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空の表情は秋の気配

 日中はまだまだ暑い日が続いているが、ここ数日の朝晩はようやく30℃を下まわる状況になって来ており、朝方ベランダを開けても、涼しいとまでは言えないまでも熱風が吹きこんでくるような状況ではなくなってきている。

 今朝ふと空を見上げるたら、随分空が高くなり、雲の紋様も秋の気配を感じさせてくれる表情となっていた。

上海の空の雲

上海の空の雲

 暦の上では二十四節気上の立秋はとっくに過ぎ、秋に向かっている。

上海の空の雲

上海の空の雲

 日中の暑さはまだまだ夏真っ盛りのようだが、日本も盆を過ぎると暑さもピークを越え秋めいてくるように、上海の気候もどうやら秋に向かい始めている印象である。

今日は啓蟄

 今日の5日は二十四節気の一つの啓蟄(けいちつ)で、土の中で冬ごもりをしていた虫が地上に出てくる日だという。
 まあ春になり、全ての生き物の活動が活発化するという意味である。

 だからというわけじゃないが、数日溜まってしまった生ごみを早速捨てた。
 冬の間は野菜の切り残しのゴミなどを1週間くらいゴミ袋に放置しておいてもカビすら生えなかったが、もうここまで気温が上がってしまうとすぐに腐ってしまい悪臭が漂う。
 よって自炊をする身としては日々の食材管理に気を遣う時期が戻ってきた。

写真はイメージ

写真はイメージ

 まあ啓蟄になって活発化するのは虫だけでなく人間も同様で、春になるとだいぶ頭の回転が戻り、行動力が戻ってくるようで、私の足もだいぶ軽くなった。
 昨日なんかは気温が上がったため外出中に汗をかくほどだった。

 ところで時々この二十四節気を旧暦(太陰暦)上の言葉のように扱っている人がいるが、二十四節気は黄道上の太陽の位置によって決まるため、月の満ち欠けで決まる太陰暦とは全く関係が無い

 故に旧暦とグレゴリウス暦を併用して使っている中国にいると、二十四節気も旧暦の仲間のように感じてしまうかもしれないが、全く別のリズムで動いているのである。

 まあ現代のカレンダーのように数字ばかりが並んでいる暦しか見ていないと、こういう季節感を伝える言葉を忘れ、都会のコンクリートジャングルの中ではつい季節の流れを忘れてしまうのも無理もないのかもしれない。

雨水を過ぎると雪が積もらない

今月の18日に暦の上では二十四節季で言う「雨水」を迎えたというのを先ほどカレンダーを見ていて気が付いた。

 雨水というのは雪が雨に代わり氷が溶けはじめる時期だそうで、太陽の高度を基準に決められているそうだが、地上の状態が大体そのようになるようだ。

 そういえば今週の初めに上海で降った雪も18日の夜中に降り出して、19日に積もるかなと思いきや、シャーベット状にはなったが結局積もらなかった。

 まあ車の上の雪を払わずそのまま走っている車は沢山見かけたが、地面の上や葉の上に積もりかけた雪は全て溶けてしまった。

 たった10日ほど前の春節前に降った雪は数日ではあったが積もって残っていたのにである。

 まさに雨水を過ぎたら雪は雨になり、氷は水になる言葉そのままだった。

 太陽の高度から地上の熱が大体そのようになるのかも知れないが、こんなに典型的に季節が変わりゆくさまを見事に言い当てるなんて、昔の人は凄いなぁとしか言いようがない。

 とはいえ、これはちょうど上海近辺の気候に当てはまっているということなら他の北や南の地域には当てはまるまい。

 ただ上海に現在居る身としては今回二十四節季が上海の気候にここまで当てはまったなら、今後二十四節季の流れを気にした方がいいということになる。

 次は啓蟄で3月5日らしく、この日は虫が冬眠から覚めて這い出て来る日らしいから虫に警戒しないといけないということかもしれない。

 でもどうやって?(笑)

春節にあって元日にない根拠

春節(旧正月)にあって元旦(元日)にないもの。

答えから先に書くとそれは暦の上でその日を定める根拠ということになる。

「旧暦」つまり月の動きを使った太陰暦をベースにした中国の正月である「春節」の日は、毎年「新月の日」と決まっている。

春節の花火2011

春節の花火2011

それゆえ西洋のグレゴリオ暦を使っている我々日本人からすれば、春節は毎年の日付が移動する為に不便さを感じる面は少なくなくないが、春節の決定はきちんとした暦の考え方、つまり月の動きに基づいて決まっているので、何らぶれることが無い。

同様に例えば旧暦の7月7日の七夕は必ず半月であり、伝説の由来から言えば月が天の川を渡る舟になったということから、七夕の月は人が乗るため半月でならなくてはならないので「7日」となっているなど、それぞれに根拠がある。

さて振り返ってグレゴリオ暦を調べてみると、その1年の精度は非常に高いものがあるものの、肝心のスタートとなる1月1日元日の設定にはほとんど根拠がないようだということが分かった。

確かにグレゴリオ暦の精度が高いため、毎年の1月1日の黄道上の位置はほぼぶれることが無いようなのだが、問題は何故そのタイミングが1月1日と設定されたかということになる。

太陽の動きをベースにするグレゴリオ暦の精神に従うのなら、本来の元日の最も分かりやすい基準は「冬至」であり、冬至が1月1日なら春分は4月1日前後、夏至は7月1日前後、秋分は10月1日前後と太陽の位置と月の区分の仕方がほぼ一致することになる。

まあ1年が正確に365日ではなく、365日と5時間45分45秒ほどと半端であるから夏至の日付などそれぞれは一定しないかもしれないが、この点に関しては太陽暦なのになぜ「月(month)」という制度がそのまま残ってしまっているかを考えると、夏至の日付が一定しない不合理な理由は「月の定め方」にあると言える。

今の暦では月の定め方として毎月の日数が同じでないばかりか、その大小の月の並び方にも一定性がなく、しかも閏年の閏日(2/29のこと)の挿入時期だってよく考えれば中途半端である。

この太陽暦と月の定め方についてはグレゴリオ暦の前身であるユリウス暦採用の紀元前153年まで遡ってしまうのだが、どうやら当時の宗教的政治的思惑で月の日数配分が決められたらしく、それが変えられないまま現代まで2000年以上も続いてしまっている。

それ故に現代のグレゴリオ暦の中では、冬至でも何でもない黄道上のある地点が、ぽつんと1月1日の元日として定められ、我々日本人はその日を「初日の出」だの「正月」だのと言って大切にしてしまっていることになる。

まあ伝統行事の形と言ってしまえばそれまでだが、日本がグレゴリを暦を導入する前の天保暦などのほうがよほど天文学的に根拠のある正月を定めていたと言えるはずなのに、今は根拠があるのだかないのだかよくわからない日を元日・元旦と言って崇めている我々がいる。

これもどうやら当時の明治政府の政治的思惑によってグレゴリオ暦に改暦させられ(一説によると13か月目の給料を払いたくないから12か月の制度に移行したとも)た時にこうなってしまったようで、その時に変えられてしまった正月の設定が実は現代まで続いている。

ゆえに現在では真冬の寒さ真っ只中の季節に「新春」などピンと来ない言葉を書くことになる。

こうして考えると日本の伝統文化を有形無実にした罪は明治政府にあるとも言えるのである。

本来はグレゴリオ暦の導入と同時に二十四節の設定をきちんとやり直し、文化季節は文化季節として残し、例えば中国のように春節(旧正月)を正月とする制度を残せば、今のような「形だけの正月」を祝うような文化にはならなかったはずなのに、残念ながら今の日本の正月は「形だけの根拠の無い正月」になってしまっているのである。

まあ、このように不合理な面がいっぱいの現代のカレンダー制度であるが、世界中が長い間これに基づいて動き、今ではコンピューターなどの面でもシステム化されてしまっているため、今更不合理だと気付いても変更というのはほぼ有り得ない話ではある。

しかしせめて地球に生きる生物として季節文化を大切にしていくため、二十四節季のようなものは再定義をして、太陽の動きに基づいた季節を計りやすい物差しをつくり、それに合わせた社会の季節行事を再定義してもいいのではないか、中国の春節制度を見ていてそう感じざるを得ないのである。