何故長江文明ではなく黄河文明だったか

ちょっと文明論的な話になるが学生時代の世界史の授業で馬鹿の一つ覚えのように覚えさせられた事項に世界の四大文明というものがある。
エジプト文明、インダス文明、メソポタミア文明、そして中国の黄河文明である。
現在の学会では古代文明をこの4つに限定することに異論はあるが我々が学んできたのはこの四大文明に他ならない。学校では何故ここで文明が発達したかの理由について、それぞれそこにある大河が上流から肥沃な土壌を運んできて。農耕社会が発達したというのが教科書的な答えであったが、これは間違っていないが視点が半分欠けている。

実は長江流域では黄河文明が始まるずっと以前から定住農耕社会が形成されたと言われる。
 農耕文化だけを基準として言えば長江文明は黄河文明より早く産声を上げていたことになるが、それにも関わらず黄河文明の評価ばかりが固まっているのは何故か?
 世界の四大文明の地理的共通点をもう一度見直してみると大河以外のもう一つの特徴に気がつく。それは背後の砂漠地帯の存在だ。エジプトにはサハラ砂漠があり、メソポタミアにはアラビア砂漠、インダスにはインド砂漠がある。長江にはそれにあたるものが見当たらない。肥沃な長江流域は二毛作ができるほど豊かだが、黄河その他の文明域は川を絶対的に頼らなければならないほど、周囲の環境が厳しく、それによって地域の格差が生まれ、川を巡る争いと川を活かすための知恵と社会組織が形成されていく。
 文明が発達する過程には社会形成があり、社会形成の過程には厳しい環境とそれによって生じる格差が存在するということだ。

 そこが長江の農耕が豊かであったため、厳しい環境の黄河流域のような文明成長を遂げず、今なおもって対照的に文明としての評価を受けきれない理由であろうに思う。
 この図式は今の現代に通じるものがあり、国民総中流社会になり安定してしまった日本が経済的な伸びシロを見出せないのに対し、現状に批判はあるものの国内で格差が生じていることによって社会が成長している中国がそれだと思う。格差のあるところに成長がある。格差の上に立てない人にとっては悲しい話であるが人の世の常はそういうものであるような気がする。



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