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2010年12月28日 文化遺産にすがる中医学の価値?
 ちょっと前のニュースになるが、中国の伝統的学問とされている中医鍼灸が人類無形文化遺産リストに登録されたというニュースが流れた。
 中国国内のニュースではこのことに関して、これで中医薬の世界的普及に拍車がかかると喜んでいる向きもあるようだが、私としては「はて?」と思う。

文化遺産に指定されて、世界的普及??

物凄い論理の飛躍に笑ってしまう。

そもそもよく考えてみて欲しい。
認定されたのは「遺産リスト」である。
動物で言えば絶滅危惧種と指定されたのと同じようなものである。

 つまり、放っておけば滅んでしまうかも知れないから皆さんで後々まで大事に保護しましょうというのが、この世界遺産のリストの趣旨である。
そんなところに自ら申請するなんぞ、私たちは競争力がないから皆さんで守ってくださいとすがりついて頼み込んでいるように見える。

 よく西洋医学と東洋医学、あるいは中医学などという対比の言い方をされ、西薬と中薬はどっちが良いかなどという話題も中国国内では良くされる。
しかし、そもそも人の命や健康を考えるという意味において医学に西洋も東洋もあるはずもなく、それをことさら強調して差別して競争意識を働かしているの中医学のほうである。
 
 それに加えての今回の文化遺産申請である。
中医学に関わる人たちは今回の認定を世界に認められたと喜んでいるらしいが果たしてそれはどうなんであろうかと思ってしまう。私から言わせれば、世界的普及どころかもうすぐ滅びそうだと認められてしまったのが今回の認定であるような気がする。もしそれを喜んでいる人たちがいるのなら全くおめでたい頭としか言いようが無い。

よく考えてみて欲しいが、現在西洋医学とされている分野を学んでいる人間が、自分の学んでいる医学を後世まで残したいから「人類無形文化遺産リスト」に申請するといったらどう思うであろうか?
 特に先進の研究分野にいる人間は、そんなカビの生えそうなレッテルを貼らないでくれと思うのではないだろうか?
日々進歩している医学の分野においてそんな時間が止まったような評価は必要なく、寧ろ邪魔だと思うような気がしてならない。
そんな無意味な保護をされなくても医学の分野は成長を続ける、そう考えて日々研究開発に切磋琢磨しているに違いない。(もちろん研究開発費は必要だろうが、、)

私自身は中医学といわれている分野の考え方についてそれ自体を蔑むモノではないが、世界遺産という大義名分にすがりつき、それを権威主義的に名誉を振り回す人々の勢力の姿には退廃的な印象を感じてしまう。

 まあ今回の遺産リスト申請には、韓国医学との東洋医学の宗主国争いの中に生まれた産物といった面もあるようだが、結局はそれ自体がナンセンスである。
 そんな過去の起源で争っているようでは結局未来の進歩は無く、それこそ保護されなかったら滅んでしまうだけである。
 もし現在の西洋医学の社会の中でそんな過去の起源をやっきになって争っていたら、きっと笑われてしまうであろう。そんな中医学などという言葉にアイデンティティを感じすがっている暇があったら、もっと人の命そのものに真剣に向き合って欲しいものである。

 中医学の看板や権威にすがるといったそんなアマチュア根性を、どうも今回の世界遺産申請には感じてしまう。
 そんなアマチュアな人々に果たして人の命が守れるのだろうかと現在の中医学関係者の姿勢にはどうも疑問を感じざるを得ない。


2010年12月25日 まだまだ上海③「当たらない中国の天気予報」
 ニュースや天気予報では昨日のクリスマスイブから今日にかけて雪の天気予報が出ていて、上海では「ホワイトクリスマス」の期待が高まっていたが、雪どころか雨も見えず全く空振りに終わった。

 確かに気温は下がり非常に冷え込んだが、ただ寒い天気と雪景色ではエライ違いで、少なくともクリスマスというこのタイミングに於いてその差は大きい。
全く何の根拠を持って雪などという予報を出したのだろうか?
 どうも今回は気象予報官の期待値が含まれた予報だったような気がしてならない。

 そもそも一般人向けの天気予報なんぞ、もし外れたとしても彼らはほとんど責任を問われないので、演出でちょっとした手心を加えてもいいだろうと思っていたのかも知れない。
 或いはクリスマス商戦の活性化を目論む流通業界から袖の下があって、ちょっとこういう予報を出してくれないかという働きかけがあったとしても不思議ではない。
 日本人から見たらそんな馬鹿なと思うかも知れないが、ここは中国であり、広州アジア大会のプロデューサーが自分の娘を出演させるくらいだから、何があってもおかしくないのがこの国である。

 まあそんな冗談はともかく、中国に比べると日本の天気予報精度は非常に高いと感じざるを得ない。中国の都市でさえ国内の天気予報より、日本のYAHOOを見たほうがよほど正確だ。
例を挙げると昨年夏の皆既日食の時、中国の予報で重慶は雲が多いと予想していたが、日本の予報は晴れと予報していた。
実際にその日は見事晴れて日食が見えたという。
それくらい日本の予報技術は高く、逆に中国の予報は当たらない。

 何が違うのか正確なところはわからないが、少なくとも日本の気象観測体制は驚くべき物があり、物凄い予算をかけて気象観測をやっていることは知られている。

 気象衛星に始まり、全国に散らばる気象台や観測所、1300箇所もある無人気象観測システムのアメダス、さらには海洋気象ブイやラジオゾンデなどあらゆる方向から観測が行われており、その膨大なデータの積み重ねがあの精度の高い気象予測をしている。さらには気象専門会社などもあり、桜の開花予想なども含めてかなり正確な予想を出している。
 もちろんその体制を以ってでさえ予報は時々外れるので、いかに気象予測が難しいということではあるが、中国の予報精度と比べればやはり差は大きいと感じる。

 中国の気象監視体制については現状を知らないので迂闊なことは言えないが、この広い国土で日本のアメダスのような密度で観測を行っているとは到底思い難いし、中国人の一般的な性格を考えても気象予報のような緻密なデータ分析と経験値の積み重ねが必要となる作業に向いている人が多いとは思えず、そんな面からも中国人の気象予報官による予報が、あまり精度が高くなさそうだというのは肌で実感する。

 まあその予報を受け止める市民もやはり中国人なので、天気予報などアバウトにしか捉えておらず、緻密な予報精度など求めていないのかも知れない。

 また報道の方法にも問題がある。先日の雪は「60年ぶりの大雪」という報道がされていたが、2年前に沿岸部から内陸部にかけて降った大雪の記憶が鮮明な自分にとっては「何が60年ぶりなものか」と思ったが、よくよく記事を見ると12月に降った雪として60年ぶりの大雪だったようである。事実として間違ってはいないのかも知れないが、やはり報道としてはちょっと大げさで、私の印象とはやはり一致しない。

 このような表現をオーバーにしたがる中国人の性格と、その他中国のあらゆる面でのアバウトさが重なって、昨日の「ホワイトクリスマス予報」が出たのかも知れない。
 まあロマンチックな気分に浸りたい気分は分からなくはないが、やはり天気予報は正確なのが一番だと思っている。 


2010年12月22日 黄水晶を買ってみた。
同僚が金運の効果があるというので黄水晶を買ってみた。
直径6cmのもので28元(約400円)である。

まあこういった縁起物については自分は考え方の整理が決まっていて、この水晶そのものに特別なパワーがあると信じて買ったわけではない。

もちろんそういった効果があることに越したことはないが、もしそんな力が実際にあるとするならば、そういった神秘的な力は諸刃の刃で有る可能性があり、プラスの作用があれば、どこかにマイナスの作用も生じるはずなので、どちらかというとあまり強烈な力に支配されることは好ましくない。私はそう考えている。

 ならば、どうして今回のような水晶を買ったか?

偏に自分の心理的効果のためである。
こういったものを買うことによって、もう少しお金に関心を持とうという心がけのための象徴のような存在として買ってみたのである。
いつも目にする場所に置き、気持ちの中にお金に縁があるようにと心がけることによって本当にお金に縁が生まれるのである。

実は、神社のお守りが何故効果があるのかということを、以前からよく考えていた。
つまり、安全祈願、合格祈願、大願成就など色んな名目のお守りがあるが、別にそれらは神様の神秘的な効果が現れて願いが叶う訳ではないと私は考えている。

お守りは単なる自分の気持ちの象徴であり、実際は自分の心がけそのものが願いを叶える、そう考えている。
安全を祈る気持ちでお守りを持てば、常に日ごろから安全に注意をするようになりお守りがそれを思い出させてくれる。
大願を祈って毎日お守りを懐に入れ精進すれば、大きな願いも叶うのである。
もちろん願いが大きければ大きいほど、成就に必要な覚悟や苦労も大きくなり心が負けそうになる場合も必ずあるはずだが、そこにお守りがあれば自分の初心を思い出すことが出来て、困難を突破できる可能性を持つ。お守りにはそんな効果があると考える。

よく値段の高いお守りは効果が高く、安いお守りは効果がないと考える人がいるがそれは大きな間違いである。
毎月数万円のアルバイト料しか稼げない高校生が願いを込めて買う1万円のお守りと、数百億の財産を持つ人が気軽に買う100万円のお守りはどちらが効果があるといえるであろうか?言い換えればどちらの思いのほうが強いであろうかということになる。

 この場合、収入の大部分を使ってまで願いを叶えたい思う高校生の気持ちのほうが強いとはいえないだろうか?

 つまりお守りは値段ではなく、願いを叶えたいという気持ちに対してどれだけ自分の持っているもの、つまり時間であったりお金であったりするものを注ぎ込む覚悟をするかという決意表明の象徴であるので、表面上の単純な金額の大小ではその効果を計れないのである。
 もちろんお守りを買っただけでは効果はあるはずも無く、願いをかけた分だけの努力をしなければ大願だけではなく小願も叶うはずもないことは言うまでもない。

 また大願という程でなくても、安全祈願の面でも日々の心がけを大事にすることが結果的に自分の身を守ることになる。

 そのいい例が工事会社の安全祈願で、日本の工事会社は毎朝の安全祈願を欠かさず行っているが、たまに榊の水を替えるのを忘れたりどこかの段取りに手を抜いたときに限って、実際に事故が起きてしまうそうだ。もちろんそれは神様の神秘的な力のいたずらでもなんでもなく、安全に対する人間の僅かな気の緩みが社内のどこかに生まれている影響で事故が起きてしまうのである。
 つまりそういった日常の安全に対する僅かな心の緩みを生み出さず緊張感を保つために、彼らは毎朝の安全祈願を行っている。
 逆に言うとそのくらい毎日神棚に向かって自分の心を戒めなければ緩んでしまうのが人間の心だとも言え、一見無意味とも思える形式的なことを厳格に繰り返すことにこそ実は意味が存在したりする。

さてさて話を黄水晶に戻すが、こういった心理的願掛けとも言うべき意味で今回はこの黄水晶を買ってみた。
決して高い金額の買い物をしたわけではないので重大な覚悟というほどの決意は無いが、それでも一種の願掛け的な意味合いを込めて買ったのは事実である。

 実際、この黄水晶を購入後から日々よい影響を願うようになったのは確かで、できることならそのままいい結果が生まれることを祈りたい。
 さてさて来年はいい年になりますように。


2010年12月20日 日本人が教わらない朝鮮戦争
今回の朝鮮半島情勢を受けて、どうしてこの二つの政府はかつて分裂したのか、気になったのでウィキペディアの朝鮮戦争の項目を読んでみた。
すると、読んでいて気持ち悪くなるくらい虐殺と殺戮が繰り返された戦争だということがわかった。

恥ずかしながら私はこの年になるまで朝鮮戦争がどれだけ激しいものであったかを知らずに生きてきた。
日本の教育の中で学んだ朝鮮戦争というのは、第二次世界大戦の日本の敗戦によって統治下から解き放たれた朝鮮半島が政情が安定せず戦争が起きたということだけであった。しかもその戦争の特需が日本の戦後復興の下支えになったという、経済面での認識のほうが強かった。
つまり日本の教育の中ではその程度しか教わってこなかった。
 日本の歴史の中では、太平洋戦争の終戦によってその後は現在まで平和が続いていたという色付けをされているが、海峡一つ隔てた海の向こうでは実は太平洋戦争に匹敵するほどの犠牲者を生んだ戦争が起きており、しかもその犠牲者の大部分が軍人ではなく民間人であったとされいかに残忍な戦争であったかが分かる。
あの決して広くない半島の中で150万~300万とも言われる人が戦争の中で殺されたとされる。
 あまり良い比較ではないが、韓国が日本に併合された時代に抗日運動で犠牲になった人も数万人いるとされるが、朝鮮戦争の犠牲者は明らかにその比ではない。
どうも国対国の戦争より、方向性を失った国家内の動乱のほうが被害が大きいようだ。
根拠がないので詳しくは書かないが、某国も外敵と戦争してた時代より、国内内戦等々で犠牲になった人数の方が多いらしいといった資料を時々目にする。
 そう考えていくと、国内の不安定を招くくらいなら、外敵を作り国内をまとめたほうが犠牲者は少ないということになる。まあ某国の国内教育にはいろいろ批判が多いが、変に国内分裂され混乱が起きるより、敢えて自ら憎まれ役を担い続けたほうが実はお互いの国の平和にとって最良の方法なのではないか、そんなことも感じたりする。


 話がそれたが、朝鮮戦争というのは、実は戦争末期のあのタイミングで原子爆弾が日本に落とされていなければ、日本が朝鮮半島のように内戦がおきていたかも知れないとは良く言われることである。あの原子爆弾の影響で、ロシアの南進が日本本土に及ぶことを防げたというのである。もちろん原子爆弾の投下を是とするものではないが、一歩間違えば日本も辿るかもしれなかった歴史が結果的に隣国で起きてしまっていたことは確かである。

 そう思うと、朝鮮戦争を教科書通りに隣国の出来事とか朝鮮特需などという言葉で片付けず、自らの身にも起きるかもしれなかった人間の歴史の流れの一つの部分として、日本人はこの出来事をもう少し知っておくべきだと感じる。




2010年12月17日 マフラーの暖かさ
ここ数日あまりにも寒くなったので、とうとうマフラーをして外出するようになった。

首の周りがとても暖かい。

 ところでマフラーというのはとても不思議なものである。
今ここで私は「暖かい」と書いたが、実はその暖かさというのは自分の首の体温に由来するものである。
自分の首を自分の首の体温で温めて、自分自身が暖かいと感じる。

よく考えてみると変な話である。

さらにこの暖かさは、温めている部位が首ということで顔や頭に近いお陰か、単に温度的に暖かいというよりも精神的に誰かに優しくしてもらっているようなそんな暖かさである。

 自分の体温で温めて自分で暖かさを感じ、かつ誰も他人が温めているわけではないのに、他人に暖かさを与えてもらっているような錯覚をする。

 そんな効果がマフラーにはある。

 そんな自分自身に自分自身が満足させられているような、何だかナルシスト的なマフラーの暖かさの構図である。
 まあ、だから冬のプレゼントにマフラーが流行るのだろうか?相手のそばにいなくても相手は本人の体温に暖められて勝手に満足してくれるし、それがプレゼントの贈り元の心の温かさだと勝手に感じて錯覚してくれる。

実に便利な代物であるなぁと、そんな想像をしながら今日もマフラーにくるまれて外出する。



2010年12月14日 日本の携帯はローミングより転送がお得!
 先日、ある駐在の知り合いが携帯電話機を2台持っているのを見て驚いた。
尋ねると、一台は中国の携帯で、もう一台は日本の携帯だという。

 日本国内からの電話を常時受ける必要があるので仕方なく2台持ち歩いているのだそうだ。
 それゆえ日本からの電話を受ける場合のローミング費用も馬鹿にならず、月1~2万円の請求になってしまっているという。
 確かに日本の携帯の海外ローミングは非常に高く、ドコモの資料だと日本への発信は1分180円、受信だけでも1分140円かかってしまう。この金額だとビジネスで使っていれば月額数万円になってしまうのも頷ける。
 彼もビジネスで使う故に致し方ない出費だと思っていたようだ。

しかしである。

実は私も日本の携帯電話は番号をキープして生かしているが、日本の携帯端末は持ち歩いていない。
 何故なら日本国内にいないときは日本の携帯電話から中国の携帯電話へ自動電話転送をかけてあるからだ。
 こうしておくことにより日本の携帯電話にかかってきた電話も中国で常時受け取れるので、実用上も何ら問題もなく、つまり携帯を2台持つことから解放される。

そして何よりも通信費が圧倒的に安く済む。

 電話転送をすると、日本からの転送費用は国際電話となりこれらは自己負担となってしまうが、それでもローミングで携帯電話を持ち込むよりはずっと安く済む。
私の場合はKDDIの国際モバイルトークサービスに申し込んであるので中国までの通話は1分74円、ローミングした場合の約半分となっている。


 まあ私の場合はトータルボリュームが少ないのでこれで十分なのだが、もし更なるヘビーユーザーならプリペイドカードの活用や、月額8000円程度で済む通話料固定のサービスなどが世の中にあり、もっと安い通話料金での転送が可能になる。
 これらはこのサイトでも紹介されており、うまく活用すれば恐らく大幅な経費削減ができると思われる。
 また中国から日本へ国際電話をかける場合でも中国の携帯電話からなら1分1元程度であり、IP電話カードなどを使えばもっと安くなる。

 あとはメールの送受信の問題だが、まあこれはスマートフォンなどとWEBメールを組み合わせてメール転送などをうまく活用すれば、ほぼ不便はなくなるだろう。
 こんな感じで、なんだかんだ工夫すれば、まあトータルで通信費は約半分くらいには削減できるはずである。

 こんな話を今回の知り合いにしたらとっても喜んでいただいた。

 電話の転送という手段は些細な知恵だが意外と知らない人も多いようなので、皆さんにも知っていただこうと今回紹介させてもらった。ぜひご参考にどうぞ。



2010年12月13日 解けた「バス番号の謎」
上記の写真は、上海の路線バスの始発地点によく掲示してある発車時刻の案内板である。

 右側の数字が発車時刻であることはすぐにわかるものの、左側にある「本班車号」の数字はどうやって付けられているのか長い間の個人的な謎だった。

 恐らく、日本の鉄道の列車番号のように、バス会社側が独自で管理する運行番号のようなものがあるのだろうと推測していた。
 バスそのものには、この「本班車号」を示すものが見当たらなかったからだ。

 しかし先日、あるバスの始発駅でこの掲示板を見てスタスタと一番前ではないバスに乗り込む人の姿を見てびっくりした。
 この始発駅には、何台かの待機中のバスが止まっていたが、どのバスもまだ運転士が乗り込んでおらずどのバスが次に運行されるのだろうかと案じていたところであったからだ。

 何故、あの人は次に発車するバスが分かったのだろうと不思議に思った。

 つまりこの掲示板の情報の中には、次に発車するバスがどのバスかを見分ける情報が含まれていることをかの人は知っていたということである。

改めて、掲示板に表示されている番号をバス本体で探してみた。

すると答えは意外と簡単なところに見つかった。

 実は上記の写真のようにバス車体そのものに車体番号が記されていたのである。

 つまりこの「本班車号」とは運行するバスの車体番号のことであった。

 確認したところバスの前と後ろ2箇所にだけこの車体番号が記してあり、サイドにはどこにもこの番号は見当たらなかった。車内にこの番号が記してあるのかどうか分からないが、少なくとも私は気づいたことが無い。

 まあ、乗り口にも表示せず、たった2箇所しか表示されていない車体番号を、発車案内として掲示板に表示する状況はサービスとしてどうかと思うが、とにかく長年の疑問がひとつ解けた。

 まだまだ上海にはわからないことがいっぱいある。



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2010年12月12日 「MY HEART WILL GO ON」
「MY HEART WILL GO ON」は皆さんご存知の映画「タイタニック」の主題歌だが、実はこの映画の封切り当時は映画があまりにも騒がれすぎる故に私はこの曲をあまり評価していなかった、というか気に入っていなかった。

とはいえ、一応ヒット曲であるゆえにライブラリーとして確保するため、映画のサントラ盤はさっさと手に入れてはいた。もちろん手に入れただけではなく一応数回は流して聴いてみてはいた。
 この曲、確かに映画の雰囲気を盛り上げる要素は整っており、この曲を映画に重ねればヒットするであろうとなということは分かったが、それ故にこの曲が計算しつくされた単なる演出音楽のように感じ、音楽的価値を感じずにいたので、仕事として結婚式場で使うことはあっても個人的に特別な印象はなかったのである。

それ故に日本で幾らブームになっていても、この映画を見る気にはならず、レンタルビデオでも借りてみるようなことはなかった。

しかし、中国に来てDVDが格安で手に入るようになり、何かのDVDを買ったついでにこのタイタニックの映画も目に留まったので、ようやく封印を解いてこの映画を見ることになった。
 つまり実際にこの映画を初めて見たのは中国に来てからである。
 実にリリースから10年以上経っていた。
 
実際に映画を見る段になって、この映画が世間の女性を泣かせまくったという評価は当然知っていたので、果たして私も涙を流すのだろうかと期待に胸を膨らませ映画を見たのだが、結局まあ一回くらいどこかで涙をこぼしたかもしれないが、大泣きをするようなことにはならなかった。
悪くない映画とは思ったが、そんなに感動もしなかったのである。
 泣くかも知れないという先入観が感動を遠ざけてしまった面もあるかもしれないが、とにかくその時点で、音楽についての評価も変化にはいたらず最近に至っていた。


ところがである。
最近、ラジオでこの曲を耳にして、なんだか急にこの曲の真価を感じ取ることが出来たような瞬間があった。

曲を聴いていて、ああこの曲は女性が愛の幸せを感じている瞬間の曲なんだな、そう感じた。

 まあ恋愛的な「愛」を表現していることには変わりはないが、単なるメロドラマ的つくりのちゃっちい音楽ではなく、思ったより深い叙情的表現が出来ている秀作の曲だなと感じたのである。

 実は今回私がラジオで聞いたのは音楽のコアだけを使ったようなスローテンポのピアノアレンジの曲で、曲に対する派手なアレンジが多いオリジナルの曲ではなかった。派手なアレンジが取り除かれて、純粋にメロディラインだけを聞けたので、この曲の本質をようやく聞き取れた感じがした。

 私が感じたこの曲の表すところは、男性の最大限の優しさに抱かれた女性が、愛されている喜びを感じている至福の瞬間、そしてその瞬間の永遠を感じている女性の浮揚感そのものである。
 私は何年も結婚式の音響をやっていたから男女の至福を瞬間を見てきたが、この曲が表すような至福の瞬間は特に女性が強く感じている。

 もちろん映画の中では確かに悲劇的な幕切れがあるが、それ故にその愛の至福が永遠に刻み込まれた形になっている。
世の中のどんなに至福の結婚を迎えたカップルでも、人生の中で長い時間夫婦を続けていれば、新婚当初の熱さや至福感が薄れていくのは一般的な自然の流れであり、故に本当の意味で永遠の愛を体現し続けるカップルはなかなか目にしない。
 しかしこの映画では悲劇があったからこそ、瞬間が永遠になったような格好になり、つまり愛が永遠に継続している。


そんな愛の至福の瞬間を表現している音楽がこの「MY HEART WILL GO ON」なのである。

故にこの「タイタニック」の映画を見て涙を流した女性というのは、悲劇に悲しみを感じて泣いていたのでは無い様に思う。
ヒロインが感じた至福の愛情の感覚、つまりはそれを与えてくれた男性の愛に感動して涙を流したように思うのだ。

そう思って、この曲と映画を改めて見直すと非常にすっきりする。

ただ、女性はこれでいいとしても、泣いてしまった男性の存在というのは、ちょっと整理しづらい。
愛を尽くしつくした満足感なのか、女性的感性の豊かなのか、あるいは単に悲劇的ストーリーに悲しみを感じたのか分からないが、私の見方ではこの音楽の持っている雰囲気には男性はなかなか酔いづらいという気がする。

 もちろんそういう意味でカップルで観る映画としても秀作かも知れないのだが、、、。
 こういう発見を得て音楽マニアの私は音楽単独でもこの曲をあわせられるシーンはどこかにないかと思案する今日この頃である。
まあ映画が有名すぎるので、パロディにしない使い方は非常に難しいのだが、、どこかで使ってみたいいい曲ではある。



2010年12月05日 ハイウェイと書かれた田舎道
昨日は天気も良く新しいバス路線が出来たという情報に刺激され、ちょっと崇明島まで行ってきた。
とはいえ、申崇3線(区間)はというこの新路線は、以前にも乗ったことのある路線の区間運転という位置づけで、途中までのルートは以前と同じだったのでそれほど新鮮味のある路線ではなかった。
 本来なら申崇7線という新しい番号がついても良さそうなこの路線だが、許認可制度の面倒な中国ではこういった位置づけのほうが申請が通りやすいのだろうと思われる。

さて、今回その申崇3線(区間)で辿り着いたのは堡鎮という街。まあ何の変哲もない田舎町だ。長江を渡るフェリーの港があり、島の玄関としてそこそこの商業発達はしているようだが、この街自体に何か特別な魅力を感じさせるものはなく、バスの乗るという目的は達成したのでとりあえず別の街へ移動することにした。

 そして乗ったのが「南堡支線」というバス路線である。この堡鎮からもうひとつの港町の南門を結ぶ。
以前来たときは、南門とのもうひとつの路線「南堡専線」に乗ったが、スピードは若干速いがあまりにも退屈な路線のだっため、今回は新たな路線を選んでみた。
 切符売りのお姉さんに「南門まで」というと、「このバスは遠回りだから時間がかかるよ」と言われたのだが・私は「可以(オッケーです)」と答えた。
それが目的だからだ。

そして案の定、バスは整備された幹線道路を越えて、どんどん田舎街に入っていく。
都会的な整った町並みよりどこか安心する農村の風景だ。
少なくとも前回の路線よりは楽しそうだ。


そしてある地点からバスは左に折れて西へ向かう道に入る。
道の名前の標識には「草港公路(caogang Hwy.)」と書いてあった。

Hwy!つまりこの道はハイウェイだというのだ。

ハイウェイといえば私はアメリカの綺麗に整備された高速道路をイメージしてしまう。あるいはアリゾナあたりの地平線までまっすぐ伸びた道路をイメージする。
しかし、ハイウェイという言葉からイメージされる道とはこの道はおよそかけ離れていた。
中央分離帯どころかセンターラインもろくにない、まっすぐな一本道である。
どう見ても単なる田舎道である。

このギャップに思わず私は笑った。
まあこのあたりは文化ギャップのご愛嬌というところである。


そんなハイウィイをバスは走り出した。

ところがである。

この道は走ってみると意外と気持ちのよい道だった。
どこまでも続く直線道路の両側には杉の並木が延々と続く。
そしてその並木の幹に白い塗料が塗られ道案内をしてくれており、一瞬白樺の並木道かと感じてしまうほどそれが美しくもある。
また並木の外側にはのんびりした農地風景が広がる。北海道の富良野や道東、茨城県南の伊奈あたりの風景に似ていてとっても気持ちが良い。


 道案内の標識やバス停は時々みかけるが、それ以外の商業的看板やコンクリの建物がほとんどない。ただただ畑や果樹園、林などが広がり自然と暮らす島民の風景のみがそこにある。
 雲ひとつない天気であったこともあり、色あせた葉にあたる陽が乱反射する光のモザイクもとても心地よい。
こういった風景はとっても目に優しく、心にも優しい。

どうやらこのバス路線を選んで正解だったようだ。

とっても心が洗われた気分になった。

この路線、たぶん全線で1時間くらいの行程だったように思うが、いつまでも乗っていたい気分だった。
あの風景はひょっとすると私の心の原風景かもしれないと、そんな休日のひと時を過ごさせてくれたハイウェイという名の田舎道だった。


2010年12月01日 おきて破りの左側通行の地下鉄10号線
昨日地下鉄10号線が虹橋空港まで開通したとのニュースを聞いて、「あること」を確認したくて仕事後に虹橋空港まで行ってきた。
「あること」とは虹橋空港第2ターミナルの地下鉄駅にある真ん中の大きなプラットホームのことである。

先日野暮用でこの駅に行ったときに、2号線のホームから覗けるこの中央の大きなプラットホームがとても気になった。
 両側から列車に乗れるような構造になっていたのだが、手前が2号線でホームの反対側に見えたのが10号線であろうことは容易に想像がついた。
まあこれ自体は普通の駅の風景であるのだが、気になったのはこのホームにあった行き先表示板である。
 実は2号線と10号線のホームが並んでいるにも関わらず、この真ん中に挟まれたホームの行き先表示板には「浦東空港」と「新江湾城」で、両側とも市内方向に向かう列車の乗り場表示になっていた。
空港から市内へ向かう客は同じホームで捌こうという目論見であることは想像に難くない。

しかしである。

2号線と10号線を地図上で確認する限りでは、この両方の行き先駅の方角は、虹橋空港から見て東側ということであるから、恐らくこのホームに停車する両側の列車は同じ方向に向かうことになる。
そしてその中央ホームの向こう側に標準タイプのホームがあり、その向こう側にも列車が止まれる構造になっているようであった。
恐らく10号線の逆方向の列車、つまり西の虹橋火車駅へ向かう列車の乗り場である。

とすると、、中央の2線は東へ向かう列車、外側の2線が西へ向かう列車用という構造ということになる。。。。

あれれれ?



そう、鋭い方はお分かりかと思うが、この構造では10号線は上下線が逆で、通常右側通行が常識の中国の鉄道において、この10号線は左側通行の形を取ることになる。

幾らルール破りが日常茶飯事の中国とはいえ、上下線の左右を逆転させて地下鉄を左側通行させるようなそんな掟破りが行われるのであろうか?
そこを確かめたくて今晩わざわざ行ってきたのである。



結論から言うと、10号線の今回開通した区間では、予想通り掟破りの左側通行が行われていた。
真ん中の大きなホームはまだ供用を開始していなかったが、10号線の中央側の線は東の市内方向に向かう列車用だった。

つまり10号線では左側通行で運営していることになる。
そして虹橋火車駅まで10号線に乗って確かめてみたが、この左側通行の区間は続いていた。虹橋火車駅のホームも左側通行の構造であり、通常の地下鉄とは逆方向に列車が停車する。
さらにこの左側通行がどこまで続いているのか気になって市内方向へ10号線に乗ったところ、上海動物園駅で通常の右側通行の配置の駅になった。
どうやら第1ターミナル駅と上海動物園駅の間に「ひねり」が入って上下線の配置が入れ替わっているらしいことが判明した。
 
この左側通行、幾ら地下鉄だから周囲や対抗列車があまり見えないとはいえ、運転士などは気にならないのであろうか?
人間的感覚から言えば、この上下線入れ替えのひねりはかなり違和感があると思うのだが、いずれ無人運転も計画されている地下鉄10号線である故に、人間的な感覚は些細なこととして扱われているのかもしれない。

 ただ、乗員はそれでよいかもしれないが乗客にとってはちょっと厄介であり、慣れで行動してしまうと間違った方向の列車に乗ってしまう可能性を孕んでおり、そういった意味ではあまり人に優しくないのがこの10号線のような気がする。



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プロフィール

1971年千葉生まれ。大学時代は水戸で過ごす。
高校時代テレビで見た高泉淳子に影響され演劇の世界に踏み入れ、以後アマチュア劇団で舞台音響専門として過ごす。就職は一般企業にするものの、趣味が高じて休日にブライダルで音響活動を続け500組近くのカップルを見届けてしまう。
自身は無類のクラシック音楽好きで日本時代は年間120本以上のコンサートに通った時期もある。
 また旅好きでもあり、日本47都道府県はもとよりイギリス、フランス、スペインなど舞台を求めて世界を旅した。
 数年前一つの恋がきっかけで中国語を学び始め、上海に渡ってきた。
まったくの新天地で日々悪戦苦闘中。

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