反体罰時代の「教鞭をとる」

 今日聴いたラジオの中で、何気なく「私は長年教鞭をとっていまして」と言う言葉を耳にした。
 どうやらその方は教師をやっていた方の様だったが、私はどうもこの「教鞭をとる」と言う言葉に違和感を感じた。

 確かに教師を務める人の慣用句ではあるが、「教」はともかく「鞭」はムチを指す言葉であり、かつて教師がムチを持って生徒を指導していた時代の名残りとなっている。

 しかしながら、現代の日本の教育現場ではムチは遠い過去の印象で、ビンタや拳骨はおろか、グランドを走らせることや、廊下に立たせることでさえ体罰だと非難される「反体罰時代」である。
 そんな時代になってしまった現代において、未だに「教鞭をとる」と言う言葉が、変わらず残っているのはやや違和感があったのである。
 まあ言葉の名残りだけでムチを持たないなら、大きな実害はないのかもしれないが、教育現場の方があれだけ体罰を排除しようとしている時代なのだから、この慣用句もそろそろ見直してもいいのではないかと言う気がする。





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