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ワインが豊かさの象徴?

 家でテレビを見ていると、上海や新しい商業モールなどの広報用の明るい未来を表現するPRビデオのような物が時々流れる。
そういった映像で必ずといっていいほど出て来るシーンが、若者たちがパーティのような場所でワイングラスで乾杯をするシーンである。

 まあこれらはイメージ映像なので、これはこれで批判するべきとこも無いのだが、残念ながらいつもワンパターンというか、どの映像も最終的にはワイングラスを傾けられるシーンにいられることが豊かなのだと表現されるところである。

 要するに外国の真似をすることが豊かであると言っているように私には映ってしまう。

 本来ならば、ここは中国で歴史深く独特の文化を築いてきたのだから、もっと中国的な豊かさの将来像のようなものがあって良いという気がするが、残念ながら今のところそういったモノは見た記憶が無い。

 この点、日本ならば欧米的な贅沢さの対極にあるような価値観として、金沢の小京都の風景や和倉温泉の旅館のような「和の贅沢」の価値観があり、そういったイメージ映像も存在するが、残念ながら中国にはそういったモノが見当たらない。

 歴史が4000年だの5000年だの積み重なっているいる国の割には、贅沢や豊かさを示す価値観が育っておらず、結局豊かさをイメージにしようとすると最終的にワインという外国文化のイメージに頼っている結果となっている。

 各時代の王朝が栄光衰退を繰り返した歴史の中で、破壊と構築が繰り返されていたとされてしまったこの大陸の時間の結果、最終的に豊かさの象徴と表示されるイメージが外国から輸入されたワイン文化になってしまっていることはかなり寂しい現実の様な気がする。

原掲載

富士山が世界遺産登録

 日本の富士山が世界文化遺産に登録が決定したという情報が今朝のコンフェデ杯の中継の合間のニュースで何度も流されていた。

 まあ、世界遺産に登録されようとされまいが富士山の価値は不変であろうと思うが、今まで登録されていなかったのが不思議だと言われるくらい、シンボルオブジャパンとしての存在感を持っていたのが富士山であり、わざわざ語るのが野暮なくらいその姿が世界に広く知れ渡っている。

今年の正月に撮った写真(手前はスカイツリー)

今年の正月に撮った写真(手前はスカイツリー)

 恐らくその知名度たるや、自然景観で言えば米大陸のナイアガラの滝や豪大陸のエアーズロックに比肩するレベルであり、建造物のピラミッド自由の女神などにも負けない浸透度と思われるが、その富士山が今回ようやく世界遺産に求められることになった。

 そして今回注目すべきなのは、自然遺産ではなく文化遺産として登録されている点である。

 つまり富士山は自然としての貴重性ではなく、浮世絵を初めとした数々の絵画に見られるように信仰や文化面における存在価値を認められての登録となっている。

 確かに、初富士などの言葉にも見られるように自然信仰としての富士山の存在は大きく、私も今年の正月に富士山を拝んだことを記憶している。

 そして富士山のあの雄大な存在感は、自然の畏怖を我々に与えてくれ信仰心の薄い私でも拝みたくなる存在であり、向かい合うだけで他の山では感じない程の懐の深さを感じずにはいられず、身の引き締まる思いになる。

 そう思うと世界文化遺産だと言われることにしっくりくる。

 まあ直接富士山の見えない西日本や東北の人にとっては、富士山が日本のシンボルと言われることについてどういう意識を持っているかは分からないが、もし「日本人としてのアイデンティティ」をどうしても一つ求めなければならないとすれば、この富士山は最もふさわしい気がしており、例えば難癖の付きやすい国歌なども、文部省唱歌の「ふじの山」に制定すれば、誰からも文句の出ようもないという気もしている。

 今回世界遺産に登録されたからというわけではないが、金儲けやつまらぬ意図をもった人から富士山を守ることが現代に生きる我々の使命でろう。