日本の英語名称として定着しているJAPAN(ジャパン)という名称だが、日本(ニホン)という自国語の呼び名に比べ、随分と発音の印象に差があることにかなり以前から気になっていた。
自国語の発音と全く違うような発音である[ジャパン]が何故日本を意味するようになったのか?結構不思議な謎ではある。
よく言われるジャパンの語源の一つの説として、かのマルコポーロが日本を「黄金の国ジパング」と呼んだことに由来するというものがある。
つまり、ジパングが変化してジャパンになったというのである。
まあこの説には疑いを挟む余地はあまりなく、詳しく調べたわけではないが、東方見聞録がヨーロッパで各国語で翻訳される過程で、ZIPANGが地域によって発音を優先した結果、「JIPANG」などに表記が変化し、最終的に英語圏でJAPANというような表記になったのだというような事は十分に有り得るわけで容易に想像ができるのである。
しかしである。
ジパングがジャパンになったことは理解できるとしても、では何故ジパングが「ニホン」を指す言葉であったのかと言う疑問が残る。
この点について実は中国語を勉強する過程において、そのヒントを見つけることが出来る。
まず日本という漢字は、中国語のピンイン表記すると[riben]となる。
このうち[ri]の発音は、日本人はついローマ字読みをして「リー」と発音したくなるが、中国語のテキスト素材を正しく読むと巻舌音で発音するとされており、巻き舌になるのでどちらかと言えば「ジー」という音に聞こえるものとなっている。
つまり[riben]は「リーベン」ではなく、「ジーベン」が耳に伝わる音に近いのである。
(巻舌音をカタカナで表記するのには限界があり、日本語で「ジーベン」と読んでしまうとそれはそれで違うのだが)
よって現代の中国では日本を「ジーベン」と呼ぶわけで、マルコポーロが来た時代にはやや発音がずれてて、例えば今よりも「ジバン」という表記に近い発音で読んでいたというようなことは十分考えられるのである
そんな時代にやってきたマルコポーロが、日本を指す言葉として「ジバン」を聞き覚え、書き記す最中に発音上のスペルとして最後にGが加わってZIPANG(ジパング)になった可能性は十分に成り立つであろうに思うのである。
或いは日本国と表記した場合には、発音はジーバングオ[ribenguo]になるので、それがジパングと変化した可能性もありうる。
故にジパングの語源は漢字の「日本」の中国語読みという可能性が高いと推測され、発音の変化の過程を詳しく研究できれば実証できるのではないかという気がする。
さてさて、もしジパングが中国語の「日本」だとしても、今度は中国語[riben]と日本語の[nippon]の距離が気になることになる。
これを考える上で、朝鮮語の存在が一つヒントを与えてくれるような気がする。
ハングルで日本を表記すると[일본]となり、無理矢理カタカナ表記されたものを見ると[イルボン]となるが、実はこの[イル]の部分は巻き舌で発音するのが正式な発音となってる。
(ハングル文字は、口の形と舌の形で表記されているとされ[일]の己の字のような部分は巻き舌を表しているとされる)
巻き舌で発音ということは、つまり巻舌音ということになり、中国語の[日:ri]と近い発音ということになるのである。
この2つの発音の共通性から推測すれば、「日本」という漢字の発音が朝鮮に伝わる過程で発音が変化したものと推測出来なくもないのである。
で、この現在の[일본:イルボン]の発音は、実際に耳にすると[ル]が飛んで[イッボン]と聞こえるような発音であり、発音具合によっては[イッポン]とも聞こえないことも無いわけで、つまり「ニッポン」に近い発音を持っているとも言え、それがニッポンに変化したとも言えなくはないのである。
ただ問題は[ippon]と[nippon]の差、つまり頭の[n]がどこで付いたのかということになる。
普通に考えると[i]と[ni]の発音の変化は非常に難しいからである。
ただこれも実は朝鮮語が問題を解くカギだという気がする。
ハングルの勉強をしたことのある人なら知っていることだが、ハングルでは文字の並び方によっては実は前の文字と発音が繋がって発音されることがあり、前の文字のパッチムと呼ばれる子音と次の文字の母音が結びついてしまうことがあるのである。
つまり[일본]の前に[n]の子音(パッチム)を持つ文字が来てしまうと[○×ニルボン]という発音に変化してしまうルールになっており、このルールを適用すれば、イルボンがニッポンへと変わる[n]のピースが埋まるとも考えられるのである。
まあ、ハングル文字自体が出来たのが15世紀でありこの連音化のルールが正式に決まったのはその頃なのであるが、朝鮮語自体はそれ以前から存在していて固有の発音ルールがあったようなので、この連音化についても同様の法則があったと思われ、一つの説としては成り立つのではないかと言う気がする。
ただこのほかにも、日本語の古代の漢字の発音である「呉音」という発音にも[にち]という[n]の発音があり、その流れで[ニチホン]の発音が既に成立していた可能性もあるとされる。
しかしこの「呉音」自体がどこからやってきて成立したものなのかははっきりせず、一説によれば南方系中国の発音だともされているが、何せ録音技術のない古代の話のため、どうやら元は中国の方らしいとぐらいにしか言えないようなのである。
ただこうやって、壮大な言葉の繋がりを追っていくと、恐らく「ニッポン」と「JAPAN」は同じ漢字の「日本」の発音を語源とするものではないかと言う推測が成り立つことになる。
まあ[n]の壁の問題を考えると、どうやら伝達の流れは「ニッポン→ジパング」ではなく「ジパング→ニッポン」の流れであるほうが正しいような気がするのだが、いずれにしても一つの発音を起源とした国名が東西に分かれて伝達し、地球をぐるっと回ってきた結果、現代の日本で「JAPAN」と「ニッポン」という同じ国を指す別の言葉ととして存在しているようなのである。
何千年もの時間をかけて人類の歴史が産んだ「JAPAN」と「ニッポン」という国名、並べてみると何とも不思議な印象である。
View Comments (2)
なぜ現代音にこだわるのかな?
歴史的発音(呉音 漢音 唐音などと言われるあたり)でなされた考察は他の方がなされているように思うのだが。
コメントありがとうございます。
まあこの程度の命題は多くの学者が調べているかとは思いますが、
本文に即して書くと唐音の時代には、ニッポンの発音に繋がる音は漢字にはなく、呉音の時代までさかのぼらなくては「にち」の発音は無いようです。
で、この呉音は大陸や朝鮮半島から来た説、福建あたりの南方から来た説がありますがどうやらはっきりしないようですし、南方の発音では[ji]の発音はあるようですが、「n」の音が見当たらないのが私の目下の最大の謎で、そこを埋めてくれる研究資料は今のところまだ見つけられないのです。
まあ、[ni]の発音も[ri]の発音も舌の位置は上あごにつけるのが共通点ではあるのですが、方言伝達などでこの変化がありうるのかはまた折をみて調べてみようと思います。