対策を十分行えれば復興が進む可能性もあり、そのためには今のような完成品を求めて開発を急ぐ姿はやはり違うのかなという気もしなくもない。

 復興を急いで街を早く綺麗に整えたいという気持ちはわからなくはないが、今はまだ可能性がありそうな種をできるだけ多くばらまく時期なのではないかという気がしており、うまく言えないがそれが結局は地元のためになるというような気がするのである。
 



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