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茨城空港が続々拡大中、先月から名古屋と福岡への便

 ちょっと観察を放置している間に茨城空港の路線がさらに拡大しているのを最近知った。

 先月の4月18日よりスカイマークが福岡と名古屋へ1往復ずつの運行を始めたのである。

茨城空港のスカイマーク機

 これにより茨城空港を発着する便は、春秋航空の上海便を含め、7路線10往復まで拡大したことになり、開港計画の際に想定された状況に近づきつつある。

 確か開港前に想定されていた内容は札幌、大阪、福岡、沖縄への路線就航で年間80万人の利用客ということであり、利用客こそ昨年時点ではまだ想定の半分程度の40万人弱だが、今年になり路線数や就航便数が増えているので、利用客の当然増えるはずであり、まあ当初の開港目標はおおよそ達成しつつあるのではないかという気がする。

 もちろん、未だにJALとANAの2大キャリアの就航はないので、完全な成功ではないのかもしれないが、スカイマーク社が路線を拡げているといことは、ポテンシャルを感じているからこそだという気がするのであり、実際反応もあるのである。

 茨城空港は開港当初からアクセスが不便だ何だとさんざん馬鹿にされてきたが、私は当初から北関東を後背地として考えるとそれなりにマーケットがあり、羽田や成田と同じ土俵に立たなければ勝算があると思っていたが、今回の拡大を見るとおよそその通りになってきたという気がする。

 まあただ今回の増便で国内線の路線数としてはおおよその部分をカバーしつつある
ので、今後は急激な増加は見込めないかも知れないが、国際線のLCCなどに関してはまだ開拓の余地があると思うし、東京オリンピックが近づいたり、日韓関係が改善すれば休止しているソウル便の復活も考えられ、今後さらに需要が見込めるという気がする。

 ところで話はズレるが、ウィキペディアの茨城空港こと百里基地のページを読んでいたところ、空港の沿革紹介の部分から、開港時のアシアナ航空の記載が削られているのを発見した。

 スカイマークの記念便の記載はあるが、アシアナの記載がないのである。

 アシアナは開港時の初の就航路線であるのだから沿革に記載されていないのはどう考えても不自然である。

 まあ、察するに近年の嫌韓の雰囲気を受けて、韓国を毛嫌いする人が勝手にウィキペディアページを編集して、アシアナ航空の記述を削除してしまったのではないかと思われる。

 特に、このページは「百里飛行場」という自衛隊の百里基地との併用空港を同時記載しているページであり、航空自衛隊の航空観閲式が行われることから、自衛隊を尊敬する愛国心を自認する人たちが、韓国の航空会社の記載が許せず、排除しようと行動をしたかも知れないというのは容易に推測できる。

 まあ私も最近の韓国の状況から言って嫌韓の意識は理解できない訳じゃないが、アシアナ航空が最初に就航した航空会社であることは紛れもない事実で動かしようがないのだから、こういった感情論で記載を排除するような事実を捻じ曲げるような行為はおかしいという気がする。

 茨城空港の発展を祈る身としては、震災で止まってしまった韓国便も再び就航する日が来るのも待っているのである。

ラヴェルのボレロ

 ラヴェルのボレロはとても有名な曲であるが、とても不思議な曲でもある。

 リズムは最初っから最後までほぼ同じで、メロディもA、A、B、Bのパターンを繰り返し、それをひたすらクレッシェンドで曲の最後まで続けていく。

 構造だけを見れば、あまりにも単純で人々がこれを音楽として好むのかどうか疑問が湧くような内容になっており、感動する要素が見当たらないような気がするのである。

 実際、作曲したラヴェル本人でさえ、この曲が受け入れられるかどうか自信が無かったようである。

 しかし、そういった単純な構造の中に曲に変化を与えているのがメロディをソロで次々に受け継いでゆくオーケストラの各楽器達であり、楽器一つ一つの個性が音楽に様々な色を付けてゆき、同じメロディであることを飽きさせず、寧ろ心地よい興奮を与えてくれる。

 社会にいる同じように見える人間が色んな個性を持ち、それぞれの世界の側面や個性が次々に表に出てくるような、そんな印象である。

 また各楽器はメロディを奏でた後、あるいは奏でる前には小太鼓とともにリズムを刻みその音の輪を広げていく。

 これもかかわる人の輪が徐々に広がっていくようで不思議なパワーを与えられる。

 こういった同じメロディや同じリズムを繰り返しながら、その色合いを次々に変化させながらも曲は弛まなく前に進む。

 やがてソロから弦楽器のユニゾンへ受け継がれキラキラとした光を放ち始め、最後には金管楽器群が荘厳さを感じさせるような眩いばかりの光となっていく。 

 このような過程がとても心地よいのである。

 ただ単純な繰り返し、その中で同じ内容をそれぞれの人が各自の役割を受け持って支えあうことによって大きな力となって結実することが出来るようなイメージ、これがボレロの人気たる所以なのかなという気がしている。

 まあ、気を付けないと国家主義者や権威主義者に利用されかねない内容でもあるが、個々が個性を発揮して大きなものを作り上げるという意味では、私の非常に好きな曲となっている。

 日常の単調に見えるような作業の繰り返しでも、胸を張って信じて前に進むことでやがて協力者が現われ光輝く時を迎える、そんな勇気を与えてくれる力がここにあるような気がする。