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中国人はラデツキー行進曲がお好き?

先月のことになってしまったが、中国の春節前後になると、旧暦の新年ということで上海でも新春音楽会と銘打ったコンサートが数多く開かれる。

その中での目立つプログラムとしては、ヨハンシュトラウス親子らが作曲したウィンナワルツを中心とした曲目であり、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを模した構成である。

私自身も今年はこれらのコンサートに幾つか足を運んだが、やはりワルツやポルカのプログラムが非常に多い。

そして、その鑑賞の際に特にびっくりしたのは、ラデツキー行進曲という曲の聴衆への浸透度の高さである。

ラデツキー行進曲(中国語名:拉德斯基進行曲)とは、ヨハンシュトラウス一世作曲の楽曲で、上記のウィーンフィルのニューイヤーコンサートで、締めの曲として必ず演奏されるので非常に有名な曲である。

 まあ音楽好きなら常識のようなこの事実であり、それだけ有名な曲なのではあるが、それ以上に上海の聴衆はこの曲だけ異様に反応が高かったように感じたのである。

何故そう感じたのかというと、この曲は上述のニューイヤーコンサートなどでは演奏に合わせての会場の手拍子が発生するのが慣例となっているが、本場の元祖のコンサートでは普通は指揮者の合図があって初めて手拍子が始まる。

しかし、今回行ったコンサートでは、指揮者の合図とか関係なしに曲が始まった途端、反射的に聴衆から手拍子が起きていたのである。

どうもこの反応の良さというか、物分かりの良さは単なる本場ウィーンの模倣であること以上に、この曲が中国に浸透しているように感じられたのである。
 
 例えば学校教育の中で定番として使われているとか、中国の有名なテレビ番組でやはり締めとして使われているのではないか、そんな状況を想像させるくらい、彼らにとってはあまりにも馴染みがある曲の様のように映った。

 で、この点、ちょっと気になってラデツキー行進曲を説明する中国語のサイトを幾つか当たってみたが、ウィーンの本場で使われるという記述はあるものの、それ以上の記述には出くわさなかったのである。

 何が中国の市民に、そんなにラデツキー行進曲を浸透させているのか?

 非常に気になるこの疑問であり、しばらく探求をしてみようかと思っている。

忘れられない世界一の夜景

 私は旅行が好きで、私も日本国内や海外など結構あっちこっち行っているが、夜景ということに絞っていうと忘れられない思い出がある。
 それは、ある年の暮れの押し迫った12月の終わりのこと。

 上海から関空経由で、飛行機で羽田へ戻ってきたときの東京の夜景が今でも忘れられない。

 東京湾沿いに広がる住宅団地や工業団地の明かり、ところどころに見える橋や高速道路、そしてディズニーランドや高層ビル、それらの景色がゆっくり後ろに流れていく。

 どこまで続くんだというくらい広大に遠く広がる大都会の街灯りの絨毯が、大海原の景色のようにどこまでも広がっていた。まるで映画を見ているような気分であった。

 あの時ほど東京がこんなに美しい夜景を持つ街だと感じたことはなかった。

 それまで香港や函館、そして上海やロンドン、パリ、それぞれの大都市の夜景をみてきた私であったが、このときの東京の夜景にまさる夜景は見たことがなかった。

 もちろんそれまでもずっと首都圏に住んでいたので東京の夜景をそのとき初めてみたわけではない。

 東京タワーや六本木ヒルズ、サンシャイン60からの夜景もそれぞれ見ていたし、それまで何度も羽田に飛行機で降り立っていたので、飛行機から見た夜景がそのとき初めてというわけでもなかった。
 
 実はこれほど印象に残る思い出になったには、いくつかの偶然が重なっていた。

 まずは気候で、暮れの押し迫っていた時期であったため空気が乾燥しており、さらに東京から人が減る次期であったので排気ガスが減っていて視界が良くなっていた。

 さらに深夜(23時頃?)であったため、普通の商店などはしまっており、余分な灯りがあまりなく適度に暗くなっており遠くまで見通せたという事情がある。

 もちろんちょうど窓際であったというのも幸いしていた。(当たり前か)

 そして、実は私を酔わせた決定的な出来事がこのとき偶然起きたのである。

 それは音楽である。

 機内のサービスで流れていた音楽を聴きながら飛行機に乗っていた私は当然のことながらチャンネルをクラシック音楽に合わせていた。
 そこで街の灯りを目にし始めたときに偶然同じタイミングで流れてきたのが私の大好きな「ウィーンの森の物語」であった。

 いうまでもなくヨハンシュトラウス作曲のウィンナワルツの名曲である。

 この曲のゆったりと流れる旋律に心をゆだねながら、これまたゆったりと流れる世界一の大都市の夜景を眺める瞬間は、まさに贅沢の極みであった。

 思わず大西洋無着陸横断を成功させたリンドバーグの「翼よ、あれがパリの灯だ」という言葉を思い出して、「翼よあれが東京の灯だ」と心の中でつぶやいた。

 そのくらい印象深い思い出が、このときの東京の夜景だった。

 そして来月ひさしぶりに日本に一時帰国する予定を立て始めて、何とかあのときの思い出を再現するべく、羽田に夜着く方法で帰れないものかと模索を始めた。
 なかなか条件がそろわず難しそうだが、叶うことならタイミングをあわせたい。
 もちろん人にもお勧めしたい東京の夜景である。