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給料を受け取って仕事をしろ

 日本の細野大臣が省内の不祥事に関連して、大臣給与は返納するということを明言したというニュースを目にした。

 これに関して私が感じるのは彼の対応は無責任だなということ。

 彼に限らず過去に給料返納したりして責任を取ったりしているフリをしているケースがままある。

写真はイメージ

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 これらの対応は一見格好いい発言のように見えるが、この行為は私には非常に無責任に映る。
 どんな職位であれ、給与や報酬は責任の対価であるからである。

 つまり大臣給与を受け取らないという行為は大臣の責任を果さなくてもよいというポジションを与えてしまうことにもなりかねず、また大臣報酬を受け取らなくても困らないという余裕のスタンスも見え隠れし、本当に真剣にギリギリの状態で戦う意思があるのか、その姿勢を疑ってしまう行為にも見える。

 大臣という肩書を付けるなら大臣としての報酬を受け取り、その報酬の責任分だけ大臣というポジションの責務を果たすのが筋で、責任を果たせないなら報酬を返納するなどといった躊躇半端な対応を取らず、本来は職務を辞するかあるいは100%の大臣給与を受け取り別の形で責任をとるべきではないか、私はそう感じる。

 これを一般の企業に置き換えても、組織の責任者が業務を50%しかやらなかったから後から50%の給与を返上しますといって済む話ではないはずで、100%の報酬に対して100%の職務を行うのが報酬というもので、業績の良し悪しはともかくポジションとして100%の責任を果たしてもらわなければ、任命側から見て運営上非常に困る話であろう。

 もちろん業績評価というのは別に存在し、業績が悪ければ交代・降格などの判断が下されるが、少なくともそのポジションが必要であるから責任と報酬が設定されているのであり、職務に対して無責任な行為は業績の善悪の比ではない打撃を経営者など任命側に与え、給与を返納された程度では埋まらない穴を開けることになる。

 今回この細野大臣がどういった職務を行っていくか分からないが、大臣給与を放棄したりせず、決められた報酬を受け取ったうえで、その職務の責任を全うすべきだと私は考える。

 そのことを分からずして、マスコミや国民も報酬を受け取らないことで責任を取った行為を良しとしてしまう困った風潮がある。

過去の栄光は未来を何も保障しない

今回のW杯を前にスペイン代表の監督が語っていた言葉だが、まさに今回の南アフリカ大会はそのままを体現している。

かのスペイン代表も今朝の試合は勝ったものの初戦のスイス戦にまさかの引き分けとなり、苦労のスタートとなったことは周知のとおりである。
そのほか強豪国と言われる、フランス、イタリア、ドイツなどが1次リーグ敗退の危機にさらされている。

公式球ジャブラニ

公式球ジャブラニ(引用元

 日本代表の中でも同じことがあり、絶対的エースのはずだった中村俊輔選手が調子を落としてスタメン落ちしている。
 彼らのいずれも慢心でこの状況に陥ったわけでもないだろうが、まさに過去の名声は未来を何も保障してくれていない。
未来の名声は、今これから築くほかないのである。
 
 これは仕事上でも全く同じことが言える。
 過去に築いた栄光の上に胡坐をかいていたら何も進歩しない。それどころか堕落であるともいえる。

 昔人事の仕事をしていたとき、労務評価の方法として業務評価の減価償却なるものを考えたことがある。

 過去に大きな仕事を成功させて評価を受けた者に対して、ある一定評価点を与えるが、それは未来永劫積み重なるものではなく、購入資産のように年々価値が低減していくものと考え、未来へ持ち越す価値を減らして行き、常に新しい評価を積み重ねることを求めるといった評価方法である。

 もし新しい評価を積み重ねなければ、低減された過去の評価しか残らない。
 固定資産的に毎年6掛けしたらあっという間にその価値はゼロに近くなる。

 こうやれば過去の栄光にしがみつかれるのを防げるのではないかと考えたことがある。

 実際、世の中の大企業には過去の一度の実績にしがみついて出世している人も少なくない。
 しかし、過去の成功に満足して努力を怠ってしまったら本人も会社も未来などないであろう。

 逆に言えば、過去に栄光が無くても、努力次第これから栄光を築くことが出来るということだ。
 
 頑張れ過去の弱小国!(はてどこの国だろう)